「IFRS導入を決めたものの、実際にIFRSの数値をどうやって作るのかが見えない」——導入プロジェクトの中盤で、多くの経理責任者がこの壁に当たります。会計方針は固まった、差異も洗い出した。では、日々の仕訳から連結財務諸表までを、誰が、どの順番で、どの帳簿を使って作るのでしょうか。
ここを曖昧にしたまま進めると、決算のたびに属人的なExcel作業が積み上がり、監査人から証跡を求められて手が止まります。本記事では、IFRSの数値を作る「コンバージョン」の3つの方法と、組替仕訳の管理のしかたを、制度の建て付けから順に解説します。
- IFRSで作るのは連結財務諸表であり、単体は日本基準のままでよい制度上の理由
- IFRS数値を作る3方式(決算時組替・並行記帳・IFRSベース帳簿)の違いと選び方
- 組替仕訳の4分類と、管理台帳に持たせるべき項目
- 監査対応で求められる証跡と、決算日程における担当・期限の決め方
🌍 IFRSコンバージョンとは?まず制度の建て付けを押さえる
IFRSコンバージョンとは、日本基準で作成された会計数値を、IFRSに基づく数値へ変換する一連の作業をいいます。コンバージョン(conversion)は「変換」の意味で、実務では組替仕訳(そうかえしわけ。日本基準とIFRSの差異を埋めるために追加で起こす仕訳)を中心とした数値作成プロセス全体を指す言葉として使われます。
IFRSで作成するのは連結財務諸表
意外に誤解が多いのが、「IFRSを導入すると全社の帳簿をIFRSで作り直さなければならない」という思い込みです。制度上は、そうではありません。
金融商品取引法に基づく開示では、連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則(連結財務諸表規則)第1条の2が「指定国際会計基準特定会社」を定め、同規則第312条が、その会社の提出する連結財務諸表について指定国際会計基準に従うことができると定めています。つまり、IFRS(正確には金融庁長官が定める指定国際会計基準)で作成できるのは連結財務諸表であり、個別財務諸表は財務諸表等規則に従って日本基準で作成します。
会社法についても同じ構造です。会社計算規則第120条(国際会計基準で作成する連結計算書類に関する特則)が、連結財務諸表規則第312条の適用を受ける株式会社の連結計算書類を指定国際会計基準に従って作成できると定めており、同条第2項により、その旨を注記することが求められます。
さらに税務では、法人税法第74条第1項が「確定した決算に基づき」確定申告書を提出すべきことを定めています。いわゆる確定決算主義です。確定決算は単体の決算ですから、税務申告の土台は日本基準の単体決算のままということになります。
図1:IFRSで作るのは連結。単体の帳簿と税務申告は日本基準のまま残る
| 書類 | 適用される基準 | 主な根拠 |
|---|---|---|
| 有価証券報告書の連結財務諸表 | 指定国際会計基準(IFRS)を選択できる | 連結財務諸表規則 第1条の2、第312条 |
| 有価証券報告書の個別財務諸表 | 日本基準 | 財務諸表等規則 |
| 会社法の連結計算書類 | 指定国際会計基準を選択できる(その旨の注記が必要) | 会社計算規則 第120条 |
| 会社法の個別計算書類 | 日本基準 | 会社計算規則 |
| 法人税の確定申告 | 確定した決算(単体・日本基準)が出発点 | 法人税法 第74条第1項 |
※連結上は子会社の数値もIFRSに準拠させる必要がありますが、各社が作成する法定の計算書類まで作り替える必要はありません。
📊 IFRSの数値を作る3つの方法
制度の建て付けを踏まえると、IFRS数値の作り方は大きく3つに整理できます。どれを選ぶかで、システム投資額・月次の作業負荷・決算早期化の可否が変わりますので、導入プロジェクトの基本設計フェーズで方針を固めておくべき論点です。
方式A 決算時組替方式(実務でもっとも多い)
日常の記帳は日本基準のまま行い、決算のタイミングで組替仕訳をまとめて起こしてIFRS数値を作る方式です。連結精算表の上で調整を加えるため「トップサイド調整」とも呼ばれます。
