「IFRSにするとのれんの償却費がなくなって利益が増える」——IFRS導入の検討を始めると、必ず一度は耳にする話ではないでしょうか。M&Aを積み重ねてきた会社ほど、のれん償却費が営業利益を圧迫している実感をお持ちだと思います。
一方で、「償却しない代わりに減損が一発で来るのが怖い」という不安もつきまといます。どちらも半分は正しく、半分は説明が足りません。
この記事では、のれんの非償却が財務諸表にどう効くのか、減損テストの手順が日本基準とどう違うのか、そして企業結合(IFRS第3号)の差異はどこに出るのかを、公認会計士が実務の順序で整理します。
この記事でわかること
- 日本基準の「20年以内償却」とIFRSの「非償却+毎期減損テスト」の違い
- のれん非償却が営業利益・純資産・ROEに与える具体的なインパクト
- 減損テストの手順が日本基準とIFRSでどう違うか(2段階と1段階)
- 条件付対価・段階取得・非支配持分など企業結合の主要差異
- IFRS移行日にのれんをどう引き継ぐか(IFRS第1号の免除規定)
- 日本基準側の「のれん非償却」議論の最新状況(2026年8月時点)
📊 のれん非償却とは?日本基準との最大の差はここ
のれんとは、企業結合において支払った取得原価が、受け入れた資産と引き受けた負債の時価純額を上回る部分をいいます(企業会計基準第21号第31項)。IFRS第3号第32項は、移転された対価、非支配持分の金額および取得企業が以前に保有していた被取得企業の持分の取得日公正価値の合計から、取得した識別可能資産および引き受けた負債の取得日の正味の金額を控除して算定すると定めており、この非支配持分の測定方法の違いが、後述する全部のれん方式や段階取得の取扱いにつながります。平たくいえば「買収先の純資産の時価を超えて支払ったプレミアム」で、超過収益力の対価と説明されることが多い項目です。
日本基準:20年以内で規則的に償却する
日本基準では、のれんは資産に計上したうえで、20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却します(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第32項)。のれんの金額に重要性が乏しい場合は、発生した事業年度の費用として処理することもできます。
表示面では、のれんは無形固定資産の区分に表示し、当期償却額は販売費及び一般管理費の区分に表示します(同第47項)。つまり、のれん償却費は営業利益の段階で控除されるという点が重要です。
IFRS:償却せず、毎期の減損テストで評価する
IFRS会計基準では、企業結合で取得したのれんは償却しません。その代わり、IAS第36号「資産の減損」により、減損の兆候の有無にかかわらず、毎年、回収可能価額を評価することが求められます。これは耐用年数を確定できない無形資産や、未だ使用可能でない無形資産と同じ扱いです。
※IAS第36号における回収可能価額とは、処分コスト控除後の公正価値(売却により回収できる金額)と使用価値(継続的使用により回収できる金額の現在価値)のいずれか高い方をいいます。
図1:のれん償却の有無による営業利益の見え方(金額は説明のためのイメージです)
💰 のれん非償却が財務数値に与える影響
営業利益が「かさ上げ」されるのではなく、費用配分の考え方が変わる
のれん100億円を10年で償却している会社であれば、年間10億円の償却費が販管費に計上されています。IFRSに移行すればこの10億円が消えるため、営業利益は同額増えます。M&Aを繰り返してきた会社では、この効果が数十億円規模になることもあります。
ただし、これは「儲かるようになる」わけではありません。キャッシュ・フローは1円も変わりません。あくまで、のれんという投資額を期間配分するか(日本基準)、価値が毀損したときに一括して認識するか(IFRS)という費用配分の考え方の違いです。投資家への説明も、この点を外すと説得力を欠きます。
純資産・自己資本比率・ROEへの波及
のれんを償却しなければ、のれんの帳簿価額は減損が生じない限り取得時の金額のまま残ります。総資産と純資産が日本基準より大きくなるため、自己資本比率は改善する一方、ROE・ROAの分母も膨らみます。利益が増えても資本が膨らむため、ROEが必ず上がるとは限らない点は、IRの想定問答に入れておきたい論点です。
減損は「一発で大きく来る」
