※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。
「投資家との面談件数は増えた。でも、その結果が経営に生かされている実感がない」。IR部門や経営企画部門から、こうした悩みをよく聞きます。
結論からいえば、CGコードの2026年改訂は、株主との対話を会社の方針を一方的に説明する場ではなく、資本市場からの評価を経営に取り込み、経営判断の質を高める機会として位置付けています。本記事では、第1章に統合された対話の規定を整理し、対話結果を取締役会へ還元する仕組みと、意見を採る・採らないの判断の説明方法を解説します。
この記事の見出し
改訂で「株主との対話」はどう変わったか
今回の改訂では、従前のコードの第5章に置かれていた「株主との対話」に関する規定が、株主の権利・平等性等を定める第1章に統合され、株主との建設的な対話に関する原則が同章の冒頭に位置付けられました。改訂後の基本原則1は、上場会社はその持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきであるとしています。
図1 構成の変更はさておき、対話を会社が策定した経営方針を一方的に説明するための場と捉えるべきではないことが重要です。
構成の変更はさておき、重要なのは、株主との対話を会社が策定した経営方針を一方的に説明し、株主の理解を得るための場とのみ捉えるべきではないという点です。株主・投資家は、企業内部とは異なる視点から、資本市場における企業の評価、競合他社との比較、資本効率、事業ポートフォリオ等について意見を有しており、このような対話を通じて得られた指摘は、自社の経営戦略や経営資源の配分を客観的に検証するための重要な材料となり得ます。
図2 株主との対話は、資本市場からの評価を経営に取り込む機会として位置付けられています。
原則1-1が求める三つのこと
改訂後の原則1-1は、三つの内容で構成されています。第一に、株主からの対話の申込みに対しては、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するよう、合理的な範囲で前向きに対応すべきであり、取締役会は株主との建設的な対話を促進するための体制整備・取組みに関する方針を検討・承認し、開示すべきとされています。
第二に、株主との対話には、株主の希望と面談の主な議題も踏まえたうえで、合理的な範囲で、経営陣、社外取締役を含む取締役または監査役が臨むことを基本とすべきとされています。第三に、株主と行った対話の内容を踏まえ、必要に応じて社内で情報共有や検討を行うなど、適切に対応すべきとされています。
図3 改訂後の原則1-1の本文を、実務の論点に沿って三つに整理しました。
| 要素 | 原則1-1の内容 | 実務での確認ポイント |
|---|---|---|
| 体制と方針 | 前向きな対応。対話促進の方針を取締役会で検討・承認し開示 | 方針が実際の運用と一致しているか |
| 誰が臨むか | 議題に応じ、経営陣・社外取締役を含む取締役または監査役が基本 | テーマごとの担当を決めているか |
| 社内での対応 | 対話の内容を踏まえ、社内で情報共有や検討 | 取締役会まで論点が届いているか |
対話で得られるものは何か
基本原則1の解釈指針は、経営陣・取締役が、株主との対話を通じてその声に耳を傾けることは、資本提供者の目線からの経営分析や意見を吸収し、持続的な成長に向けた健全な企業家精神を喚起する機会を得る、ということも意味すると述べています。対話は、株主の理解を得るためだけの活動ではなく、経営にとって外部の視点を得る機会でもあるということです。
図4 株主・投資家は企業内部とは異なる視点から意見を持っています。
たとえば、会社が一定の現預金を保有することが事業上必要であると判断していたとしても、その必要性や将来的な活用方針が十分かつ合理的に説明されなければ、投資家からは資本を有効に活用していないと評価される可能性があります。また、会社が大規模なM&Aや設備投資を成長戦略として掲げている場合にも、その投資がどのような競争優位性を生み、どの程度の収益性を期待するものであるのかが十分に説明されなければ、投資家の理解を得ることは難しいでしょう。
意見に従うことと、検討することは違う
他方で、株主との対話は、株主から示された意見に経営陣がそのまま従うことを意味するものではありません。経営資源をどのように配分するかは、それぞれの企業の事業内容、成長段階、財務状況、リスク特性等を踏まえ、経営陣が自らの責任において判断すべき事項です。
たとえば、短期的な株主還元の拡大を求める意見があったとしても、中長期的な企業価値向上のために研究開発投資や人的資本投資を優先することが合理的な場合もあります。重要なのは、株主の意見を踏まえつつ、自社としてどのような経営判断を行うのかを主体的に検討し、その理由を具体的に説明することです。株主との対話は、経営判断を株主に委ねるものではなく、経営陣および取締役会が自らの判断を検証し、その質を高めるためのプロセスとして捉えるべきでしょう。
