監査報告書を開いたのに「監査上の主要な検討事項」の欄がない。あるいは欄はあるのに、該当する事項はないと書いてある。この2つは意味がまったく違います。
KAM(監査上の主要な検討事項)が記載されないケースは、監査基準報告書701と、財務諸表等の監査証明に関する内閣府令に定めがあります。この記事では、どの場面で載らないのかを条文と項番号で整理し、上場準備中の会社が自社の監査報告書について何を確認すればよいかまでを扱います。
- KAMの区分ごと消えるのは意見不表明のときだけであること(監基報701第5項、705第28項)
- KAMがないと判断した場合も見出しは設けること(第15項)
- 限定意見・否定的意見でもKAMは記載されること(A7項)
- 会社法監査ではKAMが求められないこと
- 適用対象の会社を画する監査証明府令第4条第10項・第3条第5項の構造
- 有価証券届出書を出す場面についての条文上の建付け
この記事の見出し
📌 結論 区分ごとなくなるのは意見不表明のときだけ
先に結論を書きます。監査報告書からKAMの区分そのものがなくなるのは、監査人が意見を表明しない場合です。監査基準報告書701の第5項は、監査意見を表明しない場合にKAMの報告を行ってはならないとしています。監査基準報告書705の第28項も、意見不表明の場合に監査上の主要な検討事項の区分を設けてはならないとしています。
これに対して、KAMに該当する事項がないと判断した場合は、区分を設けたうえで、その旨を記載します(第15項)。区分があって「該当なし」と書いてあるのと、区分自体がないのとでは、監査報告書の意味が正反対です。
そもそもKAMが求められない監査もあります。会社法に基づく監査がそれです。金融商品取引法に基づく監査であっても、監査証明府令が定める会社の範囲に当たらなければ記載しないことができます。
🧾 KAMが載らない5つの場面
「KAMがない」と「KAMの区分がない」は違います。区分ごと消えるのは意見不表明の場合だけです。
意見不表明の場合
重要な監査手続が実施できなかったなどの理由で、監査人が意見表明の基礎を得られなかった場合、監査人は意見を表明しない旨とその理由を記載します。財務諸表等の監査証明に関する内閣府令の第4条第22項がこの定めです。
そのうえで、同府令第4条第1項第1号ニがKAMを監査報告書の記載事項として掲げていますが、括弧書きで第22項の記載をする場合を除いています。監査人の責任の記載事項を定める同条第9項第9号にも、同じ括弧書きが置かれています。府令の側でも、意見不表明ならKAMは書かないという建付けになっています。
理由は、企業会計審議会の意見書に示されています。意見を表明しないにもかかわらずKAMを書くと、財務諸表の一部について保証しているかのような印象を与えかねない、という趣旨です。
会社法に基づく監査
日本公認会計士協会の監査基準報告書700 実務ガイダンス第1号「監査報告書に係るQ&A(実務ガイダンス)」のQ2-1が、会社法に基づく監査ではKAMの記載は法令により求められないとしています。同Q&Aは、非上場会社について任意で記載することは差し支えないとも述べています。
上場会社は会社法監査と金商法監査の両方を受けますが、KAMが載るのは金商法監査の監査報告書です。有価証券報告書に綴じられている監査報告書と、招集通知に綴じられている監査報告書を見比べると、この違いが分かります。
上場準備の段階で、将来のKAMが何になりそうかを先に見立てておくと、見積りの根拠資料や注記の作り込みを前倒しできます。会計監査人との協議に持ち込める形で、論点の候補と必要な資料の一覧をお出しします。公認会計士・税理士が直接お受けします。初回のご相談は無料です。
報告しないことができる2つの場合
監査人がKAMとして決定した事項であっても、報告しないことができる場合が2つあります。第13項が定めています。ひとつは、法令等により当該事項の公表が禁止されている場合。もうひとつは、報告することにより生じる不利益が公共の利益を上回ると合理的に見込まれる場合です。
ただし2つ目には条件が付いています。企業が当該事項に関する情報を財務諸表以外の方法で公表している場合には、この例外に当たらないとされています。会社が自ら公表している情報を、監査報告書だけ伏せるということはできません。
⚖️ 監査意見の類型ごとの扱い
