自社株の相続税が払えないときは?金庫株とみなし配当課税の特例・取得費加算を解説

オーナー経営者の相続で最も多いつまずきが、「自社株の評価額は数億円なのに、納税に充てる現金がない」という事態です。自社株は上場株と違って市場で売れず、買い手も簡単には見つかりません。それでも相続税は原則として現金一括、期限は10か月です。

この記事では、非上場会社の株式を相続した場合の納税資金対策を、①会社に買い取ってもらう「金庫株」+みなし配当課税の特例、②取得費加算の特例、③延納、④物納の4つに整理し、それぞれの要件・期限・落とし穴を表で比較します。あわせて、生前に準備しておくべきことも整理します。

なぜ「自社株の相続税が払えない」が起きるのか

相続税は、被相続人が持っていた財産を「相続税評価額」で洗い出し、その合計に課税する仕組みです。自社株も例外ではなく、業績の良い会社ほど純資産や利益が積み上がり、評価額は高くなります。ところが、その株式は換金性がほとんどありません。この「評価は高いが換金できない」という非対称性が、納税資金問題の正体です。

比較項目 上場株式 非上場株式(自社株)
相続税の課税 される される(同じように課税される)
換金のしやすさ 市場で即日売却できる 市場がなく、買い手を自力で探す必要がある
譲渡制限 なし ほぼ全社が定款で譲渡制限を設けている(会社の承認が必要)
価格の客観性 市場価格がある 当事者間の交渉と評価計算で決まる
配当 比較的安定して出る例が多い 無配・低配当の会社が多く、株を持っていても現金は入らない

相続税の納期限は、原則として申告期限と同じ「相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月」です。この10か月の間に、換金できない財産に対する税金を現金で用意しなければならない、というのが出発点になります。自社株そのものの評価方法については、類似業種比準方式・純資産価額方式などの計算ルールを別途確認してください。

まず確認すべき3つの数字

  • 自社株の相続税評価額(1株あたり×株数)
  • 相続人ごとの相続税額と、そのうち現金・預金で賄える金額
  • 会社の分配可能額(=会社が自己株式を買い取れる上限額)

納税資金対策の4つの選択肢を比較する

自社株の相続税が払えないときに検討する手段は、大きく次の4つ(+納税猶予)です。優先順位としては、まず金庫株の可否を検討し、それでも足りない部分を延納で埋めるという流れになる例が多くみられます。

手段 内容と主なポイント
① 金庫株
(自己株式の取得)
相続した自社株を発行会社に買い取ってもらい、現金化する。みなし配当課税の特例(措法9条の7)により、税率が大幅に下がる可能性がある。本記事の中心テーマ
② 取得費加算の特例 相続財産を売却して納税する場合に、支払った相続税の一部を取得費に加算し、譲渡所得の税負担を軽くする(措法39条)。①と併用できる。
③ 延納 相続税を年賦で分割納付する。相続税額10万円超・金銭納付困難などの要件と担保提供が必要で、利子税がかかる(相法38条)。
④ 物納 相続財産そのもので納付する。延納でも納付困難であることが前提。譲渡制限株式は管理処分不適格財産とされるため、通常の自社株では事実上使えない(相法41条)。
(参考)納税猶予 法人版事業承継税制(特例措置)により、要件を満たせば自社株に対応する相続税の納税が猶予される。ただし事前の計画提出や承継後の継続要件があり、相続発生後に慌てて使える制度ではない。

金庫株(自己株式の取得)とみなし配当課税の特例

金庫株とは、会社が自社の株式を株主から買い取って保有することをいいます。相続人にとっては、換金できないはずの自社株を、確実な買い手(自分の会社)に売って納税資金に変える手段になります。

通常は「配当」扱いで最高55%の累進課税になる

個人が非上場株式を発行会社に譲渡すると、受け取った対価のうち資本金等の額に対応する部分を超える金額は「配当」とみなされ(みなし配当)、配当所得として総合課税されます(所法25条)。総合課税なので、給与や役員報酬など他の所得と合算した累進税率(所得税+住民税で最高55%)が適用されます。配当控除により実際の負担は多少軽減されますが、それでも重い水準です。

