IPOの準備を始めると、まず目に入るのは株主数や流通株式、時価総額といった数値の要件です。しかし、これらの形式要件を満たしただけでは上場できません。形式要件に適合した申請会社について、東京証券取引所が会社の中身を個別に確かめるのが「実質審査基準」です。
この記事では、プライム・スタンダード・グロースの3市場について、実質審査基準の条文の位置、5つの適格要件の並び、そして市場ごとに何がどう違うのかを整理します。図解3点と比較表3点で、全体像をつかめるようにしました。
図 実質審査基準の準備の進め方
この記事の見出し
実質審査基準とは何か──形式要件との違い
東証の上場審査は、大きく2つの段階に分かれています。第1段階が形式要件、第2段階が実質審査基準です。
形式要件は、有価証券上場規程の第211条(プライム市場)、第205条(スタンダード市場)、第217条(グロース市場)に定められています。株主数、流通株式、時価総額、事業継続年数といった項目が並び、数値と事実で形式的に判定されます。ここに適合しない申請は、そもそも受理されません。
これに対して実質審査基準は、同じく有価証券上場規程の第213条(プライム市場)、第207条(スタンダード市場)、第219条(グロース市場)に定められています。東証の新規上場ガイドブックでは、形式要件に適合する申請会社の企業グループを対象として、これらの条文に掲げる事項に基づいて上場審査を行うと説明されています。判定の材料は数値ではなく、会社の実態です。
図1 上場審査の2段階。形式要件に適合した申請会社について、実質審査基準による審査が行われる。
審査の対象は「企業グループ」
ここでいう企業グループとは、申請会社に加えて、その子会社および関連会社を指します(新規上場ガイドブックの注記)。申請会社1社だけを整えても足りず、子会社や関連会社を含めた全体で基準に適合している必要がある、という点は準備の初期に押さえておきたいところです。
なお、新規上場ガイドブックには、企業グループが基準に適合していると判断される場合であっても、上場会社としてより望ましい姿となるよう改善を要請する場合がある旨の記載があります。「基準を満たせば終わり」ではなく、上場会社にふさわしい水準へ引き上げる過程だと捉えておくのが実務的です。
3市場の条文とガイドラインの位置
実質審査基準は、上場会社として必要とされる5つの適格要件で構成されています。各要件に適合するかどうかを判断する具体的な観点は、東証の「上場審査等に関するガイドライン」に定められています。市場ごとに条番号もガイドラインの章番号も異なるため、資料を読むときは自社が目指す市場のものかを必ず確認してください。
| 項目 | プライム | スタンダード | グロース |
|---|---|---|---|
| 形式要件 | 規程211条 | 規程205条 | 規程217条 |
| 実質審査基準 | 規程213条1項各号 | 規程207条1項各号 | 規程219条1項各号 |
| ガイドラインの章 | Ⅲ | Ⅱ | Ⅳ |
| 適格要件の数 | 5つ | 5つ | 5つ |
| 審査の対象 | 申請会社ならびにその子会社および関連会社(企業グループ) | ||
表1 3市場の条文とガイドラインの対応。東証「新規上場ガイドブック」2026年7月21日版(プライム・スタンダード・グロース各編)による。
5つの適格要件の並びは市場で異なる
プライム市場とスタンダード市場は、5つの適格要件の項目名も並び順も同じです。一方でグロース市場だけは、1番目と4番目が入れ替わったような構成になっています。
図2 3市場の5つの適格要件。グロース市場は「開示の適切性」が1番目に置かれ、「企業の継続性及び収益性」ではなく「事業計画の合理性」が4番目に入る。
グロース市場で「企業内容、リスク情報等の開示の適切性」が先頭に来るのは、この市場の性格の表れです。新規上場ガイドブック(グロース市場編)は、グロース市場を、高い成長可能性を実現するための事業計画およびその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業向けの市場と位置づけています。開示が投資判断の土台になるという考え方が、要件の並びに反映されているわけです。
目指す市場によって、審査で問われる論点も準備すべき資料も変わります。現状の体制と課題の棚卸しからご相談ください。
