「元気なうちに、子や孫に少しずつ渡しておきたい」「毎年110万円までなら税金がかからないと聞いたけれど、本当だろうか」。相続のご相談で、生前贈与の話は必ずといってよいほど出てきます。
ところが、この「110万円」には二つの意味があります。暦年課税の基礎控除110万円と、令和6年から新しく設けられた相続時精算課税の基礎控除110万円です。しかも暦年課税のほうは、亡くなる前の一定期間の贈与が相続財産に足し戻されるルール(生前贈与加算)が、3年から7年へと段階的に延びている最中です。
この記事では、税金の知識がない方に向けて、二つの制度の基本と、いま何年前までさかのぼるのかを、国税庁の公表資料と条文にもとづいて整理します。
- 暦年課税の基礎控除110万円と贈与税の計算のしかた
- 生前贈与加算が3年から7年へ延びる経過措置の現在地
- 延長された4年分には総額100万円の控除があること
- 相続時精算課税の110万円基礎控除と、選ぶと戻れないこと
- そもそも贈与税がかからない生活費・教育費の渡し方
この記事の見出し
💰 生前贈与の非課税枠110万円とは?まずは暦年課税から
贈与税には、暦年課税(れきねんかぜい)と相続時精算課税(そうぞくじせいさんかぜい)という二つの計算方法があります。何も届け出をしなければ、自動的に暦年課税が適用されます。まずはこちらから見ていきます。
暦年課税では、その年の1月1日から12月31日までの1年間に贈与でもらった財産の価額を合計し、そこから基礎控除額110万円を差し引きます。残った金額に税率をかけて贈与税額を計算します(相続税法21条の5、租税特別措置法70条の2の4、国税庁タックスアンサーNo.4408)。
※ 110万円は「あげる人1人につき」ではなく、「もらった人が1年間に受け取った合計額」に対する枠です。父から110万円、母から110万円を同じ年に受け取れば合計220万円となり、110万円を超えた部分に贈与税がかかります。
暦年課税は「もらった人ごとに、1年ごと」に計算します(国税庁No.4408)
税率は2種類あります
贈与税の税率表(速算表)は2種類あります。18歳以上の人が父母・祖父母など直系尊属から贈与を受けた場合は「特例税率」、それ以外は「一般税率」です。年齢は贈与を受けた年の1月1日時点で判定します(No.4408)。
| 基礎控除後の課税価格 | 特例税率(親・祖父母から18歳以上の子・孫へ) | 一般税率(それ以外) |
|---|---|---|
| 200万円以下 | 10% | 10% |
| 300万円以下 | 15%(控除10万円) | 15%(控除10万円) |
| 400万円以下 | 15%(控除10万円) | 20%(控除25万円) |
| 600万円以下 | 20%(控除30万円) | 30%(控除65万円) |
| 1,000万円以下 | 30%(控除90万円) | 40%(控除125万円) |
| 1,500万円以下 | 40%(控除190万円) | 45%(控除175万円) |
| 3,000万円以下 | 45%(控除265万円) | 50%(控除250万円) |
| 3,000万円超 | 4,500万円以下50%(控除415万円)/4,500万円超55%(控除640万円) | 55%(控除400万円) |
※ 出典:国税庁タックスアンサーNo.4408「贈与税の計算と税率(暦年課税)」。たとえば18歳以上の子が親から500万円をもらった場合、(500万円−110万円)×15%−10万円=48万5,000円が贈与税額です。
📍 どこで:財産をもらった人(受贈者)の納税地を管轄する税務署。台東区にお住まいであれば東京上野税務署または浅草税務署です。
⏰ いつまでに:贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日まで(相続税法28条)。
🧾 何を:贈与税の申告書。相続時精算課税を選ぶ場合は、あわせて「相続時精算課税選択届出書」と戸籍の謄本などの一定の書類が必要です(No.4103)。
📅 生前贈与加算は3年から7年へ。いまは何年前まで戻る?
