クリニックの受付や会計を配偶者が担っている。開業医にはよくある形ですが、その配偶者に支払った給与は、通常のスタッフへの給与と同じようには必要経費になりません。所得税法56条が、生計を一にする親族へ支払った対価を必要経費に算入しないと定めているためです。
この原則の例外が、所得税法57条1項の青色事業専従者給与です。青色申告の承認を受け、届出書を提出したうえで、労務の対価として相当と認められる金額を支払えば、その金額を必要経費に算入できます。
ただし、届出書を出せばいくらでも認められるわけではありません。この記事では、専従者になれる家族の要件、届出書の提出期限、金額の決め方、白色申告の事業専従者控除との違い、そして医療法人化した後の扱いまでを整理します。
- 生計を一にする家族への給与が原則として必要経費にならない理由
- 青色事業専従者になれる家族の要件と、専ら従事する期間から除かれる期間
- 青色事業専従者給与に関する届出書の提出期限と、変更したときの手続
- 給与額が労務の対価として相当かどうかを判断する6つの観点
- 白色申告の事業専従者控除との違いと、配偶者控除が使えなくなること
図 青色事業専従者給与の判定フロー(所得税法56条・57条および同法施行令165条にもとづき作成)
この記事の見出し
📌 家族への給与は原則として必要経費にならない
クリニックの受付や会計を配偶者が担当している、レセプト業務を親が手伝っている。開業医の現場ではよくある形です。しかし、その家族に支払った給与は、通常の従業員への給与と同じようには扱われません。
所得税法56条は、事業主と生計を一にする配偶者その他の親族が、その事業に従事したことにより対価の支払を受ける場合、その対価の額は事業主の必要経費に算入しないと定めています。同時に、その親族が支出した必要経費は事業主の必要経費に算入し、親族側では対価も経費もなかったものとみなされます。
生計を一にするとは、日常生活の資を共にしている状態をいいます。同居しているかどうかだけで決まるわけではなく、別居していても生活費を送金しているような場合は生計を一にすると扱われます。
この規定があるため、家族に給与を払うだけでは世帯全体の税負担は変わりません。家族への給与を必要経費にするには、次に説明する青色事業専従者給与の制度を使う必要があります。
📌 青色申告なら専従者給与を必要経費にできる
所得税法57条1項は、56条の例外を定めています。青色申告の承認を受けた事業主と生計を一にする配偶者その他の親族で、専らその事業に従事する人を青色事業専従者といい、この人に支払った給与のうち、届出書に記載した方法と金額の範囲内で、労務の対価として相当と認められる金額は必要経費に算入できます。
事業主の側では必要経費が増えて事業所得が減り、受け取った家族の側では給与所得になります。給与所得には給与所得控除があり、令和7年分以後は最低65万円が控除されます。さらに家族本人の基礎控除や社会保険料控除も使えます。
事業主の適用税率が家族の適用税率より高ければ、その税率差の分だけ世帯全体で支払う所得税と住民税の合計額が減ります。所得税は超過累進税率ですので、所得の高い開業医ほどこの効果は大きくなります。
一方で、家族側に所得税と住民税が発生し、社会保険の扶養から外れる可能性もあります。世帯全体の手取りで比較しないと、かえって負担が増えることもある点には注意が必要です。
📌 青色事業専従者になれる家族の要件
誰でも青色事業専従者になれるわけではありません。所得税法57条1項と同法施行令165条が、年齢と従事の実態について要件を定めています。
表 青色事業専従者の要件(所得税法57条1項、同法施行令165条1項・2項)
学生と他に職業を有する者については、それぞれ一定の例外が施行令に定められています。夜間の学校に通いながら昼間はクリニックに常勤している場合や、他の仕事が短時間でその事業に専ら従事することが妨げられない場合が例外にあたります。
なお、年の中途で開業した場合や、専従者本人の病気や婚姻など相当の理由で年を通じて従事できなかった場合には、従事することができると認められる期間の2分の1を超える期間従事していれば足りるという緩和規定があります。この緩和は青色事業専従者についてのものであり、白色申告の事業専従者控除には及びません。
📌 届出書の提出期限は3月15日
青色事業専従者給与を必要経費に算入するには、青色事業専従者給与に関する届出書を、納税地の所轄税務署長に提出しなければなりません。提出期限は所得税法57条2項に定められています。
原則は、必要経費に算入しようとする年の3月15日までです。その年の1月16日以後に開業した場合や、新たに専従者がいることとなった場合には、その開業の日または専従者がいることとなった日から2か月以内が期限になります。
期限を過ぎてから提出した場合、その年分は青色事業専従者給与を必要経費に算入できません。年の途中で配偶者がクリニックの仕事に入ることになったときは、2か月以内という期限を意識しておく必要があります。
