「配偶者には1億6,000万円まで相続税がかからない」——そう聞いて、ひとまず安心された方も多いと思います。実際、この制度を使うと配偶者の相続税がゼロになるケースは珍しくありません。
ただ、この制度には落とし穴が2つあります。ひとつは「税額がゼロでも申告書を出さないと使えない」こと。もうひとつは「一次相続で使いすぎると、次に配偶者が亡くなったとき(二次相続)に家族全体の税負担がかえって増える」ことです。
この記事では、配偶者の税額軽減の中身と使うための条件、そして二次相続まで含めた損得を、実際の数字を追いながらやさしく整理します。
- 配偶者は「1億6,000万円」と「法定相続分相当額」の多い方まで相続税がかからない
- 税額がゼロでも、申告書を提出しなければこの制度は使えない
- 申告期限までに分割できないときは「申告期限後3年以内の分割見込書」で救済される
- 一次相続で配偶者が取りすぎると、二次相続を含めた合計税額が増えることがある
この記事の見出し
💰 配偶者の税額軽減とは?1億6,000万円か法定相続分の多い方まで
配偶者の税額軽減(配偶者控除と呼ばれることもあります)とは、被相続人(亡くなった方)の配偶者が遺産分割や遺贈によって実際に取得した正味の遺産額が、次のどちらか多い金額までであれば、配偶者に相続税がかからないという制度です(相法19条の2、国税庁タックスアンサー No.4158)。
- 1億6,000万円
- 配偶者の法定相続分相当額
相続税法19条の2第1項2号イは、課税価格の合計額に民法900条による配偶者の相続分を乗じた金額とし、「当該金額が一億六千万円に満たない場合には、一億六千万円」と定めています。つまり、法定相続分で計算した金額が1億6,000万円に届かないときは、1億6,000万円が下限として保証される、という構造です。
配偶者の税額軽減の考え方(相法19条の2第1項、No.4158)
「実際に取得した」財産が基準になる
ここで大切なのは、法定相続分どおりに分けたかどうかではなく、遺産分割や遺贈によって配偶者が実際に取得した財産が基準になるという点です。国税庁No.4158も「配偶者が遺産分割などで実際に取得した財産を基に計算される」と説明しています。したがって、誰がどの財産を取るかを決める遺産分割協議の結果が、そのまま配偶者の税額に反映されます。
なお、隠蔽または仮装されていた財産は、この制度の対象になりません(相法19条の2第5項・第6項)。
🧾 いくらまで無税?相続人の組み合わせ別の早見表
配偶者の法定相続分は、誰と一緒に相続人になるかで変わります(民法890条・900条、No.4132)。法定相続分相当額が1億6,000万円を上回るのは、正味の遺産額が次の水準を超えたときです。
| 相続人の組み合わせ | 配偶者の法定相続分 | 法定相続分相当額が1億6,000万円を上回るのは |
|---|---|---|
| 配偶者と子 | 2分の1 | 正味の遺産額(課税価格の合計額)が3億2,000万円を超えるとき |
| 配偶者と父母など直系尊属 | 3分の2 | 同じく2億4,000万円を超えるとき |
| 配偶者と兄弟姉妹 | 4分の3 | 同じく約2億1,333万円を超えるとき |
| 配偶者のみ | 全部 | 課税価格の合計額そのものが上限になる |
言い換えると、遺産が3億円ほどまでの多くのご家庭では「1億6,000万円」の方が大きく、そこまでは配偶者に相続税がかからない計算になります。相続放棄をした人がいる場合でも、ここでの相続分は「放棄がなかったものとした場合の相続分」で計算します(相法19条の2第1項2号イ)。相続放棄そのものの手続きは相続放棄の期限は3か月!手続き・費用・限定承認との違いを解説で説明しています。
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⚖️ 使うための3つの条件
この制度は自動的に適用されるものではありません。次の3つを満たす必要があります。
- 戸籍上の配偶者であること(内縁関係の人は相続人に含まれません/No.4132)
- 相続税の申告期限(相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内)までに申告書を提出すること
- 申告書に、適用を受ける旨と金額の計算明細を記載した書類を添付すること(相法19条の2第3項)
とくに見落とされがちなのが2つ目と3つ目です。相続税法19条の2第3項は、この軽減は申告書または更正請求書に所定の書類の添付がある場合に限り適用すると定めています。計算上、配偶者の税額がゼロになる場合であっても、申告書を出さなければ制度は使えません。「税金がかからないから申告も不要」と考えて手続きをしないと、後から本来不要だったはずの税額を求められることになります。
添付書類としては、税額軽減の明細を記載した申告書に、戸籍謄本等のほか、遺言書の写しや遺産分割協議書の写しなど配偶者が取得した財産が分かる書類を添えます。遺産分割協議書の写しには、協議書に押印した相続人全員の印鑑証明書も必要です(No.4158)。
⏰ 分割が間に合わないときは「分割見込書」で救済される
相続税の申告期限までに遺産が分割されていない財産は、原則として税額軽減の対象になりません(相法19条の2第2項本文)。もめている、相続人が遠方にいる、といった理由で10か月以内にまとまらないケースは実際にあります。
この場合の救済が「申告期限後3年以内の分割見込書」です。申告書にこの見込書を添付して提出しておき、申告期限から3年以内に分割すれば、その財産についても税額軽減を受けられます(相法19条の2第2項ただし書、国税庁B1-5)。分割が成立したら、分割の日の翌日から4か月以内に更正の請求という手続きをして、払いすぎた税額の還付を受けます(相法32条、No.4158)。
