長年会社を率いてきた社長が退任するとき、退職金をいくらにするかは会社にとっても本人にとっても大きな決定です。ところが、いくらまでなら損金になるのかを条文で調べても、金額も倍率も一切書かれていません。
そこで実務の拠りどころになっているのが、功績倍率法という計算の型です。ただし、この方法も法律で定められた計算式ではありません。倍率をいくつにすれば安全か、という問いに一律の答えはありません。
この記事では、条文が何を判断要素として挙げているのかを確認したうえで、功績倍率法がどう位置づけられているのか、そして裁判でどのような考え方が示されているのかを、公表されている一次情報にあたって整理します。
この記事は役員給与の税務 完全ガイドの第9回です。
🧭 役員退職金はどこで損金性が問われるのか
役員給与を損金不算入とする法人税法第34条第1項は、その柱書で対象から一定のものを除いています。そのなかに「退職給与で業績連動給与に該当しないもの」が含まれています。つまり、通常の役員退職金は、定期同額給与や事前確定届出給与のような形式要件の対象外です。事前の届出も、毎月同額であることも求められません。
では制約がないのかというと、そうではありません。関門は第2項に移ります。
内国法人がその役員に対して支給する給与(前項又は次項の規定の適用があるものを除く。)の額のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。(法人税法第34条第2項)
役員退職金で争いになるのは、ほぼこの「不相当に高額な部分の金額」です。形式要件ではなく、金額の相当性そのものが問われる点が、他の役員給与と大きく違うところです。
なお、いわゆる功績倍率法にもとづいて支給する退職給与は、法人税法第34条第5項に規定する業績連動給与に該当しないため、同条第1項の規定の適用はないとされています(法人税基本通達9-2-27の3)。第1項の3類型に当てはめて考える必要はありません。
図1 退職金は形式要件ではなく、退職の事実と金額の相当性で判断されます。
⚖️ 条文が挙げる判断要素
「不相当に高額な部分の金額」の中身は政令に委ねられており、退職給与についての定めは施行令第70条第2号です。
内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与…の額が、当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額(法人税法施行令第70条第2号)
| 判断要素 | 意味するところ |
|---|---|
| 業務に従事した期間 | その役員が会社の業務に携わってきた期間。功績倍率法では在任年数として計算に組み込まれる |
| 退職の事情 | 任期満了、健康上の理由、死亡退職など、退任に至った経緯 |
| 同種の事業を営む法人で事業規模が類似するものの支給の状況 | いわゆる同業類似法人の水準。抽出の仕方そのものが争点になりやすい |
| 「等に照らし」という書き方 | 条文は3つを挙げたうえで「等に照らし」としており、考慮できる事情はこれらに限られない |
注目すべきは、条文が金額も倍率も示していないことです。示されているのは判断の材料だけです。したがって、いくらなら安全かという問いに、条文から直接答えを出すことはできません。
📐 功績倍率法とは何か
条文が具体的な計算方法を定めていないため、実務では功績倍率法という型が使われてきました。この方法の内容は、通達の注書きで説明されています。
本文の功績倍率法とは、役員の退職の直前に支給した給与の額を基礎として、役員の法人の業務に従事した期間及び役員の職責に応じた倍率を乗ずる方法により支給する金額が算定される方法をいう。(法人税基本通達9-2-27の3 注)
整理すると、退職の直前に支給した給与の額を出発点に、業務に従事した期間と職責に応じた倍率を掛ける、という構造です。実務では、退職直前の月額報酬に在任年数と功績倍率を乗じる形が一般的に用いられています。
図2 功績倍率法は3つの要素の掛け算です。倍率の水準そのものは条文にありません。
具体的な数字を入れてみます。退職直前の月額報酬が100万円、業務に従事した期間が25年、倍率を3.0とすると、100万円×25年×3.0=7,500万円となります。同じ条件で倍率を2.0とすれば100万円×25年×2.0=5,000万円で、差は2,500万円です。倍率をいくつと見るかによって、損金になる金額が大きく変わることが分かります。
| 前提 | 計算 | 算定額 |
|---|---|---|
| 月額報酬100万円・在任25年・倍率3.0 | 100万円×25年×3.0 | 7,500万円 |
| 月額報酬100万円・在任25年・倍率2.0 | 100万円×25年×2.0 | 5,000万円 |
| 差額 | 7,500万円−5,000万円 | 2,500万円 |
この設例の倍率は説明のために置いた仮の数値です。実際に相当と認められる倍率は、同業類似法人の状況などによって決まります。3.0という数字が法令や通達で認められているわけではありません。
