事業報告と有価証券報告書の一本化という言葉をよく聞くようになりました。ただ、この言葉が指しているものは3つあります。記載内容をそろえる一体的開示、有報を総会前に出す総会前開示、そして事業報告の作成そのものをなくす制度改正です。
2026年9月時点で、最初の2つは任意の実務として広く行われています。総会前開示は2026年3月期で88.3%に達しました。3つ目は法制審議会の中間試案に提案が盛り込まれた段階で、まだ制度になっていません。この記事では、3つを分けて整理し、いま何ができるのかを条文で確認します。
- 一体的開示・総会前開示・一本化の違い
- 総会前開示が2年で1.8%から88.3%になったこと
- 提出期限と延長承認の正しい根拠条文
- 総会前に提出する場合の計算書類等の添付(開示府令17条1項1号ロ)
- 法制審議会の中間試案の2つの提案
- 2028年3月期からの適用は目標であって決定ではないこと
この記事の見出し
📌 結論 一本化はまだ制度になっていない。総会前開示はもう普通のこと
先に結論を書きます。事業報告等の作成を不要にするという意味での一本化は、2026年9月時点で制度化されていません。法制審議会 会社法制(株式・株主総会等関係)部会が令和8年3月18日に取りまとめた中間試案に提案として盛り込まれ、パブリックコメントを経て、要綱案の取りまとめに向けた検討が続いている段階です。会社法改正法案は提出されていません。
一方、有価証券報告書を定時株主総会の前に提出する総会前開示は、すでに多数派の実務です。金融庁の集計によれば、2026年3月期は3月決算1,928社のうち88.3%が実施しました(2026年6月末時点)。2024年3月期は1.8%でしたから、2年で様変わりしています。
つまり、制度改正を待たなくても、いまできることは多くあります。むしろ、制度が変わったときにすぐ動けるかどうかは、いま総会前開示を回せているかで決まります。
🧩 3つを分けて考える
「一本化」という言葉が、この3つのどれを指しているのかで話が変わります。実務として今できるのは上の2つです。
一体的開示
平成29年12月28日、内閣官房、金融庁、法務省、経済産業省が連名で「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示のための取組について」を公表しました。同じ日に、金融庁と法務省が「一体的開示をより行いやすくするための環境整備に向けた対応について」を公表しています。
翌年の平成30年12月28日には、同じ4府省庁が「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示のための取組の支援について」を公表しました。こちらには、有報のフォーマットで一体書類を作って総会前に開示する型と、事業報告等の項目順を維持して総会後に有報の項目を追加する型の2パターンが、項目対照表や開示例、作成スケジュール例とともに示されています。
経済産業省は「事業報告等と有価証券報告書の一体開示・一体的開示FAQ(制度編)」を2021年1月18日に公表し、2026年5月12日に更新しています。
総会前開示
金融庁は「総会前開示を行うことについての現行法制上の整理」を公表しており、現行法制上の制約は基本的に存在しないという整理を示しています。論点として、基準日(会社法124条)、電子提供措置開始日(325条の3)、招集通知(299条)、計算書類の承認と報告(438条・439条)、剰余金配当の取締役会決議(459条)、法人税の確定申告期限(法人税法74条1項)が挙げられています。
一本化
3つ目が、事業報告等の作成そのものをなくす制度改正です。これは会社法の改正が必要になります。次章で扱います。
決算の締めから有報の提出まで何日かかっているか、監査報告書の日付をどこに置くか、電子提供措置開始日と招集通知の日程にどう収めるか。ここを1枚の日程表に落とすところからお手伝いします。上場準備会社の決算早期化の設計にも対応します。公認会計士・税理士が直接お受けします。初回のご相談は無料です。
📈 2年で1.8%から88.3%へ
2年で1.8%から88.3%です。制度が変わったからではなく、大臣要請と環境整備によって実務が動きました。
この変化は制度改正によるものではありません。環境整備と要請によるものです。金融庁は令和6年12月に「有価証券報告書の定時株主総会前の開示に向けた環境整備に関する連絡協議会」を設置し、令和7年6月まで議論を行いました。令和7年3月28日には、金融担当大臣が「株主総会前の適切な情報提供について」という要請を出しています。
あわせて、好事例集や有報レビューの調査結果が公表され、令和7年9月には相談窓口も開設されました。制度を変えずに実務を動かした事例として、この2年の動きは注目に値します。
市場区分による差
