IPOの形式要件というと、株主数や流通株式、時価総額といった「数を集める要件」に目が向きがちです。しかし東証の形式要件には、それとは性格の違う一群があります。株式事務代行機関の設置、単元株式数、株券等の種類、株式の譲渡制限、指定振替機関における取扱いの5つです。
これらは数字を積み上げる要件ではなく、上場する株式を市場で売買できる形に整えておくための要件です。裏を返せば、事前に段取りさえ踏めば確実にクリアできる要件でもあります。この記事では、5つの要件それぞれの内容と根拠条文、いつまでに何をするのかを、東証の上場審査ガイドブック(2026年7月21日版)と有価証券上場規程をもとに整理します。
株式まわりの5つの形式要件と根拠条文
東証の形式要件は、市場ごとに入口となる条文が分かれています。プライム市場は有価証券上場規程第211条、スタンダード市場は第205条、グロース市場は第217条です。ただし今回扱う5つの要件については、プライム市場は第211条第6号が、グロース市場は第217条第7号が、それぞれスタンダード市場の第205条各号を引く構造になっています。つまり3市場で要件の中身は共通で、参照する条番号だけが違うということです。
図1 3市場の入口条文と、実際に読む第205条各号の関係
条番号の対応を表にすると次のとおりです。記事や資料で条文を引くときは、自社が申請する市場の入口条文と、実体を定める第205条各号の両方を押さえておくと混乱しません。
| 要件 | プライム | スタンダード | グロース |
|---|---|---|---|
| 株式事務代行機関の設置 | 第211条第6号(第205条第8号) | 第205条第8号 | 第217条第7号(第205条第8号) |
| 単元株式数 | 第211条第6号(第205条第9号) | 第205条第9号 | 第217条第7号(第205条第9号) |
| 株券等の種類 | 第211条第6号(第205条第10号) | 第205条第10号 | 第217条第7号(第205条第10号) |
| 株式の譲渡制限 | 第211条第6号(第205条第11号) | 第205条第11号 | 第217条第7号(第205条第11号) |
| 指定振替機関における取扱い | 第211条第6号(第205条第12号) | 第205条第12号 | 第217条第7号(第205条第12号) |
① 株式事務代行機関の設置
株式事務代行機関は、株主名簿の作成事務の受託や、議決権・配当など株主に付与される各種の権利の処理を行う機関です。上場会社は株主数が一気に増え、株主名簿の管理や配当金の支払、株主総会の招集通知の発送といった事務が自社だけでは回らなくなります。そこで東証は、株式関係事務の円滑化のためにこの機関の設置を求めています。
要件の内容は、株式事務を東証の承認する株式事務代行機関に委託しているか、又は当該機関から株式事務を受託する旨の内諾を得ていることです(規程第205条第8号。プライムは第211条第6号、グロースは第217条第7号)。期限は上場申請日までで、審査期間中ではありません。ここが他の4要件と大きく違う点です。
承認された株式事務代行機関には信託銀行各行のほか、証券代行会社が含まれます。東証の上場審査ガイドブックの注記でも、プライム・グロース版は「信託銀行の各行及び株式会社アイ・アールジャパン」、スタンダード版は信託銀行に加えて東京証券代行株式会社・日本証券代行株式会社・株式会社アイ・アールジャパンを挙げており、記載に幅があります。承認先は時点によって変わり得るため、実際の選定にあたっては東証や主幹事証券会社に最新の状況を確認してください。
実務上は、上場申請の直前に依頼して間に合うものではありません。株主名簿の整備状況の確認、名義株や所在不明株主の整理、株式取扱規程の制定といった作業が受託の前提になるため、N-2期のうちに候補先へ相談を始めるのが一般的です。株式事務代行機関を含むIPOの登場人物と役割分担は、IPOの関係者と役割とは?主幹事証券会社・監査法人・株式事務代行機関の役割と選び方で整理しています。
② 単元株式数