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🔍 同業類似法人の抽出という争点
施行令第70条第2号は「同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するもの」の支給状況を判断要素に挙げています。この同業類似法人をどう選ぶかが、実際の事案では大きな争点になります。
国税庁の税務大学校が公表している研究論文は、この点について次のような課税実務の状況を紹介しています。同業類似法人の抽出は基本的に納税者の本店所在地の近隣に所在する会社から行われることが多いこと、事業規模の類似性を示す指標としては売上金額を用いるのが主流で、補完的に所得金額や純資産額が用いられていること、そして抽出にあたっては倍半基準、すなわち納税者の指標の2分の1以上2倍以下の範囲を基準とする方法が一般的であること、などです。
同じ論文は、抽出対象地域を近隣に限定することへの批判があること、役員給与の額との相関関係という観点からは売上金額・営業利益・資本金額が有力な指標といえることにも触れています。ここから見えてくるのは、同業類似法人の抽出は機械的な作業ではなく、選び方そのものに評価の幅があるということです。
会社側から見ると、この点は反論の余地がある領域でもあります。どのような法人を、どの指標で、どの範囲から抽出したのかを確認することが、指摘を受けた際の出発点になります。
反対に、支給する側があらかじめ整えておける材料もあります。相当性の判断要素は施行令に書かれているのですから、その要素ごとに裏づけを残しておけば、あとから説明する負担はずいぶん軽くなります。次の表は、支給の前に用意しておきたい記録の例です。
| 判断要素 | 用意しておきたい記録 |
|---|---|
| 業務に従事した期間 | 就任と退任の登記、株主総会や取締役会の議事録、在任期間を示す社内の記録 |
| 退職の事情 | 退任に至った経緯を記した議事録や稟議、後任者への引継ぎの記録 |
| 職責 | 在任中の役職の変遷、担当した事業や意思決定の範囲が分かる資料 |
| 支給額の決め方 | 退職慰労金規程、算定の基礎とした金額と倍率、株主総会の決議の記録 |
📊 平均功績倍率法と最高功績倍率法
同業類似法人を抽出したあと、そこから得られた功績倍率をどう使うかにも複数の考え方があります。同じ研究論文は、この点について争われた事案を紹介しています。
元代表取締役の死亡退職に際して支給された役員退職給与6,032万円のうち、5,541万1,200円が不相当に高額な部分の金額に当たるとして争われた事件(東京高裁平成25年7月18日判決、税務訴訟資料263号順号12261)です。この事件では、平均功績倍率法を採用したことの適否と、同業類似法人の抽出方法が主な争点になりました。
論文によれば、裁判所は次のように判示しています。平均功績倍率は、同業類似法人における功績倍率の平均値を算定することにより、同業類似法人間に通常存在する諸要素の差異やその個々の特殊性が捨象され、より平準化された数値が得られるものであり、平均功績倍率法は、その同業類似法人の抽出が合理的に行われる限り、法の趣旨に最も合致する合理的な方法である、と。
そのうえで最高功績倍率法については、同業類似法人の抽出基準が必ずしも十分ではない場合や、抽出件数が僅少であり、かつ当該法人と最高功績倍率を示す同業類似法人とが極めて類似していると認められる場合など、平均功績倍率法によるのが不相当である特段の事情がある場合に限って採用すべきである、としています。
| 方法 | 使う数値 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 平均功績倍率法 | 抽出した同業類似法人の功績倍率の平均値 | 抽出が合理的に行われる限り、法の趣旨に最も合致する合理的な方法とされた |
| 最高功績倍率法 | 抽出した同業類似法人のうち最高の功績倍率 | 平均功績倍率法によるのが不相当である特段の事情がある場合に限って採用すべきとされた |
なお、この事件では同業類似法人の抽出件数が3件にとどまっていた点について、論文自身が、真に平均功績倍率法によるべき場合であったのか疑問が生じると述べています。判決が示した枠組みと、その適用のあり方は、なお議論のある領域だと理解しておくのが正確です。
図3 平均が原則、最高は例外という関係が判決で示されています。
🗓 いつの事業年度の損金になるか
金額が固まったら、次はどの事業年度に落とすかです。国税庁のタックスアンサーは、原則として株主総会の決議等によって退職金の額が具体的に確定した日の属する事業年度になるとしています。ただし、法人が退職金を実際に支払った事業年度において損金経理をした場合は、その支払った事業年度において損金の額に算入することも認められます(法人税基本通達9-2-28)。
| 処理 | 損金算入時期 | 注意点 |
|---|---|---|
| 原則 | 株主総会の決議等により額が具体的に確定した日の属する事業年度 | 決議の日付と議事録の整備が要になる |
| 特例 | 実際に支払った事業年度に損金経理をした場合は、その事業年度 | 分割払いをするときは、支払と損金経理の対応を確認する |