2026年3月期の実施率は、プライム市場94.3%、スタンダード市場83.8%、グロース市場76.1%です。グロース市場の会社は、上場から日が浅く、決算体制がまだ厚くない会社が多いことが背景にあると考えられます。逆に言えば、上場準備の段階から決算早期化に取り組んでおけば、上場後すぐに総会前開示に乗れるということです。
📅 提出期限と延長の根拠
延長承認の根拠を「24条1項ただし書」と書いている解説が多いのですが、正しくは本文の括弧書きです。ただし書は別の話です。
ここは誤記が多いところなので、条文を確認しておきます。金融商品取引法24条1項本文は、内国会社について当該事業年度経過後3月以内に有価証券報告書を提出しなければならないとしています。そして同じ本文の括弧書きに、やむを得ない理由により当該期間内に提出できないと認められる場合には、内閣府令で定めるところにより、あらかじめ内閣総理大臣の承認を受けた期間内、という定めが置かれています。
延長承認の根拠は、この本文の括弧書きです。24条1項ただし書は別の内容で、第3号・第4号有価証券について所有者数が政令で定める数に満たないとき等の提出義務免除の承認に関する規定です。ここを取り違えている解説をよく見かけます。
手続を定めているのは、企業内容等の開示に関する内閣府令15条の2です。承認申請書を財務局長等に提出し、承認を受けようとする期間、事業年度末日、承認を必要とする理由、周知方法を記載します。15条の2の2は外国会社についての規定なので、内国会社の根拠として引かないでください。
総会前に出す場合の添付書類
開示府令17条1項1号ロは、添付書類として会社法438条1項の書類を挙げ、定時株主総会に報告したものまたはその承認を受けたものとしたうえで、括弧書きで、有価証券報告書を定時株主総会前に提出する場合には報告しようとするものまたは承認を受けようとするもの、としています。総会前に出しても計算書類等を添付できることが府令上明記されているわけです。
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📝 総会前に出すときの記載上の留意点
金融庁は令和8年2月20日に、総会前提出時の実務上の留意点を示す資料を公表しています。要点は3つです。
ひとつめは、総会で決議予定の事項の概要等の記載が原則として不要とされたことです。ただし、自己株式の取得と剰余金の配当に関するものは別扱いになります。ふたつめは、決議予定の配当について、主要な経営指標等の推移、配当政策、株主資本等変動計算書関係注記で注記が必要とされていることです。
みっつめは、総会で議案が修正または否決された場合に臨時報告書を提出することです。開示府令19条2項9号の3が根拠として挙げられています。総会前に出した内容と総会の結果が食い違ったときの手当てです。
監査報告書の日付
実務でいちばん議論になるのが、会計監査人の監査報告書の日付をどこに置くかです。この点について、政府の一次情報では明確な記述を確認できませんでした。日本公認会計士協会が実務ガイダンスを公表していますので、監査法人と早い段階で協議してください。
⚖️ 法制審議会の中間試案
この2つが実現すれば、事業報告と有報の二重作成と二重監査がなくなります。ただし、まだ提案です。
法制審議会 会社法制(株式・株主総会等関係)部会は、令和7年4月23日に第1回を開き、令和8年3月18日に「会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案」を取りまとめました。第3部 第3が「事業報告等及び有価証券報告書の開示の合理化」です。
提案は2つです。ひとつは、上場会社が電子提供措置開始日までに事業報告等の開示事項をすべて記載した有価証券報告書を提出した場合には、事業報告等の作成を要しないものとすること。もうひとつは、会計監査人が有価証券報告書について金融商品取引法に基づく監査をした場合には、会社法上の監査をしたものとみなすことです。
この2つが実現すれば、二重作成と二重監査がなくなります。実務上の負担軽減という点では、これまでの一体的開示の取組みとは次元の違う話になります。
いまどこまで進んでいるか
中間試案についてのパブリックコメントは、2026年4月2日から5月22日まで実施されました。意見の概要は第15回部会(令和8年6月24日)に配布されています。第15回以降は、要綱案の取りまとめに向けた検討の段階です。
金融庁のディスクロージャーワーキング・グループの事務局説明資料(2026年5月18日)には、要綱案を2026年度中に取りまとめ、2028年3月期からの適用を目指して府省令等の改正を検討する旨の記載があります。ただし、これは目標であって決定ではありません。会社法改正法案はまだ提出されていません。
金融審議会側の議論
