医療法人が理事に支払う退職金は、法人では損金になり、受け取る側では退職所得になります。退職所得は控除額を差し引いた残額の2分の1が課税の対象になるため、毎月の報酬として受け取るより税負担が軽くなります。
一方で、相当と認められる金額を超える部分は損金になりません。この相当な金額について法令に算式はなく、実務では功績倍率法という考え方が使われています。
この記事では、退職金の適正額をどう考えるか、分掌変更で支給する場合に何が問われるか、そして資金をどう用意するかを整理します。
- 退職金が法人と個人の両方で有利になる理由
- 功績倍率法が法令上の算式ではないということ
- 分掌変更で退職金を支給する場合に問われる事情
- 支給する期の資金と所得をどう設計するか
図 役員退職金が損金になるかの判定
📌 退職金は法人と個人の両方で有利になる
医療法人が理事に支払う退職金は、法人にとっては損金になり、受け取る個人にとっては退職所得になります。退職所得は、収入金額から退職所得控除額を差し引いた残額の2分の1が課税の対象で、他の所得と分離して課税されます。
役員報酬として毎月受け取る場合と比べると、税負担が大きく変わります。医療法人に利益を残して退職時にまとめて受け取るという設計が使われるのは、この差があるためです。
ただし、法人に残した利益をいつか個人に移すという構造は変わりません。退職金は課税を軽くする手段であって、課税をなくす手段ではないという前提で設計してください。
📌 適正額はどう考えるか
法人税法施行令第70条第2号は、退職した役員に支給した退職給与のうち相当と認められる金額を超える部分を損金不算入としています。ではその相当な金額とは何かというと、条文には算式がありません。
実務では功績倍率法という考え方が使われています。最終の月額報酬に勤続年数を乗じ、これに功績倍率を掛けて適正額を算出する方法です。国税庁の税務大学校論叢でも、同業類似法人の功績倍率を用いて適正額を算出する方法として説明されています。
注意したいのは、功績倍率法が法令や通達に定められた算式ではないということです。あくまで相当と認められる金額を算定するための実務上の手法であり、争いになったときの裁判例で用いられてきたものです。倍率をいくつにすれば安全という基準もありません。
表 実務で用いられる功績倍率法の要素(法令上の算式ではありません)
📌 分掌変更で支給する場合
理事長を退任して理事にとどまる場合など、完全に退職しなくても退職金を支給できる場合があります。分掌変更による退職金と呼ばれるものです。
この場合、実質的に退職したのと同様の事情があるかどうかが問われます。常勤から非常勤になった、経営上の主要な地位を離れた、報酬がおおむね50%以上減少したといった事情が判断の材料になります。
形だけ役職を変えて報酬もそのままという状態では、退職の事実がないと判断されます。実態として経営から退いたことを、議事録や業務の分担の記録で示せるようにしておいてください。
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📌 資金をどう用意するか
退職金は金額が大きくなるため、支給する期に一度に資金が出ていきます。損金になっても、キャッシュがなければ支給できません。
そのため、退職の時期から逆算して積み立てる設計が使われます。法人契約の生命保険を使う方法もありますが、令和元年6月の通達改正により、解約返戻率に応じて保険料の一部を資産計上することとされました。以前のように保険料の全額を損金にしながら積み立てるという形は取れません。
退職金の支給と同じ期に大きな損金が立つと、その期だけ所得がマイナスになることもあります。欠損金の繰越控除や繰戻し還付を含めて、支給する期の前後の所得の状況を見ながら時期を決めることになります。
図 役員退職金の支給の手順
適正額の説明と、支給する期の資金と所得の設計は、退職の数年前から準備するものです。試算と記録の作り方からご一緒できます。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っている公認会計士・税理士が直接対応します。初回のご相談は無料です。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
❓ よくある質問
A. 法令や通達に定めはありません。功績倍率法は相当と認められる金額を算定するための実務上の手法であり、安全な倍率という基準は示されていません。職務の内容と同業類似法人の水準から説明できるかどうかで判断してください。
A. 実質的に退職したのと同様の事情があれば支給できる場合があります。常勤から非常勤になった、経営上の主要な地位を離れた、報酬が大きく減少したといった事情が判断の材料になります。形だけの変更では認められません。
A. 積み立てること自体はできますが、令和元年6月の通達改正により、最高解約返戻率に応じて保険料の一部を資産に計上することとされました。保険料の全額を損金にしながら積み立てる形は取れません。
A. 欠損金は翌期以後に繰り越して控除できます。中小法人であれば繰戻し還付を選べる場合もあります。支給の時期を決めるときは、前後の期の所得の状況もあわせて見てください。
📄 まとめ
役員退職金は、法人では損金、個人では退職所得となり、毎月の報酬より税負担が軽くなります。医療法人に利益を残す設計の出口として使われるのはこのためです。
相当と認められる金額を超える部分は損金になりません。功績倍率法は実務上の手法であって法令の算式ではないため、金額の根拠を説明できる資料を残すことが実務上の備えになります。
支給には大きな資金が必要です。退職の時期から逆算して積み立てる設計と、支給する期の所得の見通しを、数年前から立てておいてください。
⚖ 本記事の根拠法令
- 法人税法34条1項柱書(退職給与で業績連動給与に該当しないものは同項の適用対象から除かれる)
- 法人税法34条2項(不相当に高額な部分の金額は損金の額に算入しない)
- 法人税法施行令70条2号(役員退職給与の過大判定。業務に従事した期間、退職の事情、同種同規模の法人の支給状況等を勘案)
- 法人税基本通達9-2-32(役員の分掌変更等の場合の退職給与)
- 所得税法30条2項(退職所得の金額は収入金額から退職所得控除額を控除した残額の2分の1)、同条3項(退職所得控除額)、同条5項(特定役員退職手当等)
- 医療法54条(剰余金の配当の禁止)
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。