非償却の裏返しとして、減損損失は日本基準より大きくなりやすくなります。日本基準では毎期の償却によってのれんの帳簿価額が逓減していきます。企業会計基準第21号第32項は20年以内のその効果の及ぶ期間にわたる定額法等での償却を求めているため、5年目の減損時に残っているのれんは、10年償却なら取得額の半分程度、20年償却でも4分の3程度にとどまります。IFRSでは取得額のまま残っているため、同じ事業悪化でも減損損失の絶対額が大きくなります。
ポイント:IFRSののれんは「償却しないから安全」ではなく、「毎期テストして、ダメなときは一気に落とす」仕組みです。減損の期ズレやボラティリティを許容できるかが、任意適用を判断するうえでの実質的な論点になります。
| 項目 | 日本基準 | IFRS会計基準 |
|---|---|---|
| のれんの償却 | 20年以内で規則的に償却(企業会計基準第21号第32項) | 償却しない |
| 減損テストの頻度 | 減損の兆候がある場合に実施 | 兆候の有無にかかわらず毎年実施(IAS第36号) |
| 認識の判定 | 割引前将来キャッシュ・フローの総額と帳簿価額を比較(2段階) | 回収可能価額と帳簿価額を直接比較(1段階) |
| 減損損失の戻入れ | 行わない | のれんについては行わない(他の資産は戻入れあり) |
| 損益計算書の表示 | 償却額は販管費、減損損失は原則として特別損失 | 特別損益の区分がなく、営業費用として表示 |
※IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」(2027年1月1日以後開始する事業年度から適用、早期適用可)により、損益計算書に「営業利益」等の小計の表示が求められます。減損損失の表示区分は同基準の枠組みで整理する必要があります。
⚖️ 減損テストの手順はこう違う
日本基準:兆候 → 認識の判定 → 測定の3ステップ
日本基準(「固定資産の減損に係る会計基準」企業会計審議会 平成14年8月9日)では、まず減損の兆候がある資産または資産グループを識別します。兆候があるものについて、割引前将来キャッシュ・フローの総額と帳簿価額を比較し、総額が帳簿価額を下回る場合に減損損失を認識します。認識すべきと判定されたら、帳簿価額を回収可能価額まで減額します。
のれんについては、取得された事業の単位が複数ある場合はのれんの帳簿価額を合理的な基準で分割したうえで、のれんが帰属する事業に関連する複数の資産グループにのれんを加えた「より大きな単位」で判定します。減損損失の増加額は原則としてのれんに配分されます。
※割引前将来キャッシュ・フローの見積期間は、資産の経済的残存使用年数または資産グループ中の主要な資産の経済的残存使用年数と20年のいずれか短い方とされています。
IFRS:毎期必ず、回収可能価額と直接比較する1段階テスト
IFRSでは、のれんを配分した資金生成単位(CGU)またはCGUのグループについて、毎期、回収可能価額を算定して帳簿価額と比較します。割引前キャッシュ・フローによる足切りがないため、日本基準では減損を認識しなかったケースでも、IFRSでは減損が計上されることがあります。ここが実務上、最も差が出るポイントです。
減損損失は、まずそのCGUに配分されたのれんから減額し、残額を他の資産に帳簿価額の比例按分で配分します。そして、のれんについて認識した減損損失は、その後の期間に戻し入れることができません。
図2:日本基準の2段階テストとIFRSの1段階テスト
CGUの単位設定、事業計画と割引率の整合、監査対応まで。IFRS導入の論点検討から数値作成・開示まで、公認会計士が伴走支援します。
🏢 企業結合(IFRS第3号)の主要差異
のれんの金額そのものを左右するのが、企業結合の会計処理です。IFRS第3号「企業結合」は取得法を採用しており、日本の企業会計基準第21号もパーチェス法に統一されているため、大枠は共通です。取得原価が識別可能純資産の公正価値を下回る場合の取扱いも、IFRSではバーゲン・パーチェスとして取得日に利得を純損益に認識し(IFRS第3号第34項)、日本基準でも負ののれんとして発生した事業年度の特別利益に計上する(企業会計基準第21号第33項)という点で共通します。差が出るのは次の5つです。
図3:IFRS第3号の取得法の流れと測定期間
差異が出る5つの論点
| 論点 | 日本基準 | IFRS会計基準 |
|---|---|---|
| 取得関連費用 | 発生した事業年度の費用として処理(企業会計基準第21号第26項) | 発生時に費用として処理(差異なし) |
