クリニックの収入は院長が診療できることを前提にしています。院長が長期間診療できなくなれば収入は止まり、家賃や職員の給与といった固定費だけが残ります。
この空白を埋めるのが所得補償保険ですが、税務上の扱いは個人開業と医療法人で大きく異なります。個人開業医が自分を被保険者として加入した場合、その保険料は家事費であり必要経費になりません。
この記事では、契約形態ごとの保険料と保険金の扱いを整理し、職員向けの制度として活用する場合の注意点を説明します。
- 個人開業医の所得補償保険の保険料が必要経費にならない理由
- 受け取る保険金が非課税とされること
- 医療法人契約の場合に第三分野保険として扱われること
- 受取人を被保険者にすると保険料が給与になること
- 職員全体を対象とする制度として加入する場合の要件
図 所得補償保険の判定(国税庁タックスアンサーおよび法人税基本通達にもとづき作成)
📌 院長が倒れると収入が止まる
クリニックの収入は、院長が診療できることを前提としています。院長が病気や怪我で長期間診療できなくなれば、収入は大きく減るか、止まります。一方で、家賃、リース料、職員の給与、借入金の返済は続きます。
生命保険は死亡に備えるものですが、働けなくなった状態は死亡ではありません。この空白を埋めるのが所得補償保険です。就業不能となった期間について、あらかじめ定めた金額が支払われます。
医師の場合、診療科目によっては手指の機能が失われるだけで診療ができなくなります。死亡よりも就業不能のほうが、経済的な影響が長く続くこともあります。医師向けの団体保険として医師会が用意している制度もあります。
ここで押さえておきたいのが、個人開業と医療法人で税務上の扱いが大きく変わるという点です。
📌 個人開業医の保険料は経費にならない
個人で開業している医師が、自分を被保険者とする所得補償保険に加入した場合、その保険料は必要経費になりません。国税庁は、事業主が自己を被保険者とした所得補償保険の保険料について、家事費であり必要経費に算入できないとしています。
保険料が必要経費にならない理由は、この保険が事業のためではなく、事業主本人の生活を守るためのものだからです。事業に関連する支出ではなく、家事上の費用と整理されます。
一方で、受け取る保険金については、身体の傷害に基因して支払を受ける保険金として非課税とされています。保険料は経費にならないが、保険金にも課税されないという整理です。
したがって、個人開業医にとって所得補償保険は、税務上の効果を期待して入るものではありません。純粋に保障として必要かどうかで判断してください。
📌 医療法人契約なら扱いが変わる
医療法人が契約者となり、理事長を被保険者として、保険金の受取人を医療法人とする場合は扱いが異なります。
所得補償保険は、傷害を受けたことや疾病にかかったことを保険事故とする保険ですので、実務上は第三分野保険として扱われます。この場合、保険料の処理は法人税基本通達9-3-5および9-3-5の2の枠組みで判断されます。
掛け捨てで解約返戻金がないタイプであれば、期間の経過に応じて損金の額に算入します。保険期間が3年以上で最高解約返戻率が50%を超えるものであれば、9-3-5の2により区分に応じた資産計上が必要になります。
注意したいのは、保険金または給付金の受取人が被保険者またはその遺族である場合において、役員または部課長その他特定の使用人のみを被保険者としているときは、保険料の金額がその者に対する給与となる点です。理事長個人が保険金を受け取る形にすると、保険料が給与として課税されます。
医療法人が保険金を受け取る形にしておけば、その保険金は医療法人の収益となり、休業中の理事長への役員報酬や、代診の医師への報酬に充てることができます。
表 契約形態による違い
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📌 職員向けの制度という選択
所得補償保険は、院長のためだけのものではありません。看護師や事務職員が長期間働けなくなった場合に備える制度として、職員全体を対象に加入する形もあります。
職員全体を対象とし、加入の基準を規程で定めて運用するのであれば、福利厚生としての性格が認められます。採用の場面でも、こうした制度があることは待遇の一部として伝えられます。
ただし、養老保険の福利厚生プランと同じく、役員や特定の使用人のみを対象とすると給与として扱われます。加入の対象を勤続年数や勤務時間などの合理的な基準で定め、その基準に該当する職員は全員加入させるという運用が必要です。
保障の水準は、給与の6割程度に設定されることが一般的です。傷病手当金など公的な給付との重複も考慮して設計してください。
個人開業か医療法人かで、所得補償保険の税務上の扱いは変わります。保障の必要性と税務の扱いを分けて整理し、無理のない設計をご提案します。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っている公認会計士・税理士が直接対応します。初回のご相談は無料です。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
❓ よくある質問
A. なりません。国税庁は、事業主が自己を被保険者とした所得補償保険の保険料について、家事費であり必要経費に算入できないとしています。事業のための支出ではなく、事業主本人の生活を守るためのものと整理されるためです。
A. 身体の傷害に基因して支払を受ける保険金として非課税とされています。保険料は必要経費にならないが、保険金にも課税されないという整理です。
A. 所得補償保険は傷害や疾病を保険事故とする保険ですので、実務上は第三分野保険として扱われ、法人税基本通達9-3-5および9-3-5の2の枠組みで判断されます。掛け捨てで解約返戻金がないタイプであれば期間の経過に応じて損金になりますが、保険期間が3年以上で最高解約返戻率が50%を超えるものは区分に応じた資産計上が必要です。
A. できますが、保険金または給付金の受取人が被保険者またはその遺族である場合において、役員または部課長その他特定の使用人のみを被保険者としているときは、保険料の金額がその者に対する給与となります。医療法人が受け取る形にしておけば、休業中の役員報酬や代診の医師への報酬に充てられます。
A. 職員全体を対象とし、加入の基準を規程で定めて運用するのであれば、福利厚生としての性格が認められます。ただし役員や特定の使用人のみを対象とすると給与として扱われますので、合理的な基準で対象を定めてください。
📄 まとめ
所得補償保険は、院長が働けなくなったときの収入の空白を埋める保険です。死亡に備える生命保険では対応できない領域をカバーします。
個人開業医が自分を被保険者として加入した場合、保険料は家事費であり必要経費になりません。一方で受け取る保険金は身体の傷害に基因して支払を受ける保険金として非課税です。税務上の効果を期待するものではなく、保障として必要かどうかで判断してください。
医療法人が契約者となり受取人も医療法人とする場合は、第三分野保険として法人税基本通達9-3-5および9-3-5の2の枠組みで処理します。受取人を被保険者にして役員のみを対象とすると、保険料が給与として課税されます。職員全体を対象とする制度として設計すれば、福利厚生として活用できます。
⚖ 本記事の根拠法令
- 事業主が自己を被保険者とした所得補償保険の保険料が家事費であり必要経費に算入できないこと、および受け取る保険金が身体の傷害に基因して支払を受ける保険金として非課税とされることは、国税庁タックスアンサーNo.1760によります。同ページの根拠法令等には所得税法9条、37条、45条、所得税法施行令30条、所得税基本通達9-20および9-22が示されています
- 法人税基本通達9-3-5(定期保険及び第三分野保険に係る保険料)
- 法人税基本通達9-3-5の2
- 第三分野保険が保険業法3条4項2号に掲げる保険であることは、国税庁タックスアンサーNo.5364によります
- 法人税法34条1項(役員給与の損金不算入)、同法36条(過大な使用人給与の損金不算入)
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。
このテーマの全体像は医療法人と開業医の税務|法人化から役員報酬・承継までにまとめています。