役員退職金を支給した事業年度の調査で、「この功績倍率は高すぎます」と言われることがあります。会社の側は、株主総会で決議し、退職慰労金規程にも沿って計算したと説明します。それでも、調査官は自分たちが集めた類似法人の数字を持ち出してきます。
この場面で困るのは、反論の土俵がどこにあるのか分かりにくいことです。倍率の数字だけを言い合っても平行線になります。条文に立ち返ると、争えるところは倍率の高低だけではなく、もっと手前にあることが見えてきます。
この記事では、法人税法第34条第2項と施行令第70条第2号が何を判断要素としているのかを確認したうえで、功績倍率法という言葉が条文ではなくどこに出てくるのか、国税不服審判所の裁決が何を退け何を認めたのかを整理します。反論の材料を、条文と公表資料の側から組み立てます。全体像は税務調査で指摘される項目の別冊にまとめています。
この記事の見出し
🧭 条文が挙げているのは、三つの事情と「等」だけです
役員退職給与の過大部分を損金不算入とする根拠は、法人税法第34条第2項です。
内国法人がその役員に対して支給する給与(前項又は次項の規定の適用があるものを除く。)の額のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない(法人税法第34条第2項)
「政令で定める金額」を受けているのが法人税法施行令第70条で、退職給与について定めているのは同条第1項第2号です。条文が挙げている判断要素は、次の三つと「等」だけです。
当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額(法人税法施行令第70条第1項第2号)
| 条文が挙げる要素 | 反論に使える材料の例 |
|---|---|
| 業務に従事した期間 | 就任と退任の登記、在任期間中の役職の変遷、使用人から役員になった時期 |
| 退職の事情 | 退任に至った経緯、健康上の理由、事業承継の計画、退任後の関与の有無 |
| 同種の事業を営み事業規模が類似する法人の支給の状況 | 調査側が選んだ比較法人の抽出基準が、自社の事業内容・事業規模を反映しているか |
ここで大事なのは、条文に「功績倍率」という言葉も、その水準を示す数字も出てこないことです。倍率の高低を正面から争うのではなく、この三つの要素のあてはめとして主張を組み立てるほうが、条文の構造には沿っています。
争えるのは倍率の高低だけではありません
📌 功績倍率法は、通達の注に定義があります
では、功績倍率という言葉はどこに出てくるのでしょうか。法人税基本通達9-2-27の3が、業績連動給与との関係を整理するなかで触れています。
いわゆる功績倍率法に基づいて支給する退職給与は、法第34条第5項に規定する業績連動給与に該当しないのであるから、同条第1項の規定の適用はないことに留意する(法人税基本通達9-2-27の3)
そして、この通達の注が功績倍率法の定義を置いています。
本文の功績倍率法とは、役員の退職の直前に支給した給与の額を基礎として、役員の法人の業務に従事した期間及び役員の職責に応じた倍率を乗ずる方法により支給する金額が算定される方法をいう(同通達の注)
この通達が言っているのは、功績倍率法で計算した退職給与は業績連動給与ではないので、法人税法第34条第1項の三類型の枠組み(損金にするために届出などが要る仕組み)には乗らない、ということです。過大かどうかの判定は、第1項ではなく第2項の側で行われます。
つまり、功績倍率法は「これで計算すれば認められる算式」として通達が定めたものではありません。実務で広く使われている算定方法を、業績連動給与との切り分けの文脈で通達が名前を挙げているだけです。
会社側が「規程どおりに功績倍率法で計算しました」と説明しても、それ自体は施行令第70条第1項第2号の判定を通過したことにはなりません。
倍率が0.1動くだけで金額は250万円動きます
⚖️ 相場を持ち出した主張が通らなかった裁決
倍率の水準について、国税不服審判所が正面から判断した事例があります。平成19年11月15日裁決(裁決事例集No.74)です。
請求人は、原処分庁が選定した比較法人が不明でその数も少ないこと、代表取締役と取締役の功績倍率が同じというのは不自然であること、裁判事例や裁決事例でも功績倍率が3.3から3.6倍というのは定着していることなどから、代表取締役の功績倍率を3.6、取締役の功績倍率を3.3とするのが相当であると主張しました。
これに対する判断は、次のようなものでした。
| 争点 | 裁決の判断 |
|---|---|
| 比較法人の抽出基準 | 抽出基準は請求人の事業内容や事業規模等を反映させたものであって合理的と認められ、し意的に抽出した等の事情は認められないとされました |
| 比較法人からの除外 | 4社のうち1社は、資金繰りのために規程に定められた倍率より大幅に低い倍率で支給したという特殊な事情があるとして、除外するのが相当とされました。残る3社の平均功績倍率は1.9です |
| 比較法人の数の少なさ | 数が多いことは望ましいが、少ないことのみをもって算出された平均功績倍率が相当性を欠くとはいえないとされました |