| 条件付対価(アーンアウト) | 交付が確実となり時価が合理的に決定可能となった時点で取得原価に加算し、のれんを追加認識(同第27項) | 取得日の公正価値で当初認識。その後の公正価値の変動は原則として損益(のれんは動かさない) |
| 段階取得 | 個別上は原価の合計額。連結上は取得日の時価で算定し、差額を段階取得に係る損益に計上(同第25項) | 従来保有していた持分を取得日の公正価値で再測定し、差額を損益に計上 |
| 非支配持分の測定 | 識別可能純資産の持分割合で測定(部分のれんのみ) | 公正価値(全部のれん)と持分割合(部分のれん)を取引ごとに選択 |
| 無形資産の識別 | 法律上の権利など分離して譲渡可能なものを識別(同第29項) | 契約・法律上の権利または分離可能性のいずれかを満たすものを識別(顧客関係等が計上されやすい) |
実務でインパクトが大きいのは、条件付対価と無形資産の識別です。アーンアウト条項付きのM&Aでは、日本基準では条件成就まで簿外だったものが、IFRSでは取得日に負債として認識され、その後の見直しが毎期の損益に出ます。買収時の業績予想が外れると、のれんとは別に損益が振れる点を経営陣に説明しておく必要があります。
無形資産の識別についても、IFRSでは顧客関係・技術・商標などが個別に認識されやすく、その分だけのれんの金額は小さくなります。これらの無形資産は耐用年数を確定できる限り償却されるため、「のれん償却がなくなった代わりに無形資産の償却費が増える」ケースは珍しくありません。GAAP差異分析の段階で、この点は必ず定量化しておきましょう。
🧾 IFRS移行時、既存ののれんはどうなるか
移行日の帳簿価額を引き継ぎ、そこから償却を止める
IPO準備企業や既存の上場会社が気にするのは、「これまで償却してきたのれんは移行時に元に戻るのか」という点です。結論からいうと、IFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」の付録Cにある免除規定を選択すれば、移行日より前の企業結合は遡及して修正再表示せず、のれんは従前の会計基準の帳簿価額をそのまま引き継ぎます。過去に償却した分が戻ってくるわけではありません。
そのうえで、移行日にはのれんの減損テストを行う必要があります。日本基準では兆候がなくテストしていなかったのれんも、移行日には一度評価を受けることになります。
図4:IFRS移行日を起点としたのれんの取扱い(適用時期は例示)
誰が・いつまでに・何を作るか
- 経理部(移行日の6か月前まで):過去のM&A案件を一覧化し、のれんの取得年度・残高・償却期間・帰属事業を整理した「のれん明細」を作成する
- 経理部+事業部門(移行日の3か月前まで):のれんを配分するCGU(またはCGUのグループ)の単位を決定し、管理会計上の区分との対応表を作る
- 経営企画部(移行日まで):CGU単位の事業計画(通常5年)と、その先の成長率・割引率の前提を文書化する
- 経理部(移行日時点):移行日ののれん減損テストを実施し、テスト調書と結論メモを監査法人に提出する
- 経理部(比較年度の各四半期):日本基準で計上したのれん償却費を取り消す組替仕訳を作成し、差異調整表に反映する
- 経理部+IR(初年度期首まで):のれん償却費の消滅による営業利益の増加額を試算し、外部説明の想定問答を準備する
注意:のれんは税務上の資産調整勘定等とは取扱いが異なり、会計上の償却停止がそのまま課税所得に反映されるわけではありません。移行に伴う一時差異と繰延税金への影響は、税務担当と早めに擦り合わせてください。個別の判断は必ず監査人・税務専門家に確認しましょう。
📅 日本基準側の議論は今どうなっているか(2026年8月時点)
「そのうち日本基準でものれん非償却が認められるのでは」という期待を持つ方もいます。直近の動きを一次情報で確認しておきましょう。
2025年7月11日の第54回企業会計基準諮問会議において、公益社団法人経済同友会ほか12団体、スタートアップ有志35社および企業経営者有志138名から「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」がテーマ提案されました。これを受けてASBJは2025年8月から2026年6月にかけて計9回の公聴会を開催し、諮問会議は2026年4月1日に情報要請文書を公表(コメント期限2026年6月5日)しています。
