クリニックの収入の大部分を占める社会保険診療は、消費税の非課税取引です。そのため消費税を意識する機会は少ないのですが、自由診療や健康診断、物品の販売がある医院では、消費税の納税義務が生じることがあります。
課税事業者になった場合、本則課税と簡易課税のどちらを選ぶかで納付税額は大きく変わります。簡易課税を選ぶには課税期間の初日の前日までの届出が必要で、いったん選択すると2年間はやめられません。
この記事では、非課税と課税の区分、納税義務の判定、簡易課税制度とみなし仕入率、届出の期限、そして2割特例とその後の取扱いを整理します。
- 社会保険診療が非課税である根拠と、課税になる収入の例
- 基準期間と特定期間による納税義務の判定
- 簡易課税制度の要件と、医療業に適用されるみなし仕入率
- 選択届出書の提出期限と、2年間やめられない縛り
- 2割特例の適用期限と、その後に設けられた特例
図 消費税の納税義務と簡易課税の判定(消費税法9条・37条にもとづき作成)
この記事の見出し
📌 社会保険診療は非課税、自由診療は課税
消費税法6条1項は、国内において行われる資産の譲渡等のうち、別表第二に掲げるものには消費税を課さないと定めています。この別表第二の第六号が医療に関する非課税を定めており、健康保険法、国民健康保険法、船員保険法、国家公務員共済組合法などの規定にもとづく療養や医療が掲げられています。
つまり、保険証を使った通常の診療にかかる収入は消費税の対象になりません。多くのクリニックでは収入の大部分がこれにあたるため、消費税を意識する機会が少なくなります。
一方で、別表第二第六号に掲げられていないものは課税取引です。国税庁は、美容整形や差額ベッドの料金、市販されている医薬品の購入は非課税取引にあたらないとしています。自由診療、健康診断、診断書の作成なども、一般に課税取引として扱われています。
なお第六号の柱書には、特別の病室の提供その他の財務大臣の定めるものについては、財務大臣の定める金額に相当する部分に限るという括弧書きがあります。差額ベッド代が課税になる根拠はここにあります。
表 クリニックの収入と消費税(消費税法6条1項および別表第二第六号)
📌 納税義務があるかどうかの判定
消費税法9条1項は、その課税期間に係る基準期間における課税売上高が1,000万円以下である者について、消費税を納める義務を免除すると定めています。基準期間は、個人事業者であれば前々年、法人であれば原則として前々事業年度です。
この1,000万円は課税売上高で判定しますので、社会保険診療の収入は含みません。自由診療や健康診断、診断書の作成、物品の販売などの課税売上の合計で判断します。
なお、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であっても、前年の期首から6か月間である特定期間の課税売上高が1,000万円を超えた場合には課税事業者になります。特定期間の判定は、課税売上高に代えて給与等支払額の合計額によることもできます。
また9条1項の括弧書きには適格請求書発行事業者を除くとあります。インボイスの登録をしている場合は、課税売上高が1,000万円以下でも納税義務は免除されません。
📌 簡易課税制度とみなし仕入率
消費税の納付税額は、原則として課税売上に係る消費税額から課税仕入れ等に係る消費税額を控除して計算します。これに対し簡易課税制度は、課税売上に係る消費税額にみなし仕入率を乗じた金額を仕入控除税額とみなして計算する方法です。仕入側の集計が不要になります。
消費税法37条1項は、基準期間における課税売上高が5,000万円以下である課税期間について、この制度の適用を認めています。みなし仕入率は事業の区分に応じて6段階に分かれています。
表 みなし仕入率(消費税法37条、同法施行令57条)
医療業はサービス業に区分されますので、第五種事業としてみなし仕入率50%が適用されます。事業区分は日本標準産業分類にもとづいて判定します。
ただし、クリニックの課税売上のなかに物品の販売が含まれている場合は注意が必要です。コンタクトレンズや市販の医薬品を仕入れて販売しているのであれば、その部分は診療の対価とは性質が異なります。複数の事業を営んでいる場合の区分の考え方は、所轄税務署に確認してください。
簡易課税が有利かどうかは、課税売上に対する課税仕入れの割合で決まります。みなし仕入率50%というのは、課税売上の半分に相当する課税仕入れがあるとみなすということです。自由診療の材料費や外注費が少なく、人件費の割合が高いクリニックでは、実際の課税仕入れが50%を下回ることが多く、簡易課税が有利になりやすい傾向があります。
逆に、高額な医療機器を購入する年や大規模な内装工事を行う年は、実際の課税仕入れが大きく膨らみます。この場合は本則課税を選んで消費税の還付を受けられることもありますので、設備投資の計画と届出の判断を結びつけて考える必要があります。
📌 届出の期限と2年間の縛り
簡易課税制度の適用を受けるには、消費税簡易課税制度選択届出書を、適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに所轄税務署へ提出しなければなりません。消費税法37条1項は、届出書を提出した日の属する課税期間の翌課税期間から適用されると定めています。
いったん簡易課税を選択すると、消費税法37条6項により、事業を廃止した場合を除き、その効力が生じた課税期間の初日から2年を経過する日の属する課税期間の初日以後でなければ、やめることができません。適用をやめる場合には、消費税法37条5項にもとづき消費税簡易課税制度選択不適用届出書を提出します。
この2年の縛りがあるため、翌々年に大きな設備投資を予定しているようなケースでは、簡易課税を選択する判断を慎重に行う必要があります。
なお、簡易課税を選択していても、基準期間の課税売上高が5,000万円を超える課税期間については簡易課税は適用されず、本則課税で計算します。届出書の効力自体が失われるわけではありませんので、翌期以降に5,000万円以下に戻れば再び簡易課税が適用されます。
図 簡易課税の検討手順
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📌 2割特例と、その後の3割特例