特例を使えば全額が譲渡所得(約20%)になる

ここで使えるのが、「相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例」(措法9条の7)です。一定の要件を満たすと、みなし配当課税を行わず、譲渡対価の全額を株式の譲渡所得の収入金額として扱います。譲渡所得は申告分離課税なので、他の所得と合算されず、税率は所得税15%(別途、復興特別所得税および住民税)です。

比較項目 特例なし(原則) 特例あり(措法9条の7)
所得区分 資本金等の額を超える部分=配当所得(みなし配当)/残りは譲渡所得 対価の全額が譲渡所得
課税方式 総合課税(他の所得と合算) 申告分離課税(他の所得と分離)
税率のイメージ 累進税率。高所得者では所得税・住民税あわせて最高55%(配当控除により軽減あり) 所得税15%(このほか復興特別所得税および住民税がかかる)
取得費加算との併用 譲渡所得部分について可能 可能(措法39条)

※税率は制度の骨格を示したもので、実際の負担は所得構成・控除の状況により異なります。

適用要件と「3年10か月」の期限

特例の対象になるのは、相続または遺贈により財産を取得し、納付すべき相続税額がある個人です。相続税がゼロの人は使えません。そして期限が決定的に重要です。

時点 内容
相続開始 被相続人の死亡。ここが起算点。
+10か月 相続税の申告期限・納期限。原則はここまでに現金一括納付。
+3年10か月 特例の適用期限。相続開始があった日の翌日から、相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日まで(=実質「10か月+3年」)に譲渡する必要がある。

適用要件のチェックリスト

  • 相続または遺贈で財産を取得し、その相続について納付すべき相続税額があること
  • 譲渡する株式が、その相続税の課税対象となった非上場株式であること
  • 相続開始の翌日から「申告期限の翌日以後3年を経過する日」までに、発行会社へ譲渡すること
  • 譲渡する日までに「相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書」を発行会社へ提出すること
  • 発行会社は、譲り受けた日の属する年の翌年1月31日までに、その届出書を所轄税務署長へ提出すること

特に見落とされやすいのが届出書の提出タイミングです。譲渡した後で気づいても間に合いません。「譲渡する日までに」会社へ提出する必要があるため、株主総会の日程と一緒に逆算して段取りを組んでおく必要があります。

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取得費加算の特例(措法39条)を重ねる

金庫株で譲渡所得が出る場合、さらに「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」(措法39条)を併用できます。これは、相続財産を一定期間内に売却したときに、その人が負担した相続税のうち、売却した財産に対応する部分を取得費に加算できる制度です。取得費が増えれば譲渡益が圧縮され、所得税・住民税が軽くなります。

取得費に加算される相続税額(イメージ)

その人の相続税額 ×( 譲渡した自社株の相続税評価額 ÷ その人の相続税の課税価格の計算の基礎とされた財産の価額 )

※加算額が、特例を適用しないで計算した譲渡益を超える場合は、その譲渡益相当額が上限となります。譲渡した財産ごとに計算します。

比較項目 みなし配当課税の特例(措法9条の7) 取得費加算の特例(措法39条)
効果 所得区分を配当所得から譲渡所得に変え、税率を下げる 取得費を増やし、課税される譲渡益そのものを圧縮する
期限 いずれも「相続開始の翌日〜相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日」(実質3年10か月)
手続き 譲渡日までに届出書を発行会社へ提出 確定申告書に計算明細書等を添付
対象 発行会社への譲渡に限る 相続財産の譲渡全般(不動産等も対象)

期限がそろっている点が実務上のポイントです。相続税の納期限(10か月)と、この2つの特例の期限(3年10か月)は別物なので、納期限までは延納などで凌ぎ、その後に金庫株で資金化して延納を繰り上げ返済する、といった組み立ても検討対象になります。