そして2026年7月27日の第57回企業会計基準諮問会議において、のれんを一定の期間にわたって償却する基本的な会計処理の枠組みは変更しないこととし、のれんの非償却の導入(選択制)およびのれん償却費の計上区分の変更をASBJに提言しないことについてコンセンサスが得られました。代わりに、①企業会計基準第21号第32項の償却期間・償却方法の考え方を明らかにすることの検討、②のれん償却前営業利益に関する情報提供のための見直しの検討、の2点が新規テーマとしてASBJに提言されています。ASBJは2026年8月10日の第582回企業会計基準委員会でこの提言を受けており、同日、財務会計基準機構がこれまでの対応状況を公表しました。提言の中身と実務への影響はのれん償却前営業利益とはで詳しく整理しています。
国際側では、IASBが2024年3月に公開草案「企業結合——開示、のれん及び減損」(IFRS第3号およびIAS第36号の修正案)を公表し、2026年7月時点でも再審議が続いています。次のマイルストーンはプロジェクトの方向性の決定とされており、のれんを償却に戻す方向ではなく、開示の充実と減損テストの適用改善が論点の中心です。
ポイント:日本基準で非償却が認められるのを待つ、という選択肢は当面現実的ではありません。のれん非償却を望むのであれば、IFRS任意適用が実務上の唯一の道筋になります。
💡 よくある質問
減損テストが毎期必須になるため、事業計画・割引率・CGUの単位といった見積りの根拠に対する検証は確実に増えます。特に、買収時の事業計画と実績の乖離は必ず論点になります。テスト調書のフォーマットを移行前に監査法人と合意しておくと、初年度の負担を大きく減らせます。
利益が増えて見えることは事実ですが、それだけを理由にすると、減損計上時の説明で苦しくなります。海外投資家との対話、海外子会社との基準統一、M&Aの比較可能性といった目的と合わせて整理するのが現実的です。導入判断の全体像は第1回のIFRSの全体像もあわせてご覧ください。
戻せません。IAS第36号では、のれんについて認識した減損損失は、その後の期間に戻し入れないと定められています。日本基準も減損損失の戻入れは行わないため、この点は共通です。ただし、のれん以外の資産についてはIFRSでは戻入れが認められており、日本基準との差異になります。
🗒️ まとめ
- 日本基準ののれんは20年以内で規則的に償却するが、IFRSでは償却せず毎期減損テストを行う
- のれん償却費が消えるため営業利益は増えるが、キャッシュ・フローは変わらず、減損は一括で大きく計上される
- 減損テストは日本基準の2段階に対しIFRSは1段階で、日本基準では認識しなかった減損が出ることがある
- 条件付対価・非支配持分・無形資産の識別など、企業結合の入口の差異がのれんの金額を左右する
- IFRS第1号の免除規定により移行日ののれん帳簿価額を引き継ぎ、移行日に減損テストを行う
- 2026年7月、日本の基準諮問会議はのれん償却の枠組みを変更しない方向でコンセンサスを得た
のれんの取扱いは、IFRS導入で経営陣の関心が最も集まる論点です。GAAP差異分析の進め方は第9回のGAAP差異分析、移行日の設定や免除規定の全体像は第11回の初度適用で詳しく解説しています。次回は、のれんの減損テストの中心にあるIAS第36号の手順を、日本基準との対比でさらに掘り下げます。
監修者
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区)
IPO準備企業・上場企業のIFRS導入支援、論点検討・GAAP差異分析・数値作成・注記開示支援を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。
【参考】企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」(ASBJ)/固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書(金融庁・企業会計審議会)/IAS 36 Impairment of Assets(IFRS財団)/Business Combinations—Disclosures, Goodwill and Impairment(IFRS財団 プロジェクト)/のれんの会計処理に関するテーマ提案への対応状況(財務会計基準機構)
のれん・減損・企業結合の差異分析、CGUの設計、数値作成、注記開示まで一貫してご支援します。IPOに伴うIFRS導入もお任せください。お問い合わせフォームからご相談ください。