会社役員賠償責任保険、いわゆるD&O保険は、社外役員を迎えるときの前提条件になりつつあります。ところが、契約を更新するたびに取締役会の決議が要ることや、公開会社になると事業報告に書く必要があることは、意外に知られていません。
令和元年の会社法改正で、この保険には430条の3という専用の規定が置かれました。この記事では、どの保険が対象になり、どういう手続を踏み、何を開示するのかを条文に沿って整理します。
- 役員等賠償責任保険契約の内容を決める機関(会社法430条の3第1項)
- 規定の対象から外れる保険(施行規則115条の2)
- 利益相反取引の規制が適用されない理由(430条の3第2項・3項)
- 公開会社の事業報告に何を書くか(施行規則119条2号の2・121条の2)
この記事の見出し
どの保険が対象になるか
会社法430条の3第1項は、会社が保険者との間で締結する保険契約のうち、役員等がその職務の執行に関し責任を負うことまたは当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、役員等を被保険者とするものについて、その内容の決定は取締役会の決議によらなければならないと定めています。取締役会を置かない会社では株主総会の決議です。
ただし、かっこ書きで除外があります。被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるものは対象外です。その法務省令が会社法施行規則115条の2で、2つの号を置いています。
1号は、会社自身を被保険者に含み、会社が業務に関連して第三者に生じた損害を賠償する責任を負うことなどによって会社に生ずる損害を塡補することを主たる目的として締結されるものです。生産物賠償責任保険や企業総合賠償責任保険がここに当たります。2号は、役員等が第三者に生じた損害を賠償する責任を負うことなどによって役員等に生ずる損害のうち、職務上の義務に違反しまたは職務を怠ったことによるものを除いたものを塡補する保険です。
つまり、会社の事業活動に伴う一般の賠償責任保険は430条の3の手続の対象になりません。対象になるのは、役員等の任務懈怠を含む責任をカバーする保険、すなわちD&O保険です。自社が入っている保険がどちらなのかは、保険証券と約款で確かめてください。
更新のたびに取締役会の決議が要る
430条の3第1項は、内容の決定について決議を求めています。ここでいう内容とは、被保険者の範囲、塡補の対象、保険金額、免責の条件、保険料といった契約の中身です。
保険契約は通常1年ごとに更新します。更新のときも改めて契約の内容を決めることになりますので、そのつど取締役会の決議が必要になります。初年度に決議したから以後は不要、とはなりません。上場準備の会社では、保険の更新月を取締役会の年間予定表に書き込んでおくのが確実です。
利益相反取引の規制は使わない
役員等賠償責任保険は、会社が保険料を払い、役員が利益を受ける構造です。素直に読めば利益相反取引に見えます。しかし430条の3第2項は、356条1項および365条2項、そして423条3項の規定は、取締役または執行役を被保険者とする保険契約の締結については適用しないと定めています。
同条3項は、民法108条の規定はこの保険契約の締結について適用しないとしたうえで、ただし書で、役員等賠償責任保険契約である場合には1項の決議によってその内容が定められたときに限るとしています。取締役会の決議を踏んでいることが、自己契約の禁止を外す条件になっているわけです。
裏を返せば、決議を踏まずに締結した場合には、この保護が働かないことになります。手続を省いてよい制度ではありません。
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
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公開会社になると事業報告に書く
会社法施行規則119条は公開会社の特則で、事業報告の内容に含めなければならない事項を列挙しています。その2号の2が、株式会社の役員等賠償責任保険契約に関する事項です。
中身は同規則121条の2が定めています。役員等賠償責任保険契約を締結しているときは、被保険者の範囲と、契約の内容の概要を記載します。内容の概要には、被保険者が実質的に保険料を負担している場合はその負担割合、塡補の対象とされる保険事故の概要、そして被保険者である役員等の職務の執行の適正性が損なわれないようにするための措置を講じている場合にはその内容を含みます。
ここで押さえておきたいのは、119条が公開会社の特則だということです。非公開会社のうちは、この開示は求められません。譲渡制限を廃止して公開会社になった事業年度から、事業報告の書きぶりが変わります。上場準備の会社は、公開会社になる期の事業報告の雛形を、この項目を含めて作り直してください。
| 項目 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 対象になる保険 | 役員等の職務の執行に関する責任などを塡補し、役員等を被保険者とするもの | 430条の3第1項 |
| 対象外 | 会社を被保険者に含む賠償責任保険など | 施行規則115条の2 |
| 決定機関 | 取締役会(取締役会非設置会社では株主総会) | 430条の3第1項 |
| 事業報告 | 公開会社は被保険者の範囲と内容の概要を記載 | 施行規則119条2号の2・121条の2 |
上場準備での組み立て方
社外役員の招へいと保険の手配は、同じ時期に走らせるのが実務的です。就任の打診をする段階で、責任限定契約と補償契約に加えて、保険の有無と補償範囲を説明できると話が進みます。
手順としては、まず保険会社から見積りを取り、被保険者の範囲と免責の条件を確認します。次に、取締役会でその内容を決議します。議事録には、被保険者の範囲、塡補の対象、保険金額、保険料の水準など、決めた内容が分かる程度に残してください。事業報告の記載は、この議事録から作ることになります。
保険は責任限定契約や補償契約と補い合う関係にあります。責任限定契約は会社に対する責任の上限を決めるもの、補償契約は費用と損失を会社が肩代わりするもの、保険は保険者が塡補するものです。3つを別々に検討するのではなく、社外役員に説明する一枚の資料にまとめておくと、就任の交渉が早く進みます。
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❓ よくある質問
A. いいえ。会社法施行規則115条の2により、会社自身を被保険者に含む賠償責任保険などは除かれます。対象になるのは役員等の任務懈怠を含む責任を塡補する保険です。
A. 必要です。会社法430条の3第1項は契約の内容の決定に決議を求めており、更新の際も内容を決めることになるためです。取締役会の年間予定に組み込んでください。
A. 会社法施行規則119条は公開会社の特則ですので、非公開会社のうちは求められません。公開会社になった事業年度から、同条2号の2と121条の2に従って記載します。
📄 まとめ
役員等賠償責任保険は、役員等を被保険者とし、その職務の執行に関する責任などを塡補する保険です。内容の決定には取締役会の決議が必要で、更新のたびに同じ手続を踏みます。
利益相反取引の規制が外れるのは、この決議を踏んでいることが前提です。公開会社になれば、被保険者の範囲と契約の内容の概要を事業報告に記載します。社外役員を迎える会社は、責任限定契約と補償契約とあわせて一体で組み立ててください。
⚖ 本記事の根拠
- 会社法430条の3第1項(役員等賠償責任保険契約の内容の決定は取締役会の決議による)
- 会社法施行規則115条の2(430条の3第1項の対象から除かれる保険契約)
- 会社法430条の3第2項(356条1項、365条2項、423条3項の不適用)
- 会社法430条の3第3項(民法108条の不適用と、そのただし書)
- 会社法施行規則119条2号の2(公開会社の事業報告に含める事項)
- 会社法施行規則121条の2(被保険者の範囲と契約の内容の概要)
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。
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