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会社側のハードル:会社法の手続きと財源規制

金庫株は税務だけで決まりません。買い手である会社の側に、会社法上の制約があります。ここを詰めずに話を進めると、後で「買えない」ことが判明します。

論点 内容
財源規制 自己株式の取得により株主に交付する金銭等の総額は、分配可能額を超えてはならない(会社法461条)。利益剰余金が薄い会社、含み益はあるが現預金が少ない会社では、必要額を買い取れないことがある。
株主総会決議 特定の株主から取得する場合は、株主総会の特別決議が必要(会社法156条・160条、309条2項2号)。
他の株主の
売主追加請求権
特定の株主から取得する場合、他の株主は「自分も売主に加えろ」と請求できるのが原則(会社法160条2項・3項)。これが働くと、想定外の株主からも買い取ることになりかねない。
相続人からの
取得の特例
公開会社でない株式会社が、相続その他の一般承継により株式を取得した者から取得する場合には、上記の売主追加請求権の規定は適用されない(会社法162条)。ただし、その相続人等が既に株主総会でその株式について議決権を行使していた場合などは、この特例を使えない。
買取価格 相続税評価額と、会社法・法人税法上の適正な価額(時価)は必ずしも一致しない。価格が低すぎれば他の株主への利益移転、高すぎれば会社財産の流出として問題になり得るため、価格の根拠を残すことが重要。

順番を間違えないための注意点

相続人が相続直後の株主総会で議決権を行使してしまうと、会社法162条の特例が使えなくなる場面があります。「株主総会での議決権行使」と「会社への売却」のどちらを先に行うかは、相続発生直後の早い段階で整理しておくべき論点です。

定款の「相続人等に対する売渡請求」は諸刃の剣

定款に定めを置けば、会社は相続等で株式を取得した者に対し、その株式を会社に売り渡すよう請求できます(会社法174条〜177条)。分散防止に有効な一方、この請求に係る株主総会では売渡請求の相手方となる相続人は議決権を行使できないため(会社法175条2項)、少数株主側が先にこの制度を使い、後継者から株式を取り上げる方向に働くリスクもあります。定款に入れるかどうかは、株主構成を踏まえた判断が必要です。

延納・物納は自社株で使えるのか

延納:使えるが、担保と利子税がかかる

延納は、相続税額が10万円を超え、金銭で一時に納付することを困難とする事由がある場合に、その困難とする金額を限度として年賦で納める制度です。延納税額および利子税に相当する担保の提供が必要ですが、延納税額50万円未満かつ延納期間3年以下であれば担保は不要です。延納できる期間と利子税の割合は、課税財産に占める不動産等の割合によって変わります。

物納:譲渡制限株式は原則として不適格

物納は、延納によっても金銭で納付することが困難な場合に、相続財産そのもので納付する制度です。物納財産には順位があり、非上場株式等は第2順位(第1順位は不動産・国債・上場株式等)で、先順位の財産に適当なものがない場合に限られます。

さらに決定的なのが、「譲渡制限株式」は管理処分不適格財産に該当するという点です。同族会社の自社株はほぼ例外なく定款で譲渡制限が付されているため、実務上、自社株の物納は通らないと考えておくのが現実的です。また、相続時精算課税の適用を受けた財産や、贈与税の納税猶予の特例の適用を受けた非上場株式等も物納の対象外とされています。

比較項目 延納 物納
主な要件 相続税額10万円超/金銭一時納付が困難/担保提供 延納によっても金銭納付が困難/物納適格財産であること
担保 必要(50万円未満かつ3年以下は不要)
コスト 利子税 審査期間中等の利子税
自社株での可否 納付手段としては利用可能 譲渡制限株式は管理処分不適格。事実上ほぼ使えない
申請期限 納期限または納付すべき日まで(申告期限=相続開始から10か月が目安)

生前にできる準備が結局いちばん効く

ここまでの手段は、いずれも相続が起きた後の「対症療法」です。金庫株にせよ延納にせよ、会社に買取資金があること、担保になる財産があることが前提になります。準備の有無で選択肢の幅がまったく変わるのが、この分野の特徴です。