また、いったん届け出た給与の金額を変更する場合には、青色事業専従者給与に関する変更届出書の提出が必要です。昇給させたのに変更届を出していないと、届出書に記載した金額を超える部分は必要経費に算入できません。
📌 金額は労務の対価として相当な額でなければならない
所得税法57条1項が必要経費に算入できるとしているのは、届出書に記載した金額の範囲内で、かつ労務の対価として相当と認められる金額です。届出書に高い金額を書いておけば、その金額がそのまま認められるという制度ではありません。
相当かどうかは、次のような観点から個別に判断されます。届出書を提出したこと自体は、そこに記載した金額が相当と認められたことを意味しません。
表 金額の相当性を判断する観点
実務上もっとも問題になりやすいのは、勤務実態に対して金額が高すぎるケースです。週に数時間しか来院していない配偶者に月80万円を支給しているような場合、税務調査で労務の対価として相当な金額を超える部分を否認される可能性があります。
逆にいえば、勤務実態がしっかりしていて、他のスタッフや同業他院の水準と比べて説明できる金額であれば、相応の金額を支給することに問題はありません。大切なのは金額そのものよりも、その金額を説明できる材料を持っているかどうかです。
図 導入までの手順
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📌 白色申告の事業専従者控除との違い
青色申告の承認を受けていない場合でも、所得税法57条3項の事業専従者控除を使うことができます。ただし、必要経費とみなされる金額は法律で決まっており、実際に支払った給与の額とは関係がありません。
具体的には、配偶者である事業専従者は86万円、それ以外の事業専従者は50万円という金額と、この規定を適用しないで計算した不動産所得と事業所得と山林所得の金額を事業専従者の数に1を加えた数で除して計算した金額の、いずれか低い金額が必要経費とみなされます。
つまり86万円や50万円は上限であり、所得が小さければ按分した金額のほうが低くなり、その金額しか控除できません。青色申告であれば、労務の対価として相当な範囲で実際の支給額を必要経費にできますので、家族に給与を支払うのであれば青色申告の承認を受けておくことが前提になります。
表 青色事業専従者給与と白色の事業専従者控除の比較(所得税法57条1項・3項)
📌 配偶者控除や扶養控除とは併用できない
見落とされやすいのが、青色事業専従者給与の支払を受ける人は、事業主の控除対象配偶者にも扶養親族にもならないという点です。これは白色申告の事業専従者控除の対象になった人についても同じです。
したがって、配偶者に青色事業専従者給与を支給すると、配偶者控除または配偶者特別控除は使えなくなります。少額の給与を支給するだけであれば、配偶者控除を使ったほうが有利になることもあります。
また、給与額によっては配偶者本人に所得税と住民税が発生し、社会保険の扶養からも外れます。家族への給与額を決めるときは、事業主の所得税と住民税の減少額だけでなく、家族側の税負担と社会保険料の増加を差し引いた世帯全体の手取りで比較してください。
📌 クリニックでの実務上の注意点
青色事業専従者給与も給与ですので、所得税法183条1項により、支払の際に源泉徴収を行い、徴収した日の属する月の翌月10日までに国に納付する義務があります。給与の支払を受ける者が常時10人未満であれば、納期の特例の承認を受けて年2回にまとめて納付することもできます。
税務調査で最初に確認されるのは勤務の実態です。出勤簿やタイムカード、担当している業務の記録、他のスタッフとの業務分担がわかる資料を残しておいてください。給与の支払も、現金手渡しではなく事業用口座から本人名義の口座へ振り込む形にしておくほうが説明が容易です。
金額を毎年見直すことも大切です。診療体制が変わって配偶者の勤務時間が減ったのに給与額を据え置いていると、労務の対価として相当な金額を超える部分が生じます。変更する場合は変更届出書の提出を忘れないでください。
📌 医療法人化するとこの制度はなくなる
青色事業専従者給与は、個人で事業を営んでいる間の制度です。医療法人化すると、家族に支払う給与は医療法人の役員報酬または使用人給与になり、所得税法57条ではなく法人税法の規定で損金になるかどうかが判断されます。
家族を理事にする場合は、法人税法34条1項1号の定期同額給与などの要件を満たす必要があります。理事にせず職員として雇用する場合も、事業主の親族などに支払う給与は法人税法36条により、不相当に高額な部分が損金不算入となります。
個人開業のうちに青色事業専従者給与で家族の給与水準をつくっておくと、医療法人化した後の役員報酬や使用人給与を設定するときの説明材料になります。医療法人化を検討している段階から、家族の職務内容と給与額を整理しておくとよいでしょう。