未分割の場合の救済(相法19条の2第2項・32条、国税庁B1-5、No.4158)
やむを得ない事情で3年以内にも分割できないときは、税務署長の承認を受けたうえで、その事情がなくなった日の翌日から4か月以内に分割すれば対象になります(No.4158)。ただし承認申請という別の手続きが必要ですので、早めに専門家に相談することをおすすめします。
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👤 使いすぎると損をする「二次相続」の落とし穴
父が亡くなったときの相続を一次相続、その後に母が亡くなったときの相続を二次相続と呼びます。二次相続では配偶者がいませんから、配偶者の税額軽減は使えません。しかも相続人が1人減るため基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)も小さくなり、同じ財産でも税率が上がりやすくなります。
そのため、一次相続で「とりあえず配偶者が全部相続すれば税金がかからない」と判断すると、二次相続で反動が来ることがあります。具体的な数字で見てみましょう。
モデルケース:正味の遺産額2億円、相続人は妻と子2人
一次相続の基礎控除は3,000万円+600万円×3人=4,800万円、課税遺産総額は1億5,200万円です。法定相続分で按分して速算表(No.4155)に当てはめると、相続税の総額は2,700万円になります。この総額を、実際に取得した割合で各人に割り振ります。分け方を3パターンで比べます。
| 一次相続の分け方 | 一次相続の納税額 | 二次相続の納税額 | 合計 |
|---|---|---|---|
| A 妻が2億円すべて取得 | 540万円 | 3,340万円 | 3,880万円 |
| B 妻1億円・子5,000万円ずつ | 1,350万円 | 770万円 | 2,120万円 |
| C 妻は取得せず子1億円ずつ | 2,700万円 | 0円 | 2,700万円 |
二次相続は、妻が一次相続で取得した財産をそのまま残して亡くなり、相続人が子2人であるものとして計算しています。妻の固有財産、一次相続で納めた税額による財産の減少、生活費や生前贈与による増減、相次相続控除(相法20条・No.4168)は考慮していません。実際の数値はご家庭ごとに変わります。
上の表と同じ数値を棒の長さで表したもの(当事務所試算・前提は表の注記のとおり)
Aは一次相続の納税が540万円と最も軽いのに、合計では3,880万円と最も重くなります。一方で、配偶者の税額軽減をまったく使わないCも最善ではありません。この例ではBのように配偶者が法定相続分程度にとどめる分け方が、合計税額を抑える結果になりました。
ただし、これはあくまで税額だけを見た比較です。配偶者の今後の生活費、自宅に住み続けられるか、小規模宅地等の特例を誰が使うか、二次相続までの年数といった事情によって、望ましい分け方は変わります。税額の最小化だけを目的に配偶者の取り分を減らすのは危険です。分け方そのものの進め方は親が亡くなったらやることは?相続手続きの流れと期限一覧もあわせてご覧ください。
📄 よくある質問
相続税法19条の2は適用の要件として婚姻期間の長さを定めておらず、条文上は「被相続人の配偶者」であることが基準です。ただし対象は戸籍上の配偶者で、内縁関係の方は相続人に含まれません(No.4132)。
いいえ。相続税法19条の2第3項により、申告書に所定の明細を記載した書類を添付した場合に限り適用されます。税額がゼロでも申告書の提出が必要です。
いったん法定相続分で申告し、「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付してください。3年以内に分割すれば税額軽減の対象となり、分割の日の翌日から4か月以内に更正の請求をして還付を受けます(相法19条の2第2項、32条、B1-5)。
🗒️ まとめ
- 配偶者は「1億6,000万円」と「法定相続分相当額」の多い方まで相続税がかからない(相法19条の2、No.4158)
- 実際に取得した財産が基準。税額がゼロでも申告書の提出と明細の添付が必要
- 未分割なら「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、分割後4か月以内に更正の請求
- 一次相続で使いすぎると二次相続で重くなる。合計税額と生活設計の両面から分け方を決める
連載の全体像は相続税 完全ガイドにまとめています。次回は「自宅の土地が8割引きに:小規模宅地等の特例」を取り上げる予定です。
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)
優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、令和7年4月1日現在の法令等に基づいて作成しています。個別の判断は税理士等の専門家にご相談ください。
配偶者の税額軽減をどこまで使うかは、二次相続まで含めた試算で答えが変わります。分け方が決まる前の段階からご相談ください。お問い合わせフォームからご連絡ください。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。相続税の申告と事業承継の支援を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
参考:国税庁タックスアンサー No.4158 配偶者の税額の軽減/同 No.4155 相続税の税率/同 No.4132 相続人の範囲と法定相続分/同 No.4168 相次相続控除/国税庁 B1-5 相続税の申告書の提出期限から3年以内に分割する旨の届出手続/e-Gov法令検索 相続税法/同 民法
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