限定意見や否定的意見でもKAMは書きます。書かなくなるのは意見不表明のときです。
誤解が多いのが、限定意見や否定的意見のときの扱いです。KAMが書かれなくなるのは意見不表明の場合だけで、限定付適正意見や否定的意見の監査報告書にはKAMの区分があります。A7項が、これらの場合もKAMを決定し報告する要求事項が適用されると述べています。
否定的意見については、A7項に注意すべき記述があります。監査人が「それ以外にKAMは存在しない」と判断する場合があること、そして財務諸表全体の信頼性が高まるという誤った印象を与えないよう配慮することが重要である旨です。否定的意見の監査報告書でKAMが書かれていたら、この配慮のうえで書かれていると読むことになります。
除外事項の根拠と継続企業の不確実性は区分に書かない
第14項は、除外事項付意見の根拠となった事項と、継続企業の前提に関する重要な不確実性について、その性質上KAMに該当するとしたうえで、監査上の主要な検討事項の区分には記載せず、根拠の区分等を参照する旨を記載するとしています。
読み手からすると、いちばん重要な論点がKAMの欄にないという状態になります。KAMの欄だけを読んで終わらせると重要な情報を落とすので、監査報告書は必ず頭から通して読んでください。
🏛️ どの会社が対象になるのか
会社法監査だけを受けている会社にはKAMは出てきません。金商法監査に入る段階で初めて論点になります。
対象範囲は、財務諸表等の監査証明に関する内閣府令が定めています。第4条第10項が、次のいずれにも該当しない場合にはKAM等を記載しないことができるとしたうえで、2つの号を置いています。
第1号は、被監査会社等が第3条第5項各号に掲げる者であって、金融商品取引法第5条第1項の規定により届出書(又は訂正届出書)を提出する場合。第2号は、第3条第5項各号に掲げる者であって、同法第24条第1項の規定により有価証券報告書(又は訂正報告書)を提出する場合です。
第3条第5項が会社の範囲を画している
第3条第5項は、もともと「監査における不正リスク対応基準」の適用対象会社を定めた規定です。KAMはこの会社範囲を借りる形になっています。同項第1号は金融商品取引法第24条第1項第1号又は第2号に該当することにより有価証券報告書を提出しなければならない会社、第2号は同項第3号又は第4号に該当することにより提出しなければならない会社(一定の小規模会社を除く)です。
この「一定の小規模会社を除く」の内容については、平成25年3月26日の企業会計審議会の意見書が、対象を金融商品取引法に基づき開示を行っている企業とし、非上場企業のうち資本金5億円未満又は売上高10億円未満かつ負債総額200億円未満の企業は除く、という趣旨の説明をしています。実際に自社が該当するかどうかを判断するときは、府令の原文を必ず確認してください。数値の組み合わせは条文の書き方に忠実に読む必要があります。
有価証券届出書を出す場面は条文に明示されている
上場準備中の会社にとって関心があるのはここです。第4条第10項第1号は、有価証券届出書を提出する場合を明示しています。つまり条文の建付けとしては、有価証券報告書だけの話ではありません。
もっとも、初回の有価証券届出書を提出する会社が、その提出時点で第3条第5項各号に掲げる者に該当するのかという点は、解釈が問題になり得ます。金融商品取引法第24条第1項第3号は募集又は売出しにつき届出をしたことを要件としているためです。この点について金融庁や日本公認会計士協会が明示した見解は、今回の調査では確認できませんでした。断定的な説明を見かけたら、根拠となる一次情報を確かめてください。
実務的には、監査法人と主幹事証券会社に早い段階で確認するのが確実です。監査基準報告書701の第5項は、法令で求められない監査であっても、契約条件でKAMの報告を合意した場合には適用されるとしています。契約でどう定めるかという論点もあわせて整理しておくとよいでしょう。
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。
初回のご相談は無料です。お問い合わせはこちら
🗓️ いつから始まった制度か
強制適用から5年が経ち、いまは「書くかどうか」ではなく「何をどう書くか」が議論の中心になっています。