図5 対話は、株主から示された意見に経営陣がそのまま従うことを意味するものではありません。
| 対応 | 説明に含めたい内容 | 避けたい説明 |
|---|---|---|
| 意見を採る | 検討の経緯、実施内容、時期 | 意見を受けたことだけを示す |
| 一部を採る | 採る部分と採らない部分、それぞれの理由 | 結論だけを示す |
| 採らない | 企業価値向上の観点からの理由、代替策 | 「方針に変更はない」だけで終える |
対話の結果を経営に還元する仕組み
株主との対話を経営に活用するためには、その結果を社内に適切に還元する仕組みも重要となります。IR部門等が株主・投資家との面談を多数実施していたとしても、そこで示された意見が経営陣や取締役会に共有されなければ、対話を企業価値向上につなげることは難しいでしょう。
そのための一つの方法として、対話において示された主要な意見や問題意識を定期的に整理し、経営陣および取締役会に報告するとともに、必要に応じて経営戦略や経営資源配分の検証材料として活用することが望まれます。
図6 面談を担う部門から、経営陣と取締役会に定期的に報告する経路を決めておきます。
このように考えると、今回の改訂が想定する企業価値向上のプロセスは、「成長戦略の策定→経営資源の配分→実行→検証」という企業内部のPDCAのみで完結するものではありません。そこに「株主への説明→株主との対話→対話結果のフィードバック」というプロセスを組み込み、外部の視点も活用しながら成長戦略や経営資源配分を不断に検証していくことが考えられます。
図7 経営資源配分のPDCAに、株主への説明・対話・フィードバックの流れを組み込みます。
| 報告項目 | 内容の例 | 取締役会での使い方 |
|---|---|---|
| 対話の概要 | 時期、相手の属性、テーマ、対応者 | 対話の量と偏りを確認 |
| 主な意見 | 資本効率、還元、事業ポートフォリオ等 | 論点ごとに件数と重みを把握 |
| 社内の検討状況 | 担当部門の検討と結論 | 経営戦略・配分の検証材料に |
| 説明の改善 | 開示や説明会で伝えた内容 | 次の対話での確認事項を設定 |
論点を分解してから社内に届ける
対話の報告を、意見を並べただけの一覧で終わらせないことも大切です。たとえば投資家から現預金の使途を問われた場合、「将来投資に備えるため」と答えるだけでは、相手が何を懸念しているかが残りません。投資機会が見えていないのか、必要な手元資金の説明が足りないのか、投資の実行力を疑われているのか。問いを分解して初めて、経営側で検討すべき事項が見えてきます。
図8 たとえば現預金の使途を問われた場合、懸念の中身によって検討すべき事項が変わります。
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。
初回のご相談は無料です。お問い合わせはこちら
誰が対話に臨むか
原則1-1は、株主の希望と面談の主な議題も踏まえたうえで、合理的な範囲で、経営陣、社外取締役を含む取締役または監査役が臨むことを基本とすべきとしています。経営戦略や資本配分は経営陣、取締役会の監督や役員報酬、後継者計画は社外取締役、業績や開示の詳細はIR・財務部門というように、テーマに応じて対応者を決めておくと、相手の関心に的確に応えやすくなります。
図9 株主の希望と面談の主な議題も踏まえ、合理的な範囲で経営陣や社外取締役が臨むことを基本とします(原則1-1)。
社外取締役が対話に臨む場合には、事前に会社の状況や想定される質問を共有し、会社の公式見解と個人の意見をどう区別するかを確認しておくことが大切です。フェア・ディスクロージャー・ルールへの配慮も含め、事務局やIR部門が準備を支援する体制が望まれます。
対話に社外取締役が臨む機会が増えると、情報管理の面でも注意が必要になります。未公表の重要事実を特定の投資家にだけ伝えることがないよう、フェア・ディスクロージャー・ルールを踏まえた準備が欠かせません。面談の前に、話してよい範囲と公表済みの情報を確認し、面談後には記録を共有して、社内の説明に食い違いがないかを確かめます。
また、対話の相手は機関投資家だけではありません。個人株主からの質問や株主総会での発言も、株主の関心を知る重要な手掛かりです。総会の質疑の内容を整理し、取締役会に報告することも、対話の結果を経営に還元する取組みの一つといえます。
記録の残し方と説明への反映
対話を経営に生かすには、記録の残し方も工夫が必要です。面談件数や相手先の一覧だけでは、何が検討され、どう対応したかが分かりません。指摘の要旨、社内での検討、対応と説明を分けて記録しておけば、取締役会への報告にも、次の対話での説明にもそのまま使えます。