気をつけたいのは、額が具体的に確定する前の期に見込みで計上しても損金にならない点です。タックスアンサーは、退職金の額が具体的に確定する事業年度より前の事業年度において、取締役会で内定した金額を損金経理により未払金に計上した場合であっても、未払金に計上した時点での損金算入はできないと明記しています。
退職年金の形で支給する場合は扱いが異なります。法人が退職した役員または使用人に支給する退職年金は、その年金を支給すべき時の損金の額に算入すべきものであり、年金の総額を未払金等に計上しても損金にはできないとされています(同9-2-29)。
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❓ よくある質問
功績倍率は3.0までなら安全だと聞きましたが本当ですか
法令にも通達にも、功績倍率の水準を定めた規定はありません。施行令第70条第2号が挙げているのは、業務に従事した期間、退職の事情、同業類似法人の支給の状況といった判断要素だけです。特定の数値を根拠に安全だと言い切ることはできません。
役員退職金に事前の届出は必要ですか
必要ありません。第34条第1項の柱書は、退職給与で業績連動給与に該当しないものを対象から除いています。定期同額給与や事前確定届出給与のような形式要件はかかりません。問われるのは金額の相当性です。
使用人兼務役員だった人の退職金はどう判定しますか
退職給与を役員分と使用人分とに区分して支給した場合でも、第34条第2項の適用については、その合計額により不相当に高額であるかどうかを判定するとされています(法人税基本通達9-2-30)。区分すれば別々に判定される、というものではありません。
厚生年金基金などから給付がある場合は考慮されますか
退職した役員が、退職給与のほかに、既往における使用人兼務役員としての勤務に応ずる厚生年金基金からの給付や、確定給付企業年金規約、確定拠出企業型年金規約にもとづく給付などを受ける場合には、その給付を受ける金額をも勘案して、不相当に高額であるかどうかの判定を行うとされています(同9-2-31)。
代表を退いて非常勤になる場合にも退職金を出せますか
役員の分掌変更等に際して支給した給与については、その分掌変更等により役員としての地位または職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる場合には、退職給与として取り扱うことができるとされています(同9-2-32)。この論点は次回「分掌変更による役員退職金は認められる?打切支給の3要件」で扱います。
否認された場合、会社と本人にどのような影響がありますか
不相当に高額とされた部分は損金の額に算入されないため、会社側では所得金額が増えます。支給そのものが取り消されるわけではないので、本人が受け取った金額が消えるわけではありません。会社の追加の税負担がどれくらいになるかは、その期の所得の状況によります。
📄 まとめ
役員退職金は、事前の届出も毎月同額であることも求められない代わりに、金額の相当性が正面から問われます。条文が挙げているのは、業務に従事した期間、退職の事情、同業類似法人の支給の状況といった判断要素だけで、金額も倍率も書かれていません。
実務で使われる功績倍率法は、退職直前の給与の額に、業務に従事した期間と職責に応じた倍率を乗じる方法です。裁判では、同業類似法人の功績倍率の平均値を用いる平均功績倍率法が、抽出が合理的に行われる限り法の趣旨に最も合致する合理的な方法とされ、最高功績倍率法は特段の事情がある場合に限られると判示された事例があります。
裏を返せば、争点になるのは倍率そのものよりも、比較対象として選ばれた同業類似法人が本当に類似しているか、という点です。支給の前に、在任期間・退任の事情・直前報酬の水準・決議の記録を整えておくことが、あとから説明できる状態を作ります。退職金の額を決める前の段階でご相談いただければ、根拠の残し方から一緒に組み立てられます。
🔗 参考(公的な一次情報)
- 法人税法(e-Gov法令検索) … 第34条第1項柱書、第2項、第5項
- 法人税法施行令(e-Gov法令検索) … 第70条第2号
- 法人税基本通達 第9章第2節第7款 退職給与 … 9-2-27の3、9-2-28、9-2-29、9-2-30、9-2-31、9-2-32
- 国税庁タックスアンサー No.5208 役員の退職金の損金算入時期
- 税務大学校論叢 過大役員給与の損金不算入額算定に関する一考察 ―役員退職給与を中心に― … 同業類似法人の抽出、平均功績倍率法と最高功績倍率法
- 国税不服審判所 公表裁決事例要旨(役員退職給与)
本記事は公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所・東京都台東区)が、法令・通達および国税庁の公表資料に基づいて作成しています。本記事は一般的な情報提供を目的としています。制度は改正される可能性があり、個別の事実関係により結論が異なります。実際の判断にあたっては、専門家にご確認ください。
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。