出発点は、企業会計審議会が平成30年7月5日に取りまとめた「監査基準の改訂に関する意見書」です。金融庁がこれを公表したのは7月6日でした。意見書は「三 実施時期等」で、KAMの適用範囲その他の所要の整備を関係法令で行うとしており、範囲の具体的な画定は内閣府令に委ねられました。
その内閣府令の改正は平成30年11月30日に公布・施行されています。日本公認会計士協会が監査基準委員会報告書701を制定したのは2019年2月27日です。同報告書はその後、体系の見直しにより監査基準報告書701という呼称になりました。
適用は2021年3月31日以後終了する事業年度からで、2020年3月31日以後終了する事業年度からの早期適用が認められていました。米国SEC登録会社等については2019年12月31日以後終了する事業年度からの早期適用が認められています。
その後の動き
2024年9月26日に監査基準報告書701が改正されています。監査基準報告書260や700の改正に伴う一連の改正で、適用は2025年7月1日以後開始する事業年度からとされています。
2024年11月13日には、日本公認会計士協会が監査基準報告書701研究文書第3号として、監査人の主要な見解等の記載に関する海外事例の調査レポートを公表しています。KAMの記載をより踏み込んだものにできないかという問題意識が背景にあります。
2026年4月24日の企業会計審議会第56回監査部会の議事録では、継続企業と不正に関する国際基準の改訂への対応が主題として議論され、その中で、不正に関するKAMの記載を強化すべきという意見も出ています。審議段階の発言であって決定事項ではありませんが、方向感は読み取れます。
🔎 KAMをどう読むか
投資家として読むときも、上場準備会社として自社の将来のKAMを想像するときも、見るところは同じです。
上場準備中の会社の経営者から、他社のKAMを読んでも何を見ればよいか分からないと言われることがあります。見るところは決まっています。いくつ挙がっているか、どの領域か、前期と変わったか、監査上の対応の記述が具体的か、そして会社の注記とつながっているかです。
とくに最後が重要です。KAMで触れられている見積りについて、会社側の注記が薄いと、読み手には監査人だけが問題意識を持っているように見えます。上場後にどう見えるかを想像しながら、いまのうちに見積りの根拠と開示の水準を作っておくのが実務です。
上場準備会社が先にやっておくこと
将来KAMになりそうな領域は、上場準備の段階でおおよそ見えています。収益認識の時期、繰延税金資産の回収可能性、のれんや固定資産の減損、引当金の見積り。いずれも、判断の根拠を文書に残しているかどうかで、監査の負荷がまったく変わります。
関連する論点として、過年度遡及会計基準やIFRSとはもあわせてご覧ください。監査法人の選び方や初期診断についてはショートレビュー(短期調査)とはで扱っています。
❓ よくある質問
A. まず、その監査が会社法に基づくものか金商法に基づくものかを確認してください。会社法監査ではKAMは法令上求められていません。金商法監査で区分自体がない場合は、意見不表明のときに限られます。
A. 監査基準報告書701の第15項が、KAMがないと判断した場合も見出しを設けてその旨を記載するとしています。区分ごとない意見不表明とは意味が異なります。
A. 書かれます。A7項が、限定意見や否定的意見の場合もKAMを決定し報告する要求事項が適用されるとしています。
A. 性質上はKAMに該当しますが、監査上の主要な検討事項の区分には記載せず、該当する区分を参照する旨が記載されます(第14項)。
A. 監査証明府令第4条第10項第1号は届出書を提出する場合を明示しています。ただし初回の届出時に第3条第5項各号に掲げる者に該当するかという解釈が残るため、監査法人と主幹事証券会社にご確認ください。
A. 日本公認会計士協会の実務ガイダンスは、非上場会社について任意で記載することは差し支えないとしています。監査基準報告書701第5項も、契約条件で合意した場合に適用があるとしています。
A. 制度上の下限や上限はありません。実務では1つか2つの会社が多くなっています。数の多寡だけで良し悪しを判断できるものではありません。
A. 2021年3月31日以後に終了する事業年度に係る監査からです。2020年3月31日以後終了する事業年度から早期適用が認められていました。
A. 根拠となる法令が違うためです。KAMは金商法監査で求められるもので、会社法監査では法令上求められていません。