青色事業専従者給与の金額をいくらに設定するか、医療法人化した後の役員報酬へどうつなげるかは、クリニックの規模と診療体制によって答えが変わります。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っている公認会計士・税理士が直接対応します。初回のご相談は無料です。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。顧問業務の内容と進め方は税務顧問業務のページにまとめています。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
❓ よくある質問
A. 金額に法律上の上限はありませんが、労務の対価として相当と認められる範囲であることが必要です。常勤で受付と会計とレセプト業務の責任者を担っているのであれば説明できる場合もありますが、週に数時間の勤務であれば過大と判断される可能性が高くなります。他のスタッフの給与や同じ診療科目で同程度の規模のクリニックの水準と比べて、説明できる金額かどうかで考えてください。
A. いいえ。届出書の提出は、その金額の範囲内で必要経費に算入することを認めるための手続であり、記載した金額が労務の対価として相当と認められたことを意味しません。相当かどうかは、税務調査における勤務実態の確認などを通じて個別に判断されます。届出書を提出する前に、その金額が労務の内容に見合っているかを検討しておく必要があります。
A. 所得税法施行令165条2項により、他に職業を有する者である期間は、専ら従事する期間に含まれません。その結果、年を通じて6か月を超えて専ら従事したことにならなければ、青色事業専従者にはなれません。ただし、その職業に従事する時間が短く、クリニックの業務に専ら従事することが妨げられないと認められる場合は例外とされています。
A. 学校教育法に定める学校の学生または生徒である期間は、専ら従事する期間に含まれません。したがって昼間の医学部に在学している間は、原則として青色事業専従者になれません。夜間の学校に通いながら昼間はクリニックに常勤しているような場合は例外にあたります。
A. 使えません。青色事業専従者給与は個人で事業を営んでいる場合の制度です。医療法人化すると、家族に支払う給与は役員報酬または使用人給与になり、法人税法34条や36条の規定で損金になるかどうかが判断されます。個人開業のうちに職務内容と給与水準を整理しておくと、法人化後の設定がしやすくなります。
📄 まとめ
開業医が生計を一にする家族に支払った給与は、所得税法56条により原則として必要経費になりません。必要経費にするには、青色申告の承認を受けたうえで、青色事業専従者給与に関する届出書を提出する必要があります。
専従者になれるのは、その年12月31日で15歳以上であり、年を通じて6か月を超えて専ら事業に従事している家族です。学生である期間や他に職業を有する期間は、専ら従事する期間に含まれません。届出書の提出期限は、原則としてその年の3月15日です。
必要経費に算入できるのは、届出書に記載した金額の範囲内で、労務の対価として相当と認められる金額です。金額の妥当性は勤務実態から判断されますので、出勤簿や業務内容の記録を残し、他のスタッフや同業他院の水準と比べて説明できる金額に設定してください。配偶者控除が使えなくなることや、家族側の税負担と社会保険料も含めた世帯全体の手取りで比較することも忘れないでください。
⚖ 本記事の根拠法令
- 所得税法56条(事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例)
- 所得税法57条1項(青色事業専従者給与。届出書に記載した方法および金額の範囲内で、労務の対価として相当と認められるものを必要経費に算入)
- 所得税法57条2項(青色事業専従者給与に関する届出書の提出期限。その年3月15日まで。1月16日以後に開業した場合は開業の日から2か月以内)
- 所得税法57条3項(白色申告者の事業専従者控除。配偶者86万円、その他の親族50万円と、所得を事業専従者の数に1を加えた数で除した金額のいずれか低い金額)
- 所得税法施行令165条1項(専ら従事するかどうかは年を通じて6か月を超えるかどうかによる。年の中途の開業等の場合の2分の1基準)
- 所得税法施行令165条2項(学生または生徒である期間、他に職業を有する者である期間、老衰その他心身の障害により従事する能力が著しく阻害されている期間は専従期間に含まれない)
- 所得税法28条(給与所得)、183条1項(給与等の支払をする者の源泉徴収義務。翌月10日までに納付)
- 法人税法34条(役員給与の損金不算入)、36条(過大な使用人給与の損金不算入)
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。