オーナー経営者が生前に確認しておきたいこと

  • 自社株の相続税評価額を定期的に試算し、相続税の概算額を把握しておく
  • 会社の分配可能額を確認し、金庫株で買い取れる上限を把握しておく
  • 買取資金の原資(現預金・法人契約の生命保険など)を計画的に準備する
  • 株主名簿を整理し、名義株や所在不明株主の問題を先に解決しておく
  • 定款の譲渡制限・売渡請求の定めが、自社の株主構成に照らして妥当か点検する
  • 生前贈与(暦年課税・相続時精算課税)による株式の移転を検討する
  • 事業承継税制(納税猶予)の適用可能性を、計画提出の期限に間に合ううちに検討する
  • 遺言・遺産分割の方針を決め、後継者に自社株が集中するよう設計しておく

自社株の移転手段としての生前贈与については暦年課税と相続時精算課税の使い分けを、相続手続き全体の流れについては相続税 完全ガイドもあわせてご覧ください。財産の洗い出しの進め方は相続財産の調べ方で解説しています。

よくある質問

Q. 相続税がゼロだった相続人でも、みなし配当課税の特例は使えますか。

使えません。この特例は「その相続または遺贈について納付すべき相続税額がある個人」が対象です。配偶者の税額軽減などで納付税額がゼロになった相続人が発行会社に株式を譲渡すると、原則どおりみなし配当課税の対象となります。誰が売主になるかで税負担が大きく変わるため、遺産分割の段階から検討が必要です。

Q. 3年10か月の期限を過ぎたら、もう会社に売れないのですか。

売却自体はできますが、みなし配当課税の特例と取得費加算の特例は使えません。原則どおり、対価のうち資本金等の額に対応する部分を超える金額は配当所得として総合課税されます。期限を過ぎると税負担が大きく変わるため、期限管理が重要です。

Q. 会社に買取資金がない場合はどうすればよいですか。

分配可能額と手元資金の両方が制約になります。実務では、金融機関からの借入れ、遊休資産の売却、複数年に分けた段階的な買取り、延納との組み合わせなどを検討します。生前に法人契約の生命保険で買取資金を準備しておく方法も一般的です。

Q. 金庫株にすると会社の株主構成はどうなりますか。

会社が取得した自己株式には議決権がありません(会社法308条2項)。したがって、後継者以外の相続人の持分を会社が買い取れば、結果として後継者の議決権割合が高まります。分散した株式を集約する手段としても機能します。

Q. 買取価格は相続税評価額でよいのですか。

相続税評価額は相続税を計算するための価額であり、会社法上の適正価格や法人税法上の時価と必ずしも一致しません。価格の妥当性は、他の株主との公平や課税上の問題に直結するため、評価方法と根拠資料を整えたうえで決定することをおすすめします。

まとめ

押さえるポイント 要点
問題の構造 自社株は評価は高いが換金できない。それでも相続税は10か月以内に原則現金一括。
中心となる手段 金庫株(自己株式の取得)+みなし配当課税の特例(措法9条の7)で、総合課税から申告分離課税へ。
重ねる特例 取得費加算の特例(措法39条)を併用し、譲渡益を圧縮する。
共通する期限 相続開始の翌日から、申告期限の翌日以後3年を経過する日まで(実質3年10か月)。
忘れやすい手続 譲渡日までに届出書を発行会社へ提出。会社は翌年1月31日までに税務署へ提出。
会社法の壁 分配可能額(461条)、特別決議、売主追加請求権と相続人からの取得の特例(162条)。
延納・物納 延納は利用可能だが担保と利子税。物納は譲渡制限株式が管理処分不適格のため事実上困難。
最も効くもの 生前の評価把握・買取資金の準備・株主名簿の整理・承継スキームの設計。
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【出典・根拠】国税庁タックスアンサー No.1477「相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例」(令和7年4月1日現在法令等/所法25、措法9の7、37の10 ほか)、No.3267「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」(同/所法33、38、措法39 ほか)、No.4211「相続税の延納」(相法38 ほか)、No.4214「相続税の物納」(相法41〜45 ほか)、No.4148「非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)」。会社法156条・160条・162条・174条〜177条・308条2項・309条2項2号・461条。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する税務・法務上の助言ではありません。制度は改正される可能性があるため、実行にあたっては最新の法令および専門家の確認をお願いします。
監修:公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)

優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。

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