金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループは2025年12月26日に報告を公表しています。主題はスタートアップの資金調達、虚偽記載の責任、確認書などで、有価証券報告書の記載事項の整理については今後審議するとされました。この報告自体が一本化を決めたわけではありません。
🏢 上場準備会社が今からできること
上場後に総会前開示を求められることは、いまや前提として考えておくべきです。グロース市場でも76.1%が実施しています。上場した年からできるかどうかは、決算体制の設計次第です。
具体的には、決算日から連結財務諸表の確定までの日数を短くすること、監査法人が期中に手続を進められる体制にすること、そして事業報告と有報の記載を最初からそろえて作ることです。3つ目は上場前からできます。上場準備の段階で作るⅠの部やⅡの部の記載を、事業報告の作りと突き合わせておくと、上場後の作業がそのまま流れます。
会計監査人の監査報告書の日付と株主総会の日程の関係は、上場準備の段階で監査法人と話しておくべき論点です。上場後になってから調整すると、初年度から遅れます。関連する論点はIPO準備 完全ガイドで扱っています。
❓ よくある質問
A. なっていません。法制審議会の中間試案に提案として盛り込まれた段階で、会社法改正法案は提出されていません。
A. 義務ではありません。大臣要請と環境整備によって広がった任意の取組みです。2026年3月期は3月決算1,928社のうち88.3%が実施しました。
A. 添付できます。開示府令17条1項1号ロが、総会前に提出する場合について、報告しようとするものまたは承認を受けようとするものと定めています。
A. 金融商品取引法24条1項本文の括弧書きと、企業内容等の開示に関する内閣府令15条の2です。24条1項ただし書は提出義務免除の話で、延長の根拠ではありません。
A. 金融庁の留意点では、開示府令19条2項9号の3により臨時報告書を提出するとされています。
A. 中間試案に、会計監査人が有報について金商法監査をした場合に会社法上の監査をしたものとみなす提案が含まれています。現行制度ではありません。
A. 金融庁の事務局資料に、2028年3月期からの適用を目指して検討する旨の記載がありますが、目標であって決定ではありません。
A. 平成29年12月28日の取組文書と平成30年12月28日の支援文書は、内閣官房・金融庁・法務省・経済産業省の連名で公表されています。経済産業省のFAQは2026年5月12日に更新されています。
A. グロース市場でも76.1%が実施しています。できるかどうかは決算の早さと監査のスケジュール次第で、上場からの年数の問題ではありません。
📄 まとめ
一本化という言葉は3つの段階を指し得ます。記載内容をそろえる一体的開示、有報を総会前に出す総会前開示、事業報告等の作成をなくす制度改正です。実務として今できるのは前の2つで、3つ目はまだ制度になっていません。
総会前開示は2024年3月期の1.8%から2026年3月期の88.3%へと2年で様変わりしました。制度が変わったからではなく、環境整備と要請によるものです。提出期限の延長承認の根拠は24条1項本文の括弧書きと開示府令15条の2で、ただし書ではありません。
法制審議会の中間試案には、事業報告等の作成を不要とする提案と、金商法監査を会社法監査とみなす提案が盛り込まれています。要綱案の取りまとめに向けた検討が続いており、2028年3月期からの適用は目標として示されているにとどまります。制度を待たず、決算体制を先に整えておくのが現実的な備えです。
📚 参考(公的な一次情報)
- 内閣官房・金融庁・法務省・経済産業省「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示のための取組について」(平成29年12月28日)
- 金融庁・法務省「一体的開示をより行いやすくするための環境整備に向けた対応について」(平成29年12月28日)
- 金融庁「総会前開示を行うことについての現行法制上の整理」および総会前開示に関する各資料
- 金融商品取引法 24条1項、企業内容等の開示に関する内閣府令 15条の2、17条1項1号ロ、19条2項9号の3
- 法制審議会 会社法制(株式・株主総会等関係)部会「会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案」(令和8年3月18日)第3部 第3
- 金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告(2025年12月26日)および事務局説明資料(2026年5月18日)
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