初期投資が小さく、既存の会計システムに手を入れずに始められるのが最大の利点です。一方で、決算時に作業が集中し、Excelでの管理が肥大化しやすいという弱点があります。IPO準備企業やIFRS適用初期の会社の多くは、この方式から入ります。
方式B 並行記帳方式(デュアルレジャー)
会計システムの中に日本基準の帳簿とIFRSの帳簿を並行して持ち、取引の都度、両方に記帳する方式です。ERPの複数元帳(マルチGAAP)機能を使うのが一般的です。
決算時の作業が軽く、月次でIFRSベースの業績を把握できるため、決算早期化と経営管理の両面で有利になります。反面、システム導入・改修のコストと期間が必要で、日常の記帳ルールを全社に徹底する運用負荷も生じます。
方式C IFRSベース帳簿+日本基準組替方式
帳簿そのものをIFRSで作り、単体決算や税務申告に必要な日本基準の数値を逆方向の組替で作る方式です。海外子会社が多く、グループ全体の会計言語をIFRSで統一したい企業に向きます。
グループ内で数値の見方が揃うメリットは大きいものの、国内の単体決算・税務申告のために逆組替の仕組みを別途整える必要があり、導入時の設計難度は3方式のなかで最も高くなります。
図2:IFRS数値作成の3方式。記帳をどの基準で行うかで決算時の負荷が変わる
| 比較項目 | 方式A 決算時組替 | 方式B 並行記帳 | 方式C IFRSベース |
|---|---|---|---|
| 初期の投資額 | 小さい | 大きい | 大きい |
| 日常の記帳負荷 | 変わらない | 重い | 中程度 |
| 決算時の負荷 | 重い | 軽い | 中程度 |
| 月次のIFRS業績把握 | 難しい | できる | できる |
| 単体・税務対応 | そのまま使える | そのまま使える | 逆組替が必要 |
| 向いている企業 | 差異項目が少ない企業/IPO準備企業 | 決算早期化が必要な企業 | 海外子会社が多いグループ |
迷ったときは「決算をいつまでに締めたいか」から逆算します。開示までの日数に余裕があるなら方式A、四半期の早期開示や月次でのIFRS業績把握が経営上必要なら方式Bを検討します。差異項目が少ない会社ほど、方式Aで十分に回ります。まず方式Aで始め、運用が安定してからシステム化する段階的なアプローチも現実的です。
🧾 組替仕訳の設計と管理台帳
どの方式を採るにせよ、組替仕訳の設計と管理が実務の中心になります。ここが崩れると、監査対応で必ず詰まります。
組替仕訳は4つに分類して管理する
組替仕訳をひとまとめに扱うと、期をまたいだときに何が残高に効いているのかがわからなくなります。次の4分類で台帳を分けておくと、翌期以降の管理が格段に楽になります。
- ① 認識・測定の差異調整:のれん償却の取消、開発費の資産計上、リースの資産負債計上など、金額そのものを変える調整
- ② 表示・組替の調整:科目の並べ替えや区分の変更など、金額は変えずに表示だけを変える調整
- ③ 初度適用時の調整:移行日時点で利益剰余金などに直接計上する調整(IFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」に基づくもの)
- ④ 連結手続上の調整:連結の過程で追加的に必要となる調整
特に①は、当期の損益に効く部分と、過年度から繰り越す部分(累積差異)を分けて持つことが重要です。累積分を見失うと、翌期の期首残高が合わなくなります。
組替仕訳台帳に持たせる項目
台帳はExcelでも構いませんが、次の項目を最初から列として設計しておくと、後から作り直す手戻りを防げます。
| 項目 | 内容と設計上の注意 |
|---|---|
| 仕訳番号・分類 | 上記4分類のいずれかを付与し、番号は期をまたいで通し番号にする |
| 対象会社・対象期間 | 親会社か子会社か、当期分か累積分かを必ず区別する |
| 差異の内容 | GAAP差異分析の論点番号と紐づけ、どの差異に対応する仕訳かを明示する |
| 根拠となる基準 | IFRSの基準番号と該当箇所、社内の会計方針書の該当条項を記載する |
| 計算資料の参照先 | 算定シートのファイル名・シート名まで特定できる形で残す |
| 税効果の要否 | 一時差異が生じる調整かどうかを判定し、繰延税金の計上要否を記録する |
| 作成者・承認者・日付 | 作成と承認を別の担当者にし、承認の記録を残す |