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プライムとスタンダードの違いは「収益性の水準」
プライム市場とスタンダード市場は要件の項目名こそ同じですが、1番目の「企業の継続性及び収益性」の中身に差があります。この差は、条文の要約文と、ガイドラインに対応する審査のポイントの両方に現れます。
| 比較の観点 | プライム市場 | スタンダード市場 |
|---|---|---|
| 適格要件の要約 | 継続的に事業を営み、安定的かつ優れた収益基盤を有していること | 継続的に事業を営み、かつ、安定的な収益基盤を有していること |
| 利益に関する基準 | 今後において安定的に相応の利益を計上することができる合理的な見込みがあること | 今後において安定的に利益を計上することができる合理的な見込みがあること |
| 「相応の利益」の意味 | 時価総額250億円の水準に照らして相応と認められる利益をいう(ガイドブックの注記) | 該当する注記は置かれていない |
| 確認対象の利益 | 本業の収益性を確認する趣旨から、原則として経常利益 | 同左(原則として経常利益) |
| 審査が深くなる場面 | 業績が減益基調のとき、上場時に想定される時価総額が大きくないとき | 業績が減益基調のとき、利益の額が小さいとき |
表2 プライム市場とスタンダード市場の「企業の継続性及び収益性」の比較。東証「新規上場ガイドブック」2026年7月21日版による。
プライム市場で「相応の利益」の目安として時価総額250億円が示されているのは、形式要件の時価総額基準(上場時見込みで250億円以上)と対応しています。多様な機関投資家が安心して投資対象とすることができる潤沢な流動性の基礎として、この水準が求められている、というのがガイドブックの説明です。
もっとも、どちらの市場でも、業績が安定的または増益基調で推移している場合は、事業計画が適切に策定されているかどうかの観点を中心に審査が行われる、とされています。逆に減益基調の場合は、上場後も利益を計上できるとする根拠の説明が求められ、申請期の業績進捗によって業績を見極める必要が生じる場合もあります。数値そのものより、説明の筋が通っているかが問われる領域です。
先行投資で利益が出ていない場合の扱い
プライム市場のガイドブックには、研究開発・設備の維持増強・営業活動等における中長期的な企業価値向上のための投資により、相応の利益を一時的に計上することができない場合の取扱いが記載されています。この場合、投資の内容や企業全体の業績動向、今後の投資計画等を確認したうえで、当該投資活動の影響を除けば安定的に相応の利益を計上できる合理的な見込みがあること、また投資の規模と期間が企業の継続性に影響を与えない状況にあることを確認する、という整理です。
この点はプライム市場の「企業内容等の開示の適正性」にも波及しています。プライム市場では、投資者の投資判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項に、中長期的な企業価値向上のための投資活動により相応の利益を一時的に計上しないことが見込まれる場合の当該投資活動に係る事項が含まれる旨が明記されています。スタンダード市場の同じ箇所には、この括弧書きは置かれていません。
グロース市場だけが違う3つのポイント
グロース市場は、要件の並びだけでなく、求められる水準の表現や審査で見る資料も他の2市場と異なります。主な違いを3点に整理します。
| 違いのポイント | プライム・スタンダード | グロース |
|---|---|---|
| 収益性か事業計画か | 「企業の継続性及び収益性」として、安定的な利益計上の見込みを確認 | 「事業計画の合理性」として、相応に合理的な事業計画と、それを遂行する事業基盤の整備状況を確認 |
| ガバナンス・内部管理体制の水準 | コーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制が適切に整備され、機能していること | 同体制が企業の規模や成熟度等に応じて整備され、適切に機能していること(条文上も「相応に整備され、適切に運用されている状況」と表現される) |