インボイス制度の開始に伴い免税事業者から課税事業者になった小規模な事業者については、納付税額を課税標準額に対する消費税額の2割とする経過措置が設けられています。いわゆる2割特例です。
この特例は、適格請求書発行事業者の令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する各課税期間について適用されます。個人事業者の場合、令和5年10月から12月までの期間と、令和6年分、令和7年分、令和8年分の合計4回の申告で使えます。
そのうえで、令和8年度の税制改正により、個人事業者である適格請求書発行事業者の令和9年分および令和10年分について、納付税額を課税標準額に対する消費税額の3割とする特例が設けられています。2割特例が終わってすぐに本則課税や簡易課税に移るのではなく、段階的な負担の増加が用意されている形です。
自由診療の売上が小さいクリニックでは、この特例によって納付税額が抑えられている間に、本則課税と簡易課税のどちらに移るかを検討しておくとよいでしょう。
📌 医療法人化したときの消費税
個人開業から医療法人へ移行すると、消費税の納税義務の判定は新たな法人として行われます。基準期間がない設立当初の課税期間については、資本金の額などによる判定が行われます。医療法人は持分の定めの有無にかかわらず、この判定の考え方を確認しておく必要があります。
個人事業者として簡易課税を選択していても、その効力が医療法人に引き継がれることはありません。医療法人として改めて簡易課税制度選択届出書を提出する必要があります。設立の届出と合わせて、消費税に関する届出の要否を確認してください。
また、個人から医療法人へ資産を引き継ぐ場合、その引継ぎが課税取引になることがあります。医療機器や内装設備を譲渡する形をとるのか、賃貸借とするのかによって取扱いが変わりますので、法人化の設計段階で消費税の影響も含めて検討してください。
自由診療の割合、設備投資の予定、医療法人化の時期によって、消費税の有利不利は変わります。届出の期限を過ぎると翌期まで選択できません。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っている公認会計士・税理士が直接対応します。初回のご相談は無料です。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
❓ よくある質問
A. 社会保険診療は非課税取引ですので、課税売上がまったくないのであれば納税義務は生じません。ただし、診断書の作成料や自費の予防接種、物品の販売などがあれば課税売上になります。少額でも積み上がると1,000万円を超えることがありますので、課税売上の集計は毎年行ってください。
A. 医療業はサービス業に区分されますので、第五種事業としてみなし仕入率50%が適用されます。事業区分は日本標準産業分類にもとづいて判定します。コンタクトレンズや医薬品の販売など、診療の対価とは性質の異なる課税売上がある場合の区分については、所轄税務署に確認してください。
A. 消費税法37条6項により、事業を廃止した場合を除き、効力が生じた課税期間の初日から2年を経過する日の属する課税期間の初日以後でなければやめることができません。2年の縛りが外れていれば、やめようとする課税期間の初日の前日までに不適用届出書を提出します。設備投資の計画は、届出の判断より前に確認しておく必要があります。
A. その課税期間については簡易課税は適用されず、本則課税で計算します。簡易課税制度選択届出書の効力自体が失われるわけではありませんので、翌期以降に基準期間の課税売上高が5,000万円以下に戻れば、再び簡易課税が適用されます。
A. 適格請求書発行事業者の令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する各課税期間について適用されます。個人事業者の場合は令和8年分までです。そのうえで、個人事業者の令和9年分および令和10年分については、納付税額を課税標準額に対する消費税額の3割とする特例が設けられています。
📄 まとめ
社会保険診療は消費税法6条1項および別表第二第六号により非課税ですが、美容整形や市販医薬品の販売、差額ベッド代の一部などは課税取引です。自由診療や健康診断がある医院では、課税売上高の集計が必要になります。
基準期間の課税売上高が1,000万円を超えると課税事業者になり、5,000万円以下であれば簡易課税制度を選択できます。医療業は第五種事業としてみなし仕入率50%が適用されます。人件費の割合が高いクリニックでは簡易課税が有利になりやすい一方、大きな設備投資を予定している年は本則課税のほうが有利になることがあります。
簡易課税制度選択届出書は、適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに提出する必要があり、いったん選択すると原則として2年間はやめられません。2割特例が令和8年分で終わり、個人事業者には令和9年分および令和10年分の3割特例が用意されていますので、この間に本則課税と簡易課税のどちらに移るかを検討しておいてください。
⚖ 本記事の根拠法令
- 消費税法6条1項および別表第二第六号(社会保険診療等の非課税。特別の病室の提供その他の財務大臣の定めるものは、財務大臣の定める金額に相当する部分に限る)
- 消費税法9条1項(基準期間における課税売上高が1,000万円以下である者の納税義務の免除。適格請求書発行事業者を除く)
- 消費税法37条1項(基準期間における課税売上高が5,000万円以下である課税期間についての簡易課税制度。届出書を提出した日の属する課税期間の翌課税期間から適用)
- 消費税法37条5項(簡易課税制度選択不適用届出書)、同条6項(2年間の継続適用)、同条7項(不適用届出書の効力)
- 消費税法施行令57条(事業区分とみなし仕入率)
- 所得税法等の一部を改正する法律(平成28年法律第15号)附則51条の2(いわゆる2割特例)
- 美容整形、差額ベッドの料金、市販されている医薬品が非課税取引にあたらないことは国税庁タックスアンサーNo.6201によります
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。