| 洗替/繰越の別 | 翌期に自動で戻すのか、残高として引き継ぐのかを明示する |
誰が・いつまでに・何を作るか
組替仕訳は決算スケジュールの終盤に集中しがちですが、担当と期限を先に決めておけば、決算のたびに手順を思い出す必要がなくなります。以下は方式Aを前提とした標準的な流れです。
図3:組替仕訳が流れる決算プロセス(方式Aの例。営業日数は決算日からの目安)
⚖️ 監査対応で押さえる証跡管理
組替仕訳は、通常の会計システムの外側(多くはExcel)で作られるため、システムの統制が効きません。だからこそ、監査人は組替仕訳の網羅性と正確性を重点的に確かめます。次の5点が揃っているかを、決算前に自己点検してください。
- 組替仕訳の一覧(台帳)と、連結精算表の調整欄が一致していること
- 各仕訳に、算定根拠となる計算資料と参照した基準の該当箇所が紐づいていること
- 作成者と承認者が分かれており、承認の記録が残っていること
- 前期末の累積差異が、当期首の残高として正しく引き継がれていること
- 会計方針書の記載と、実際の組替仕訳の処理が整合していること
組替仕訳の設計そのものは、差異分析の段階で洗い出した論点の裏返しです。差異一覧が整っていれば台帳の骨格はそのまま作れますので、GAAP差異分析のやり方の成果物を台帳のマスタに転記する形で立ち上げると効率的です。また、移行日時点の調整はIFRS初度適用(IFRS第1号)で選択した免除規定の内容と直結しますので、両者は同じ担当が一体で管理すべきです。
IFRS導入の論点検討からGAAP差異分析、組替仕訳の設計・数値作成、注記開示まで、公認会計士が実務に入って伴走支援します。方式の選定段階からのご相談も承ります。
🗒️ よくある質問
制度上、指定国際会計基準で作成できるのは連結財務諸表(会社法では連結計算書類)です。個別財務諸表は財務諸表等規則に従って日本基準で作成し、税務申告も確定した決算(単体)が出発点になります。したがって、単体の帳簿を日本基準のまま維持し、連結の段階で組替仕訳を入れる方式Aが、実務上もっとも負担の少ない選択肢になります。
件数と担当者数で判断します。組替仕訳が数十件で担当が固定されているうちはExcelでも回りますが、差異項目が増えたり子会社が増えたりすると、ファイルの版管理と計算式の検証に時間を取られはじめます。決算のたびに前期ファイルの修正で半日以上かかるようになったら、連結会計システムや専用ツールへの移行を検討する時期です。
並行記帳では日本基準の帳簿も維持しますので、確定申告の土台となる単体決算はそのまま作成できます。むしろ注意が必要なのは方式C(IFRSベース帳簿)で、税務申告に必要な日本基準の数値を逆方向の組替で作る仕組みを別途整える必要があります。方式Cを選ぶ場合は、税務側の対応方針を導入設計の段階で税理士・監査人と確認しておくべきです。
📄 まとめ
IFRSコンバージョンは、制度の建て付けを正しく理解するところから始まります。IFRSで作るのは連結財務諸表であり、単体の帳簿と税務申告は日本基準のまま残る——この前提を押さえるだけで、必要な作業の範囲は大きく絞り込めます。
- IFRSで作成するのは連結財務諸表。単体は日本基準のままでよい
- 数値作成は3方式。まずは方式A(決算時組替)で始める企業が多い
- 組替仕訳は4分類で管理し、当期分と累積分を必ず分けて持つ
- 台帳の設計項目を最初に固めることが、監査対応の負担を決める
- 担当と期限を決算日程に組み込み、属人化を防ぐ
次回は、コンバージョンの前工程にあたる連結パッケージのIFRS対応と、子会社への展開方法を取り上げます。連載の全体像はIFRS導入 完全ガイドからご覧いただけます。
公認会計士・税理士 鈴木佑也/鈴木佑也公認会計士税理士事務所(東京都台東区)。IPO準備企業・上場企業のIFRS導入支援、論点検討、GAAP差異分析、数値作成、注記開示支援に従事。
参考:連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則(e-Gov法令検索)/会社計算規則(e-Gov法令検索)/法人税法(e-Gov法令検索)/IFRS適用済・適用決定会社一覧(日本取引所グループ)
本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。