| 主な審査対象資料 | 「Ⅰの部」および「Ⅱの部」に記載された内容 | 「Ⅰの部」、新規上場申請者に係る各種説明資料、および「事業計画及び成長可能性に関する事項」の開示ドラフト |
表3 グロース市場と他2市場の主な相違点。東証「新規上場ガイドブック」2026年7月21日版による。
「事業計画の合理性」で見られること
グロース市場の「事業計画の合理性」(規程219条1項4号)は、2つの観点で構成されています。1つは、事業計画がそのビジネスモデル、事業環境、リスク要因等を踏まえて適切に策定されていると認められること。もう1つは、事業計画を遂行するために必要な事業基盤が整備されていると認められること、または整備される合理的な見込みがあると認められることです。
事業基盤には、営業人員や研究・開発人員等の人的資源、事業拠点や設備等の物的資源、投資資金等の金銭資源が含まれます。審査時点で整備が十分でなくても、上場時の調達資金で設備投資を行う具体的な計画があるときや、合理的な人員確保の計画がある場合には、整備される合理的な見込みがあるものとして取り扱われます。ただし、将来の整備見込みに極端に依存する場合や、審査時点で整備されていない理由を合理的に説明できない場合には、合理的な見込みがあると認められないことがあります。
なお、新規上場ガイドブック(グロース市場編)は、この審査について、短期的な計画の達成・進捗状況を確認する趣旨ではないと明記しています。計画どおりに着地したかを問われる場ではない、という点は誤解しやすいところです。
「高い成長可能性」を判断するのは東証ではない
グロース市場に上場しようとする会社には「高い成長可能性」が求められます。ここで押さえておきたいのは、その有無を判断するのは主幹事を務める証券会社であって、東証ではないという点です。
図3 高い成長可能性の判断は主幹事証券会社が行い、東証はその判断を前提として上場審査を行う。
主幹事証券会社は、申請会社が高い成長可能性を有している旨を記載した東証所定の「上場適格性調査に関する報告書」に、成長に係る評価の対象とした事業(成長事業)について記載した書面を別紙として添付し、東証に提出します。別紙では、成長事業の内容と選定理由、成長戦略の進捗を示す重要な経営指標とその実績値・目標値、高い成長可能性を有すると判断した根拠、事業計画の内容と前提条件などが説明されます。
東証はこの判断を前提として上場審査を行い、申請会社が立案した事業計画がビジネスモデル、事業環境、リスク要因等を踏まえて適切に策定されているかどうかを、ヒアリング等を通じて確認します。したがって準備実務では、東証の審査対応の前に、主幹事証券会社に対して成長ストーリーを説明しきれるかが最初の関門になります。
3市場に共通する残りの要件
「企業経営の健全性」「コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」「その他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項」は、3市場に共通して置かれています。表現に濃淡はあるものの、確認される論点の骨格は共通です。
- 関連当事者その他の特定の者との取引を通じて、不当に利益を供与または享受していないこと
- 役員の親族関係・構成・勤務実態・兼職の状況が、公正で忠実な業務執行や有効な監査を損なう状況でないこと
- 親会社等を有する場合、その親会社等からの独立性を有する状況にあること
- 役員の適正な職務執行を確保する体制、内部管理体制、必要な人員が整備・確保されていること
- 実態に即した会計処理基準を採用し、必要な会計組織が整備・運用されていること
- 法令遵守の体制が整備・運用され、重大な法令違反となるおそれのある行為を行っていないこと
- 会社情報を管理し適時・適切に開示できる状況にあること、内部者取引等の未然防止体制が整備されていること
- 株主の権利内容とその行使の状況、係争・紛争の有無、反社会的勢力の排除に向けた社内体制
1つ補足すると、「主要な事業活動の前提となる事項」の扱いは市場によって位置が異なります。プライム市場とスタンダード市場では「企業内容等の開示の適正性」の中で、開示書類に適切に記載されているかという観点から扱われます。グロース市場では、開示の適切性に加えて、5番目の「その他公益又は投資者保護」の中に、その継続に支障を来す要因が発生していないことという観点が別途置かれています。許認可や主要な提携契約を抱える会社では、どの観点で問われるのかを意識しておくと準備がしやすくなります。