図10 指定様式ではありません。事実・評価・社内の対応を分けて記録する例です。
投資家の側にも、会社ごとの事情を尊重する姿勢が求められています。序文では、株主等のステークホルダーの側においても、コンプライ・オア・エクスプレインの手法の趣旨を理解し、会社の個別の状況を十分に尊重することが求められると説明されています。2025年6月にはスチュワードシップ・コードも改訂されており、双方が判断の前提を確かめることが、対話を深める土台になります。
対話方針の開示を見直す
原則1-1は、取締役会が株主との建設的な対話を促進するための体制整備・取組みに関する方針を検討・承認し、開示すべきとしています。多くの会社がCG報告書などで方針を開示していますが、内容が「IR担当役員を指定している」「決算説明会を開催している」といった体制の説明にとどまっている例も見られます。
改訂を機に、方針の中に対話の結果をどのように社内に還元し、経営に生かしているかを書き加えることを検討してはいかがでしょうか。たとえば、対話の主な意見を四半期ごとに経営会議と取締役会に報告していること、報告を受けて資本政策や開示を見直した事例があることなどを具体的に示せば、方針と運用のつながりが読み手に伝わります。
方針を見直す際には、実際の運用と一致しているかを確認することが前提です。開示した方針どおりに運用されていなければ、かえって信頼を損ないます。取締役会で方針を承認する際に、運用の実績もあわせて報告を受けるようにすると、方針と実態のずれを防げます。
IPO準備会社では、上場前から機関投資家との対話を経験する機会は限られます。それでも、上場時の投資家説明で受けた質問や指摘を記録し、上場後の経営に生かす仕組みを早めに作っておけば、上場後の対話を円滑に始められます。
実務上、つまずきやすい点
よくあるのは、IR部門が対話の記録を丁寧に残していても、それが経営会議や取締役会に報告されないケースです。報告の頻度と様式を決め、年間アジェンダに組み込んでおくことが重要です。
また、投資家の意見を「株主還元を増やせという要求」とひとくくりにしてしまい、背景にある懸念を読み取れていないケースもあります。対話の担当者が、相手の問いの背景を確認する質問を準備しておくと、社内に届ける論点の質が高まります。
- 対話促進の方針を取締役会で検討・承認し、開示しているか
- 議題に応じて、経営陣や社外取締役が対話に臨む体制があるか
- 対話の主な意見を、定期的に経営陣と取締役会へ報告しているか
- 意見を採らない場合の理由を、具体的に説明できるか
- 対話の記録を、指摘・検討・対応に分けて残しているか
よくある質問
対話は意見にそのまま従うことを意味しません。中長期的な企業価値向上の観点から主体的に検討し、採る場合も採らない場合も理由を説明することが重要です。
原則1-1は、議題に応じて合理的な範囲で社外取締役を含む取締役が臨むことを基本としています。監督や報酬などのテーマでは、社外取締役の対応が有効な場合があります。
個別の対話内容の開示が求められるわけではありません。対話を踏まえた検討の結果や考え方を、開示や説明会で伝えることが考えられます。
一律の基準はありませんが、決算発表後や株主総会後など対話が集中する時期の後に、定期的に報告する例が考えられます。
最初の一歩は、直近の対話記録を論点に分けること
取組みの出発点として、直近の決算説明後に行った面談の記録を集め、資本効率、株主還元、事業ポートフォリオ、ガバナンスなどの論点に分けて整理してみることをお勧めします。繰り返し指摘されている論点があれば、それを取締役会で議論すべき最初のテーマとして取り上げます。
まとめ
2026年改訂は、株主との対話を一方的な説明の場ではなく、外部の視点を経営に取り込む機会として位置付けました。対話の結果を経営陣と取締役会に還元し、成長戦略や経営資源配分の検証材料として使う。意見を採る場合も採らない場合も理由を説明する。この循環を回すことが、改訂後の対話の実務の要点です。
対話の記録と報告の仕組み、取締役会での検証の進め方、説明資料の見直しまで、現在の運用を基に論点を整理します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
本記事の根拠
- コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)(序文、基本原則1・原則1-1および各解釈指針)
- コーポレートガバナンス・コード改訂(2026年)の概要
- 新谷亜紀子・福田輝人・金子慧史・日野雄介「コーポレートガバナンス・コード改訂版の解説」『経理情報』No.1787(2026年9月20日号)42〜46頁
- 樋口隆明「CGコード改訂に伴う成長投資を実現する取締役会」『経理情報』No.1787(2026年9月20日号)47〜50頁
免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。