🤝 監査役等とのやり取りが出発点になる
KAMは、監査人が勝手に選ぶものではありません。監査役、監査役会、監査等委員会または監査委員会とコミュニケーションを行った事項のなかから、特に注意を払った事項を絞り込み、さらにその中から当年度の監査で最も重要と判断した事項を決定するという段階を踏みます。
したがって、KAMに何が挙がるかは、期中に監査人と監査役等の間でどんな議論がされたかに左右されます。監査役等とのコミュニケーションが形式的で、報告事項の読み上げに終始していると、KAMの検討も表面的になります。上場準備の段階で監査役会の運営を整えることは、将来のKAMの質にも効いてきます。
会社側にとっての実務上の意味
KAMの原案は監査終盤ではなく、監査計画の段階から徐々に固まっていきます。会社側が期末になってから内容を知ると、記載の前提となる事実関係の確認や、対応する注記の追加が間に合いません。四半期ごと、あるいは半期ごとに、いま候補として何が挙がっているかを監査人に確認しておくのが実務です。
また、KAMに書かれる内容は、会社が公表していない情報に触れる場合があります。第13項の例外に当たらない限り、会社が公表していないことを理由に記載を止めることはできません。記載されることを前提に、対応する開示を自ら用意するという発想に切り替えたほうが建設的です。
📖 KAMと注記の関係
KAMの記述は、財務諸表の注記を参照する形で書かれるのが一般的です。たとえば繰延税金資産の回収可能性がKAMになれば、税効果会計に関する注記が参照されます。減損がKAMになれば、固定資産の減損に関する注記や重要な会計上の見積りの注記が参照されます。
ここで問題になるのが、参照先の注記が薄い場合です。監査人が重要と判断した見積りについて、会社側の説明が定型文だけだと、読み手は判断の材料を得られません。KAMの導入以降、重要な会計上の見積りに関する注記の内容が厚くなってきたのは、この関係があるためです。
重要な会計上の見積りの注記
企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」により、当年度の財務諸表に計上した金額のうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について、項目名、金額、および理解に資する情報を注記することとされています。KAMの候補になりそうな領域は、この注記の対象にもなりやすい領域です。
上場準備の段階では、この注記に何を書くかを先に決めておくと、KAMへの対応も同時に進みます。金額の算定過程、主要な仮定、翌年度への影響。この3点を社内で文書にしておいてください。
📄 まとめ
KAMが監査報告書に載らない場面は整理できます。区分そのものがなくなるのは意見不表明の場合だけで、監査基準報告書701第5項と同705第28項、そして監査証明府令第4条第1項第1号ニと同条第9項第9号の括弧書きがこれを定めています。
会社法に基づく監査では法令上KAMは求められません。金商法監査であっても、監査証明府令第4条第10項が参照する第3条第5項各号に該当しない会社は記載しないことができます。決定したKAMを報告しないことができる場合も2つあります(第13項)。
限定意見や否定的意見ではKAMは書かれ、KAMに該当する事項がないと判断した場合も見出しは設けます(第15項)。除外事項の根拠と継続企業の重要な不確実性は、KAMの区分ではなく該当区分を参照する形になります(第14項)。監査報告書は欄ごとに読むのではなく、通して読んでください。
📚 参考(公的な一次情報)
- 企業会計審議会「監査基準の改訂に関する意見書」(平成30年7月5日、金融庁公表は7月6日)
- 財務諸表等の監査証明に関する内閣府令 第3条第5項、第4条第1項第1号ニ、第4条第9項第9号、第4条第10項、第4条第22項
- 日本公認会計士協会 監査基準報告書701(第5項・第13項・第14項・第15項・A7項)
- 日本公認会計士協会 監査基準報告書705 第28項
- 日本公認会計士協会 監査基準報告書700 実務ガイダンス第1号「監査報告書に係るQ&A(実務ガイダンス)」Q2-1
- 企業会計審議会「監査基準の改訂及び監査における不正リスク対応基準の設定に関する意見書」(平成25年3月26日)
あわせて読みたい