ここが、生前贈与でいちばん誤解の多いところです。せっかく毎年110万円ずつ贈与していても、贈与した人が亡くなると、亡くなる前の一定期間分の贈与は相続財産に足し戻して相続税を計算します。これを生前贈与加算といいます(相続税法19条)。
この「一定期間」を加算対象期間といい、令和6年1月1日以後の暦年課税による贈与については、相続開始前7年以内に延長されました。ただし、いきなり7年になるわけではなく、次のように段階的に移行します(No.4161、令和5年改正法附則19条)。
| 被相続人の相続開始日 | 加算対象期間 |
|---|---|
| 〜令和8年12月31日 | 相続開始前3年以内(死亡の日から遡って3年前の日から死亡の日までの間) |
| 令和9年1月1日〜 令和12年12月31日 |
令和6年1月1日から死亡の日までの間 |
| 令和13年1月1日〜 | 相続開始前7年以内(死亡の日から遡って7年前の日から死亡の日までの間) |
つまり、令和8年中に相続が起きた場合の加算対象期間は、これまでどおり3年以内です。丸7年分がまるごと加算されるのは、令和13年1月1日以後に相続が開始したケースからということになります。
加算対象期間の3段階(国税庁No.4161の表にもとづき作成)
延長された4年分には総額100万円の控除があります
3年を超えて7年までの間に延長された部分については、緩和措置が用意されています。相続開始の日が令和9年1月2日以後の場合、加算対象期間内に贈与された財産のうち相続開始前3年以内に取得した財産以外の部分については、その贈与時の価額の合計額から総額100万円までは相続税の課税価格に加算されません(No.4161)。
※ 「毎年100万円」ではなく、延長された期間分を通じて「総額100万円」です。
110万円以下の贈与も加算の対象です
加算対象期間内の贈与であれば、贈与税がかかったかどうかに関係なく加算します。したがって、基礎控除額110万円以下の贈与財産や、亡くなった年に贈与された財産の価額も、相続税の課税価格に加算することになります(No.4161)。「贈与税がかからなかったのだから相続税にも関係ない」というのは誤りです。
なお、加算された贈与財産について納めた贈与税がある場合は、その贈与税額に相当する金額を相続税額から差し引きます(相続税法19条)。二重に課税されるわけではありません。
加算しなくてよい贈与もあります
生前に贈与された財産であっても、次のものは加算する必要がありません(No.4161)。
- 贈与税の配偶者控除の適用を受けている(受けようとする)財産のうち、その配偶者控除額に相当する金額
- 直系尊属から贈与を受けた住宅取得等資金のうち、非課税の適用を受けた金額
- 直系尊属から一括贈与を受けた教育資金のうち、非課税の適用を受けた金額
- 直系尊属から一括贈与を受けた結婚・子育て資金のうち、非課税の適用を受けた金額
※ 教育資金・結婚子育て資金については、贈与者が亡くなった時点の管理残額が、相続等により取得したものとみなして相続税の課税価格に加算される場合があります(No.4161)。
そもそも加算の対象になるのは誰か
生前贈与加算は、相続や遺贈、相続時精算課税に係る贈与によって財産を取得した人について行われます(No.4161)。逆にいえば、相続で何も財産を取得しなかった孫や子の配偶者などは、原則としてこの加算の対象に含まれません。ただし、遺言で財産をもらっている場合や、生命保険金を受け取っている場合などは財産を取得した人にあたりますので、個別の確認が必要です。
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🧾 相続時精算課税の110万円基礎控除とは
もう一つの選択肢が相続時精算課税です。原則として60歳以上の父母または祖父母などから、18歳以上の子または孫などに財産を贈与した場合に選択できる制度で、贈与者ごとに選べます(No.4103)。年齢はいずれも、贈与をした年・贈与を受けた年の1月1日で判定します。
令和6年1月1日以後の贈与からは、この制度にも基礎控除額110万円が設けられました。贈与税額は、特定贈与者ごとに、その年に贈与を受けた財産の合計額から基礎控除額110万円を差し引き、さらに特別控除額(限度額2,500万円)を差し引いた後の金額に一律20%の税率をかけて計算します(No.4103)。
そして相続のときは、贈与時の価額を相続財産に加算しますが、令和6年1月1日以後の贈与については、年分ごとに基礎控除額を差し引いた残額を加算します。つまり、年110万円以下におさまる贈与は、相続時に足し戻されません(No.4103)。暦年課税の「110万円以下でも加算される」という扱いとは、ここが決定的に違います。
二つの110万円の違い(国税庁No.4103・No.4161にもとづき作成)
選ぶと元に戻せない点に注意
相続時精算課税は贈与者ごとに選択できますが、一度選択すると、その贈与者(特定贈与者)から受ける財産については、選択した年分以降すべてこの制度が適用され、暦年課税へ変更することはできません(No.4103)。父については精算課税、母については暦年課税、という組み合わせは可能ですが、「父について今年は精算課税、来年は暦年課税」はできない、ということです。
また、特別控除額2,500万円は、贈与税の期限内申告書を提出した場合に限り控除できます(No.4103)。申告を忘れると、この2,500万円が使えなくなります。
| 比較する点 | 暦年課税 | 相続時精算課税 |
|---|---|---|
| 誰から誰へ | 制限なし | 原則60歳以上の父母・祖父母などから、18歳以上の子・孫などへ(年齢は1月1日で判定) |
| 基礎控除 | もらった人ごとに年110万円 | 特定贈与者ごとに年110万円(令和6年1月1日以後の贈与) |