要件は、単元株式数が上場の時に100株となる見込みのあることです(規程第205条第9号)。ただし施行規則で定める場合はこの限りではなく、相互会社が株式会社に組織変更して上場するケースのように、上場時に多数の単元未満株主が生じることが見込まれる場合などが例外として想定されています。
東証は投資者をはじめとする市場利用者の利便性を高めるため、全上場会社の売買単位を100株に統一しています。売買単位とは、金融商品取引所での売買が銘柄ごとに定める単位の整数倍で行われるときの、その単位のことです。原則として、単元株制度を採用している会社は1単元の株式数、採用していない会社は1株が売買単位になります。したがって新規上場会社にも、あらかじめ単元株式数を100株に設定しておくことが求められます。
審査では、定款や社内諸規則、登記事項証明書といった上場申請書類に基づいて、単元株式制度を採用しているか、単元株式数がいくつかが確認されます。申請の段階で採用していない場合や100株でない場合は、審査期間内に制度の採用や単元株式数の変更を行うことになります。なお、国内の他の金融商品取引所に既に上場している内国株券であっても、東証に上場する以上は単元株式数が100株である必要があります。
図2 単元株式数が100株でない場合は審査期間内に整える
単元株式数を100株にするために必要な決議
単元株式数を変える手続は、単元株式数を増やすのか減らすのか、株式分割や株式併合を同時に行うのかによって、必要な決議機関が変わります。東証の上場審査ガイドブックが整理している考え方を、ケース別にまとめると次のようになります。
| ケース | 必要となる決議 |
|---|---|
| 単元株式数の増加・設定のみを行う | 株主総会の特別決議 |
| 増加・設定と株式分割を同時に実施し、分割比率が単元株式数の増加・設定比率以上で、発行可能株式総数の増加が不要な場合 | 取締役会決議 |
| 同上で発行可能株式総数の増加が必要、かつ2以上の種類株式を発行している場合 | 株主総会の特別決議 |
| 同上で発行可能株式総数の増加が必要、かつ2以上の種類株式を発行していない場合 | 取締役会決議 |
| 増加・設定と株式分割を同時に実施するが、分割比率が単元株式数の増加・設定比率に満たない場合 | 株主総会の特別決議 |
| 単元株式数の減少のみを行う | 取締役会決議 |
| 減少と株式併合を同時に実施する | 株主総会の特別決議 |
※ケース区分と決議機関は東証の上場審査ガイドブック(2026年7月21日版)の記載に基づく整理です。個別の事案では会社法上の手続要否を含めて、主幹事証券会社・株式事務代行機関と確認してください。
ここで実務上のポイントになるのが、株主総会の特別決議が必要なケースが多いという点です。定時株主総会に合わせるのか、臨時株主総会を開くのかで、資本政策全体のスケジュールが動きます。単元株式数の設計は発行済株式数や公開価格の水準とも連動するため、株式分割の実施時期とあわせて早めに絵を描いておく必要があります。株主数のカウント単位である「1単位」の考え方については、IPOにおける株主数の要件とは?数え方・確保の方法・名義株の整理まで解説もあわせてご覧ください。
単元株式数の変更、譲渡制限の撤廃、株券不発行の手続は、いずれも決議と登記を伴います。資本政策と申請スケジュールの整合を、公認会計士の視点から整理します。
③ 株券等の種類
新規上場申請に係る内国株券は、原則として次のいずれかであることが必要です(規程第205条第10号)。
- a.議決権付株式を1種類のみ発行している会社における、当該議決権付株式
- b.複数の種類の議決権付株式を発行している会社において、取締役の選解任その他の重要な事項について株主総会において一個の議決権を行使することができる数の株式に係る剰余金の配当請求権その他の経済的利益を受ける権利の価額等が、他のいずれの種類の議決権付株式よりも高い種類の議決権付株式
- c.無議決権株式
bに該当する株券等を上場する場合には、当該株券等以外に新規上場申請を行う銘柄がないことが前提となります。いわゆる複数議決権構造を採る場合に、経済的な取り分が最も大きい種類の株式を上場対象とする、という趣旨です。
