棚卸資産の収益性の低下の判定と評価損の計算
通常の販売目的で保有する棚卸資産は、期末の正味売却価額(売価から見積追加製造原価と見積販売直接経費を控除した額)が取得原価を下回っていれば収益性が低下したと判断し、正味売却価額まで帳簿価額を切り下げます(企業会計基準第9号 第5項・第7項)。評価損にあたる簿価切下額は「取得原価-正味売却価額」に数量を掛けて計算し、原則として売上原価に計上します(第17項)。
- 判定と切下げは原則として個別品目ごとに行い、複数品目を一括りにする方法は継続適用が条件(第12項)
- 正味売却価額の算定が難しい滞留品は、処分見込価額までの切下げや回転期間による規則的な切下げができる(第9項)
- 前期の切下額の戻入れは洗替え法と切放し法を種類ごとに選択する。臨時の事象で特別損失にした分は戻し入れない(第14項・第17項)
2026年10月12日更新
正味売却価額の定義と計算式は正味売却価額とは?計算式と再調達原価との違い、簿価切下げの計算例で解説しています。
棚卸資産の簿価をいつ切り下げるのか。何まで切り下げるのか。
企業会計基準第9号の第7項は、通常の販売目的で保有する棚卸資産について、期末における正味売却価額が取得原価よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とする、としています。
切り下げる先は正味売却価額です。時価ではありません。この2つは第4項と第5項で別に定義されています。
- 切り下げる先が正味売却価額であること
- 時価と正味売却価額と再調達原価の違い
- 再調達原価によれるのは例外であること
- 洗替え法と切放し法は種類ごとに選択できること
- 臨時の事象では戻入れをしないこと
- トレーディング目的は別の扱いであること
📌 結論 正味売却価額まで切り下げる
通常の販売目的で保有する棚卸資産を切り下げる先は、時価ではなく正味売却価額です。ここを取り違えている資料が多くあります。
第5項は正味売却価額を、売価から見積追加製造原価及び見積販売直接経費を控除したものと定義しています。売価は購買市場と売却市場とが区別される場合における売却市場の時価です。
第6項の再調達原価は、購買市場の時価に購入に付随する費用を加算したものです。買う側の価格です。
この2つを混同すると、切り下げる金額が変わります。売る側の価格から費用を引いたものが正味売却価額です。
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🧭 判定の順番
下落していれば切り下げます。将来の値上がりを見込んで据え置くという処理はありません。
第7項は、取得原価をもって貸借対照表価額とし、期末における正味売却価額が取得原価よりも下落している場合には当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とする、としています。差額は当期の費用として処理します。
低価法という枠組みではありません。原価法か低価法かを選ぶ制度ではなく、収益性が低下したら切り下げる、という考え方です。
売却市場で市場価格が観察できないときは、第8項により合理的に算定された価額を売価とします。
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🧮 評価損(簿価切下額)の計算手順と計算例
収益性の低下の判定と簿価切下額の計算は、次の手順で進めます。判定は原則として個別品目ごとに行います(第12項)。
| 手順 | やること(根拠) |
|---|---|
| 1. 取得原価を確認する | 払出単価の計算方法(先入先出法、移動平均法など)で算定した期末の単価と数量を品目ごとに確認する(第6-2項) |
| 2. 売価を決める | 売却市場の時価を使う。市場価格が観察できないときは、期末前後の販売実績に基づく価額や契約で取り決められた売価など、合理的に算定された価額を使う(第5項・第8項) |
| 3. 正味売却価額を計算する | 売価から、完成までにかかる見積追加製造原価と、販売にかかる見積販売直接経費を控除する(第5項) |
| 4. 取得原価と比べる | 正味売却価額が取得原価を下回っていれば、正味売却価額を貸借対照表価額とする(第7項) |
| 5. 差額を費用にする | (取得原価-正味売却価額)×数量を簿価切下額とし、原則は売上原価、製造に関連し不可避的に発生するものは製造原価、臨時の事象に起因し多額のものは特別損失に計上する(第7項・第17項) |
次の設例で、3つの品目について計算します。会社名と数値は架空です。
| 品目(期末数量) | 取得原価(単価) | 正味売却価額(単価)の計算 | 簿価切下額 |
|---|---|---|---|
| 製品A(100個) | 1,000円 | 売価1,200円-見積販売直接経費100円=1,100円 | 取得原価を上回るので切下げなし(0円) |
| 製品B(200個) | 800円 | 売価850円-見積販売直接経費120円=730円 | (800円-730円)×200個=14,000円 |