| 裁判例などの相場 | 本件に関する具体的事情を考慮せず、裁判事例や裁決事例と異なるというだけで、平均功績倍率が社会通念上不相当に低率であるということもできないとされました |
この裁決で注目したいのは、審判所が請求人の主張を全面的に退けたわけではないことです。比較法人4社のうち1社を、特殊な事情があるとして除外しています。相場の主張は通らなかった一方で、個々の比較法人の中身を見て除外を認めているわけです。反論の芽がどこにあるかを示している事例だと言えます。
この裁決は旧法下のもので、判断のなかで引かれているのは法人税法第36条と法人税法施行令第72条です。現行では、過大な役員退職給与の損金不算入は法人税法第34条第2項と施行令第70条第1項第2号が定めています。条番号をそのまま現行法に読み替えないよう注意してください。
また、倍率の水準(1.9や3.0)は、その事案の比較法人から導かれた数字です。他の会社にそのまま当てはまる相場ではありません。
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🔍 比較法人を争うという道
上の裁決が示すとおり、比較法人の選び方には二つの争い方があります。一つは抽出基準そのものを争うこと、もう一つは選ばれた個々の法人に特殊な事情があることを示して除外を求めることです。
抽出基準については、施行令第70条第1項第2号が「同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するもの」と書いていることが出発点になります。業種の同種性と事業規模の類似性が、条文上の要件です。自社の事業内容が複数の業種にまたがっている場合や、同じ業種名でも収益構造が違う場合には、そこを具体的に示す余地があります。
個々の法人の除外については、上の裁決が資金繰りを理由とする低率支給を特殊な事情として認めています。会社側から比較法人の中身を直接確認することはできませんが、平均値がどのように算定されたのか、除外の検討が行われたのかを説明してもらうことは、調査の場で求められます。
もう一つ、条文の文言に沿った反論の仕方があります。施行令第70条第1項第2号は、三つの要素に「等に照らし」と続けています。つまり、条文が挙げた三つに限られるとは書いていません。自社の事情のうち、期間・退職の事情・類似法人の支給の状況のどれにも収まりにくいものがあるなら、この「等」の中で主張することになります。ただし、審判所や裁判所がその事情をどう評価するかは事案ごとに分かれるため、主張するときは事実を具体的に示すことが前提になります。
🔄 功績倍率法以外の算定方法もあります
もう一つの道が、算定方法そのものを争うことです。昭和61年9月1日裁決(裁決事例集No.32)は、功績倍率法ではなく1年当たり平均額法によるべきだと判断した事例です。
この裁決は、最終報酬月額が役員の在職期間を通じての会社に対する貢献を適正に反映したものでないなどの特段の事情があり低額であるときは、最終報酬月額を基礎とする功績倍率法により適正退職給与の額を算定する方法は妥当でなく、最終報酬月額を基礎としない1年当たり平均額法により算定する方法がより合理的である、としています。
| 観点 | 功績倍率法 | 1年当たり平均額法 |
|---|---|---|
| 計算の基礎 | 退職の直前に支給した給与の額 | 最終報酬月額を基礎としません |
| 効きやすい場面 | 最終報酬月額が在任期間の貢献を反映している場合 | 退任前に報酬を下げていたなど、最終報酬月額が低額になっている場合 |
| 裁決の位置づけ | 広く用いられている方法です | 特段の事情があるときにより合理的とされた例があります |
実務でありがちなのが、事業承継の準備として退任の数年前から代表者の報酬を下げていく形です。この場合、最終報酬月額が在任期間全体の貢献を映さなくなります。報酬を下げた経緯が記録に残っていれば、算定方法そのものを問い直す材料になり得ます。
🧮 動く金額と、支給前にそろえる記録
金額の動き方を仮の数字で確認します。最終報酬月額100万円、在任25年、倍率3.0で計算すると退職給与は7,500万円です。調査側が平均功績倍率1.9を用いた場合は4,750万円となり、差額の2,750万円が損金不算入になります。
この2,750万円は、損金不算入になるだけで会社から出ていった現金が戻ってくるわけではありません。所得が2,750万円増え、そのうえで過少申告加算税がかかります。国税通則法第65条第1項は、更正があるべきことを予知してされた修正申告の場合、納付すべき税額に100分の10の割合を乗じて計算した金額の過少申告加算税を課すとしています。
条文が挙げる要素ごとに、主張の置き場所があります
| 支給前にそろえるもの | 何を示すか |
|---|---|
| 就任と退任の登記、役職の変遷の記録 | 業務に従事した期間と、その間の職責 |
| 退任に至った経緯の記録 | 退職の事情。健康上の理由や事業承継の計画も含みます |
| 退職慰労金規程と、倍率を決めたときの検討資料 | 倍率がどのような考え方で設定されたか |
| 報酬を引き下げた経緯の記録 | 最終報酬月額が在任期間の貢献を反映しているかどうか |