多くの会社にとってはaに当てはまるため、この要件が論点になるのは種類株式を発行しているケースに限られます。ただしIPO準備の過程で、優先株による資金調達を経てきたスタートアップは少なくありません。上場時までに優先株を普通株へ転換する設計になっているかどうかは、投資契約や種類株式の内容の確認から入る必要があります。
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④ 株式の譲渡制限
要件は、新規上場申請に係る株式の譲渡につき制限を行っていないこと、又は上場の時までに制限を行わないこととなる見込みのあることです(規程第205条第11号)。
株式会社は定款で株式の譲渡につき制限を設けることができますが、金融商品取引所は不特定多数の投資者が参加する流通市場です。市場における売買取引に基づく株式の移転に制限がかかることは、制度としてなじみません。そのため、譲渡制限の定めを置いている会社は審査期間内に定款を変更し、変更事項を反映した登記事項証明書等を提出する必要があります。
非上場のオーナー企業はほぼ例外なく譲渡制限会社ですから、この撤廃はIPOで必ず通る道です。定款変更は株主総会の特別決議であり、あわせて機関設計(取締役会や監査役の設置など)の見直しを同じ総会で行うことも多くなります。
例外の取扱い
放送法や航空法などの特別の法律により株式の譲渡制限が行われ、かつその制限の内容が東証の市場における売買を阻害しないものと認められる場合は、例外として取り扱われます。外資規制のある業種では、この枠組みで上場している会社があります。
⑤ 指定振替機関における取扱い
要件は、当該銘柄が指定振替機関の振替業における取扱いの対象であること、又は上場の時までに取扱いの対象となる見込みのあることです(規程第205条第12号)。
金融商品取引所に上場する内国株券は、振替法(社債、株式等の振替に関する法律)に基づき、指定振替機関における株式等振替制度の対象となります。振替法に基づく指定振替機関には株式会社証券保管振替機構(保振)が指定されています。したがって申請会社の株式は、既に保振の取扱い対象であるか、上場の時までに取扱い対象となる見込みがなければなりません。
ここで見落とされやすいのが、取扱い対象となるためには申請会社が株券不発行会社であることが求められるという点です。申請会社が株券発行会社で、株券不発行に係る手続を完了していない場合は、審査期間終了までにその手続を行う必要があります。さらに上場承認後(原則として上場承認日)に、上場する株式を保振が取り扱うことに同意する旨を記載した、保振が定める同意書を提出することになります。
保振側の手続としては、同意書のほか株式等振替制度参加に係る届出書などの書式が定められています。実際の様式や記載要領は証券保管振替機構の「制度参加手続(新規上場等)」のページで公開されています。書類の作成は株式事務代行機関が支援するのが通例ですが、期限が上場承認日という短い期間に集中するため、承認前から準備を進めておくのが安全です。
いつまでに何を整えるのか
5つの要件は、期限が三段階に分かれます。株式事務代行機関だけが上場申請日まで、単元株式数・譲渡制限・株券不発行は審査期間内、保振への同意書提出は上場承認後です。時系列で並べると次のようになります。
図3 期限は「申請日まで」「審査期間内」「承認後」の三段階に分かれる
実務でつまずきやすいポイント
株主総会の回数が足りない
単元株式数の設定・増加、譲渡制限の撤廃、機関設計の変更は、いずれも定款変更を伴い株主総会の特別決議が必要になる場面が多くあります。定時株主総会は年1回しかありませんから、必要な議案を洗い出さずに進めると、臨時株主総会を追加で開く羽目になります。逆にいえば、議案を束ねて1回の総会で処理する設計ができれば、スケジュールに余裕が生まれます。
登記事項証明書と申請書類の整合が取れていない
定款を変更しても、登記や社内諸規則、Ⅰの部の記載が追いついていなければ、審査上は「未了」と見られます。定款変更・登記・申請書類の差替えは1セットで動かす、という意識が必要です。