| 仕掛品C(300個) | 500円 | 完成後の売価900円-見積追加製造原価350円-見積販売直接経費80円=470円 | (500円-470円)×300個=9,000円 |
簿価切下額の合計は23,000円です。製品Aは正味売却価額が取得原価を上回っていますが、その含み益を製品Bや仕掛品Cの切下額と相殺することはしません。品目ごとに判定するためです。複数の品目を一括りにして判定する方法は、それが適切と判断される場合に、継続適用を条件として認められるものです(第12項)。
仕訳は、たとえば(借)棚卸資産評価損 23,000円/(貸)製品 14,000円・仕掛品 9,000円 となり、棚卸資産評価損は損益計算書では売上原価に含めて表示します。簿価切下額は、重要性が乏しい場合を除き、注記するか売上原価等の内訳項目として独立掲記します(第18項)。
翌期の扱いは、洗替え法か切放し法かで変わります。洗替え法では前期に計上した簿価切下額を当期に戻し入れ、改めて期末の正味売却価額と比べます。この場合に売上原価とする額は、戻入額と相殺した後の額です(第17項)。切放し法では戻入れを行わず(第14項)、切り下げた後の帳簿価額をもとに翌期の判定をします。
正味売却価額の計算でよく問題になるのは、見積販売直接経費の範囲と、仕掛品の見積追加製造原価です。どの費用を含めたか、どの資料から見積もったかを品目ごとに残しておくと、監査で説明しやすくなります。
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⚠️ 例外と特例
第10項は例外です。原材料は再調達原価で評価する、と言い切ってしまうと誤りになります。継続適用が条件です。
第9項は、営業循環過程から外れた滞留または処分見込等の棚卸資産について、合理的に算定された価額によることが困難な場合の処理を定めています。処分見込価額まで切り下げる方法と、一定の回転期間を超える場合に規則的に切り下げる方法です。
第10項は、製造業における原材料等のように再調達原価のほうが把握しやすく、正味売却価額が当該再調達原価に歩調を合わせて動くと想定される場合に、継続して適用することを条件として再調達原価によることができる、としています。
継続適用が条件です。今期は再調達原価、来期は正味売却価額、という使い分けはできません。
🔄 戻入れと表示
臨時の事象で特別損失にした分は、洗替え法でも戻し入れません。ここは見落としやすい定めです。
第14項は、前期に計上した簿価切下額の戻入れについて、洗替え法と切放し法のいずれかを棚卸資産の種類ごとに選択適用できるとしています。いったん採用した方法は原則として継続して適用します。
第17項が表示です。原則は売上原価、製造に関連し不可避的に発生すると認められるときは製造原価です。そして臨時の事象に起因し、かつ多額であるときは特別損失に計上します。臨時の事象とは、例えば重要な事業部門の廃止や災害損失の発生です。
この場合、洗替え法を適用していても当該簿価切下額の戻入れを行ってはならない、と第17項が定めています。見落としやすいところです。
❓ よくある質問
A. 品目ごとに(取得原価-正味売却価額)×期末数量で計算します。正味売却価額が取得原価以上の品目は切り下げません。他の品目の含み益と相殺もしません(第7項・第12項)。
A. 正味売却価額です(第7項)。時価ではありません。
A. 売価から見積追加製造原価及び見積販売直接経費を控除したものです(第5項)。
A. 第10項の要件を満たし、継続して適用することを条件として、再調達原価によることができます。原則ではありません。
A. 第9項により、処分見込価額まで切り下げる方法や、一定の回転期間を超える場合に規則的に切り下げる方法があります。
A. 棚卸資産の種類ごとに選択適用できます(第14項)。継続適用が原則です。
A. 原則は売上原価、不可避的に発生するときは製造原価、臨時かつ多額のときは特別損失です(第17項)。
A. 戻し入れません。洗替え法を適用していても行ってはならないとされています。
A. 時価をもって貸借対照表価額とし、評価差額は当期の損益とします(第15項)。
📄 まとめ
切り下げる先は正味売却価額です。時価でも再調達原価でもありません。
再調達原価によれるのは第10項の例外で、継続適用が条件です。
洗替え法と切放し法は種類ごとに選べます。ただし臨時の事象で特別損失にした分は戻し入れません。
いま在庫の評価をExcelで回しているなら、正味売却価額の算定根拠が残る形になっているかを確かめてください。監査で必ず見られます。
📚 参考(公的な一次情報)
- 企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」(企業会計基準委員会) 第4項から第10項、第12項、第14項、第15項、第17項、第18項
- 企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」(企業会計基準委員会) 第5項
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