| 株主総会の決議の記録と支給の記録 | 損金算入の時期。通達9-2-28は、決議等により額が具体的に確定した日の属する事業年度とし、支払った日の事業年度に損金経理した場合も認めるとしています |
支給した後に集められる材料は限られます。倍率を決める段階でこの五つを整えておくことが、そのまま反論の材料になります。適正額の考え方そのものは役員退職金の適正額を扱った回で整理しています。
事前準備から当日の立会い、指摘への反論、修正申告の要否判断まで対応します。顧問税理士がいらっしゃる場合も、この調査だけのスポットのご依頼を承ります。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。法人の税務顧問と申告業務、新しい会計基準の導入支援を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
❓ よくある質問
功績倍率は何倍までなら認められますか
倍率の水準を定めた条文も通達も、確認した範囲では見当たりませんでした。平成19年11月15日裁決は、裁判事例や裁決事例で3.3から3.6倍が定着しているという請求人の主張について、本件に関する具体的事情を考慮せず裁判事例や裁決事例と異なるというだけでは足りないとしています。相場から入る主張は、この裁決の考え方の下では通りにくいと言えます。
比較法人がどこの会社かを教えてもらえますか
比較法人の個社名が開示されるかどうかを定めた規定は、確認した範囲では見当たりませんでした。平成19年11月15日裁決でも、請求人は比較法人が不明であると主張しています。開示を求めるより、抽出基準の考え方と、平均値の算定過程で除外の検討が行われたかを確認するほうが、実際には話が進みます。
株主総会で決議していれば問題ありませんか
決議は支給の根拠として必要ですが、それだけで施行令第70条第1項第2号の判定を通過するわけではありません。同号は、業務に従事した期間、退職の事情、同種同規模の法人の支給の状況等に照らして相当と認められる金額を超える部分を損金不算入とすると定めています。手続と金額の相当性は別の話です。
使用人兼務役員の退職金はどう判定されますか
法人税基本通達9-2-30は、退職した使用人兼務役員に対する退職給与を役員分と使用人分に区分して支給した場合でも、法人税法第34条第2項の適用については、その合計額によりその支給額が不相当に高額であるかどうかを判定するとしています。区分して支給しても、判定は合計額で行われます。
損金不算入になると、受け取った本人の税金も変わりますか
法人税法第34条第2項が定めているのは、法人の所得計算上、損金の額に算入しないということだけです。受け取った側の所得区分について、この条文は何も定めていません。個人側の取扱いは所得税法の規定にもとづいて別に判断されます。
📄 まとめ
役員退職金の過大部分を指摘されたとき、倍率の数字だけを言い合うと平行線になります。条文が挙げているのは、業務に従事した期間、退職の事情、同種の事業を営み事業規模が類似する法人の支給の状況の三つと「等」だけで、功績倍率という語も水準も出てきません。
反論の置き場所は三つあります。第一に、期間と退職の事情を具体的に示すこと。第二に、比較法人の抽出基準を争うか、個々の法人の特殊な事情を示して除外を求めること。第三に、最終報酬月額が在任期間の貢献を反映していない事情があるなら、算定方法そのものを問い直すことです。
平成19年11月15日裁決は、相場を根拠にした主張を退けた一方で、比較法人4社のうち1社の除外は認めています。そして昭和61年9月1日裁決は、特段の事情があるときに1年当たり平均額法がより合理的であるとしました。争える余地は、倍率の高低の外側にあります。
いずれの主張も、支給前に残した記録があってはじめて成り立ちます。退職金の額を決める段階で、期間・事情・倍率の根拠・報酬水準の推移を整理しておくことが、そのまま備えになります。すでに指摘を受けている場合でも、どの要素について争えるのかを分けて確認してみることをおすすめします。
🔗 参考(公的な一次情報)
- 法人税法(e-Gov法令検索) … 第34条第2項(不相当に高額な部分)、第34条第4項、第34条第5項
- 法人税法施行令(e-Gov法令検索) … 第70条第1項第2号(退職給与の過大部分)
- 国税庁 法人税基本通達 第9章第2節第7款 退職給与 … 9-2-27の3(業績連動給与に該当しない退職給与とその注)、9-2-28、9-2-30
- 国税不服審判所 公表裁決事例要旨(役員退職給与) … 平成19年11月15日裁決、昭和61年9月1日裁決
- 税務大学校論叢 過大役員給与の損金不算入額算定に関する一考察 … 役員退職給与の算定方法をめぐる研究
- 国税通則法(e-Gov法令検索) … 第65条(過少申告加算税)
本記事は公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所・東京都台東区)が、法令・通達および国税庁の公表資料に基づいて作成しています。本記事は一般的な情報提供を目的としています。制度は改正される可能性があり、個別の事実関係により結論が異なります。実際の判断にあたっては、専門家にご確認ください。