株券不発行の手続が漏れている
会社法上、株券を発行する旨の定款の定めがない会社が原則ですが、古くからある会社では株券発行会社のまま残っているケースがあります。この場合、株券不発行への移行手続を審査期間終了までに完了させないと、保振の取扱い対象になれません。設立年次の古い会社ほど、早い段階で定款の現況を確認しておくべき論点です。
株式事務代行機関への相談が遅い
形式要件としては「上場申請日までに委託又は内諾」ですが、内諾を得るまでに株主名簿の整備状況が問われます。名義株や所在不明株主が残っていると、その整理から始めることになり、想定より時間がかかります。形式要件の全体像はIPOの形式要件とは?東証プライム・スタンダード・グロース3市場の上場基準を一覧比較で、上場準備全体のスケジュール感はIPO準備の全体像とは?上場までのスケジュール(N-3期〜N期)と各期にやることで確認できます。
よくある質問
形式要件は「上場の時に100株となる見込みのあること」です。申請の段階で単元株式制度を採用していない場合や100株でない場合は、審査期間内に採用・変更を行うことになります。ただし株主総会の特別決議が必要なケースが多く、総会の開催時期に左右されるため、実務上は申請前に整えておく会社が多くなります。
譲渡制限の撤廃は会社法上の譲渡承認手続がなくなるという意味であり、上場前の株式移動については東証の規則(上場前の株式等の移動の状況に関する記録の提出など)や投資契約による手当てが別途あります。撤廃の時期と、株主間契約・投資契約の見直しをセットで検討することになります。
要件は上場申請に係る株券等が、単一の議決権付株式、経済的利益が最も高い種類の議決権付株式、無議決権株式のいずれかであることです。したがって上場時までに優先株を普通株へ転換するなど、上場対象の株式が要件に当てはまる形になっていれば問題になりません。転換の条件が投資契約や種類株式の内容に定められているかを確認してください。
実務上は株式事務代行機関の支援を受けて作成するのが通例です。ただし提出期限が原則として上場承認日と短く、承認前後は他の実務も集中します。承認を待たずに書式と記載内容を確認しておくことをおすすめします。
まとめ
- 株式事務代行機関の設置・単元株式数・株券等の種類・株式の譲渡制限・指定振替機関における取扱いは、規程第205条第8号から第12号に定められ、3市場で内容は共通
- 株式事務代行機関だけは「上場申請日まで」に委託又は内諾が必要で、他より期限が早い
- 単元株式数は上場の時に100株となる見込みが必要。変更には株主総会の特別決議を要するケースが多い
- 譲渡制限の撤廃は審査期間内の定款変更と登記が必要。放送法・航空法等による制限には例外がある
- 指定振替機関(保振)の取扱い対象となるには株券不発行会社であることが前提。同意書は原則として上場承認日に提出
形式要件のチェックから資本政策、内部管理体制の整備まで。上場準備の各段階で何を優先すべきかを、実務の視点でご一緒に検討します。
【参考】本記事は、東京証券取引所「新規上場ガイドブック(プライム市場編・スタンダード市場編・グロース市場編)」2026年7月21日版および有価証券上場規程の記載に基づいて作成しています。条番号は、プライム市場が第211条第6号、スタンダード市場が第205条、グロース市場が第217条第7号を入口として、実体は第205条第8号から第12号に定められています。制度の詳細は日本取引所グループ「上場関係者と役割」のページおよび証券保管振替機構「制度参加手続(新規上場等)」のページもご参照ください。規程・施行規則は改正されることがありますので、実際の判断にあたっては最新の条文と主幹事証券会社・株式事務代行機関の助言をご確認ください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。具体的な対応は個別の事実関係により異なります。
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。