| そのほかの控除 | なし | 特別控除2,500万円(期限内申告が要件) |
| 税率 | 10%〜55%の累進(一般税率・特例税率) | 基礎控除・特別控除後の金額に一律20% |
| 手続き | 届出不要。110万円超のときに贈与税の申告 | 最初の贈与の翌年2月1日〜3月15日に相続時精算課税選択届出書を提出 |
| 相続時の加算 | 加算対象期間内の贈与を加算(110万円以下も対象) | 贈与時の価額から基礎控除額を差し引いた残額を加算 |
| 変更 | 後から精算課税を選択できる | その贈与者について暦年課税へは戻せない |
※ 出典:国税庁タックスアンサーNo.4103・No.4161・No.4408。どちらが有利かは、財産の規模・贈与できる年数・財産の値上がり見込みなどで変わります。
🗒️ そもそも贈与税がかからないお金の渡し方
制度を選ぶ以前に、そもそも贈与税の対象にならない支援もあります。代表的なのが、夫婦や親子、兄弟姉妹などの扶養義務者から生活費や教育費に充てるために取得した財産で、通常必要と認められるものです(相続税法21条の3、No.4405)。
ここでいう生活費とは、その人にとって通常の日常生活に必要な費用をいい、治療費、養育費その他子育てに関する費用などを含みます。教育費とは、学費や教材費、文具費などをいいます。
※ ただし、非課税になるのは「生活費や教育費として必要な都度、直接これらに充てるためのもの」に限られます。生活費や教育費の名目で受け取ったお金を預金したり、株式や不動産の購入資金に充てた場合には贈与税がかかります(No.4405)。まとめて数年分を渡す方法は、この点で不利になります。
このほか、個人から受ける香典、花輪代、年末年始の贈答、祝物、見舞いなどのための金品で社会通念上相当と認められるものも、贈与税はかかりません(No.4405)。
教育資金の一括贈与の非課税は終了しました
祖父母などから教育資金を一括で贈与した場合に1,500万円まで非課税とする特例(措法70条の2の2)は、令和8年3月31日までとされていた適用期限が延長されずに終了しました。国税庁タックスアンサーNo.4510は、令和8年4月1日以後についてはこの特例の適用を受けることができないと明記しています。ただし、令和8年3月31日までにこの特例の適用を受けた信託受益権または金銭等については、引き続きこの特例が適用されます。
※ すでに契約中の方は、契約期間中に贈与者が死亡した場合や契約が終了した場合に相続税または贈与税がかかることがあります(No.4510)。契約先の金融機関にも確認してください。
⚖️ 贈与の記録をどう残すか
贈与は、あげる人と、もらう人の合意によって成立します。通帳に振り込んだ事実だけがあっても、もらう側が知らなければ贈与とは認められず、亡くなった方の財産(いわゆる名義預金)と判断されることがあります。次の点を意識して記録を残しておくと、後の説明がしやすくなります。
- 贈与契約書を作り、双方が署名する(日付・金額・財産の内容を書く)
- 手渡しではなく銀行振込にして、通帳に記録を残す
- もらった人自身が管理する口座に入れ、通帳・印鑑・キャッシュカードも本人が持つ
- 110万円を超えたら、翌年3月15日までに贈与税の申告と納付をする
相続財産にどんなものが含まれるかは、第7回「相続財産の調べ方」もあわせてご覧ください。
A. 暦年課税では、加算対象期間内の贈与は110万円以下であっても相続財産に加算されます(No.4161)。したがって、加算対象期間より前に行われた贈与だけが相続財産の圧縮につながります。加算対象期間は相続開始日に応じて3年から7年へ段階的に延びていくため、早く始めるほど加算されずに済む部分が大きくなる、という関係になります。
A. 生前贈与加算の対象は、相続や遺贈などによって財産を取得した人です(No.4161)。相続で財産を取得していない孫は原則として対象に含まれません。ただし、遺言で財産を取得している場合や、生命保険金の受取人になっている場合などは対象になり得ますので、個別に確認が必要です。
A. 戻せません。その贈与者(特定贈与者)から受ける財産については、選択した年分以降すべて相続時精算課税が適用されます(No.4103)。選択は贈与者ごとですので、父についてだけ選び、母については暦年課税のままにする、といった使い分けは可能です。
📄 まとめ
- 暦年課税は、もらった人ごとに1年で110万円までなら贈与税がかからない
- 令和6年1月1日以後の暦年課税の贈与は、加算対象期間が7年へ延長(経過措置あり)
- 令和8年中の相続なら加算は3年以内、丸7年になるのは令和13年1月1日以後の相続から
- 延長された部分には総額100万円の控除がある(令和9年1月2日以後の相続開始)
- 相続時精算課税の110万円は相続時に足し戻されないが、選ぶと暦年課税に戻れない
- 生活費・教育費は必要な都度、直接充てるなら贈与税がかからない
相続手続き全体の流れは第1回「親が亡くなったらやることは?相続手続きの流れと期限一覧」で、連載の全体像は「相続税 完全ガイド」でご確認いただけます。次回は「相続税に強い税理士の選び方と費用相場」を取り上げます。
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公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。相続税の申告と事業承継の支援を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
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