準備実務での使い方
実質審査基準は、審査の直前に読む条文というより、準備期間を通じて自社の状態を測るものさしとして使うのが現実的です。
まず市場を決め、その市場の資料だけを読む
条番号もガイドラインの章番号も市場ごとに違うため、複数市場の資料を並行して読むと取り違えが起きます。市場区分とは?東証プライム・スタンダード・グロースの違いとIPOでの選び方で自社に合う市場の当たりをつけ、IPOの形式要件とは?東証プライム・スタンダード・グロース3市場の上場基準を一覧比較で形式要件の適合可能性を確認したうえで、その市場の新規上場ガイドブックを読むのが遠回りに見えて確実です。
要件を「誰が答える論点か」に割り振る
5つの適格要件は、社内の担当部署がきれいに分かれます。収益性や事業計画は経営企画と経理、健全性は総務・法務、ガバナンスと内部管理体制は管理部門と内部監査、開示の適正性は経理とIR準備の担当です。要件ごとに答える人を先に決めておくと、審査対応時のヒアリングで回答が滞りません。
Ⅰの部・Ⅱの部の作成と並走させる
実際の審査では、Ⅰの部およびⅡの部(グロース市場では各種説明資料と「事業計画及び成長可能性に関する事項」の開示ドラフトを含む)に記載された内容が主な審査対象項目となり、ヒアリング等を通じて基準への適合状況が確認されます。つまり、書類作成と審査対応は別物ではありません。上場申請から上場日までの流れとは?事前確認・上場審査・承認後の手続を時系列で解説で全体の時系列を確認し、IPO準備の全体像とは?上場までのスケジュール(N-3期〜N期)と各期にやることで自社が今どの段階にいるかを重ねてみてください。
よくある質問
いいえ。形式要件は実質審査基準による審査の入口にあたるもので、実質審査基準は5つの適格要件について、Ⅰの部等の記載内容とヒアリング等を通じて個別に確認されます。数値要件の充足と、実質審査基準への適合は別の話です。
グロース市場の実質審査基準には「企業の継続性及び収益性」に相当する要件が置かれず、代わりに「事業計画の合理性」が置かれています。緩いというより、確認される軸が利益の見込みから事業計画と事業基盤に移っていると理解するのが正確です。開示の適切性が1番目に置かれている点も含め、求められる説明の質はむしろ高くなります。
プライム市場の新規上場ガイドブックでは、時価総額250億円の水準に照らして相応と認められる利益をいう、と説明されています。一律の金額が定められているわけではなく、想定される時価総額との関係で判断される点に注意してください。確認対象とする利益は原則として経常利益とされています。
上場審査は、申請会社ならびにその子会社および関連会社からなる企業グループを対象として行われます。子会社の内部管理体制や会計組織の整備状況も審査の対象に含まれるため、親会社だけを整えても足りません。準備の早い段階から子会社を含めた体制整備を計画に織り込むことをおすすめします。
実質審査基準の5つの適格要件に沿って現状を棚卸しし、優先順位をつけて整備を進めます。準備の初期段階からご相談いただけます。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援と内部統制の整備支援を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
【出典・参考】東京証券取引所「新規上場ガイドブック」2026年7月21日版(プライム市場編・スタンダード市場編・グロース市場編)、有価証券上場規程第205条・第207条・第211条・第213条・第217条・第219条、「上場審査等に関するガイドライン」。あわせて日本取引所グループ「上場審査基準概要(プライム市場)」、同「上場審査基準概要(グロース市場)」、同「新規上場ガイドブック」で内容を確認しています。本記事は2026年9月時点の公開情報に基づく一般的な解説です。実際の適用にあたっては最新の規程および主幹事証券会社・東証との協議によりご確認ください。
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
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