※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。
「成長投資を増やせと言われても、何をどこまで取締役会で議論すればよいのか」。CGコードの2026年改訂を受けて、経営企画や取締役会事務局からこうした声が聞かれます。
結論からいえば、問われているのは投資額の大きさではなく、成長の道筋に沿って経営資源を配分し、その配分が適切かを取締役会が不断に検証しているかどうかです。本記事では、改訂後の原則4-1・4-2の要点を整理し、取締役会が確認すべき問いと、説明の組み立て方を図解します。
この記事の見出し
改訂で何が変わったか|原則4-1と原則4-2
2026年改訂の主要項目の一つが「経営資源の配分」です。改訂後の原則4-1は、取締役会が会社の目指すところ(経営理念等)を確立し、それに向けた成長の道筋を構築するなど、戦略的な方向付けを行うことを主要な役割・責務の一つと位置付けています。
あわせて、経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、自社の資本コストを踏まえて収益計画や資本政策の基本的な方針を示し、成長投資(設備・研究開発・人的資本・知的財産等の無形資産への投資等)や事業ポートフォリオの見直し等の経営資源の配分等に関し、具体的に何を実行するのかについて説明を行うべきとしています(原則4-1)。
さらに原則4-2では、取締役会が、自社の経営資源の配分が成長の実現を目指して策定・公表した経営戦略や経営計画に照らし適切なものとなっているかについて、不断に検証を行うべきとされました。当局の解説によれば、改訂前の関連する原則や補充原則の内容を、改訂版の原則4-1・4-2とその解釈指針に統合・整理したものです。
図1 目標値だけでなく、目指す姿から成果までの因果を一続きで説明できるかが問われます。
| 原則 | 改訂後の主な内容 | 取締役会の実務 |
|---|---|---|
| 原則4-1 | 成長の道筋を構築し、資本コストを踏まえた方針と目標を示し、成長投資等で何を実行するかを説明 | 経営戦略・計画を建設的に議論し、説明内容を確認する |
| 原則4-2 | 適切なリスクテイクを支える環境整備、経営資源配分の不断の検証、報酬のインセンティブ付け | 配分が戦略・計画に照らし適切かを定期的に検証する |
| 解釈指針 | 現預金等の金融資産や実物資産等の有効活用などを例示 | 例示を手掛かりに、自社の検証の観点を決める |
実務では、改訂前の原則や補充原則に沿って作成してきた説明文を、そのまま新しい原則番号に当てはめるだけで済ませないことが大切です。改訂後の原則4-1は、目標の提示に加えて「具体的に何を実行するのか」の説明を求めています。目標と実行策のつながりが説明できているかを、改めて点検する必要があります。
背景にある「資本コストや株価を意識した経営」
この改訂は単独で行われたものではありません。東京証券取引所は2023年3月、プライム市場とスタンダード市場の全上場会社に対し、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を要請しました(PBR1倍割れは改善が必要な状態の目安の一つとされています)。その後も、投資者の視点を踏まえたポイントと事例を公表するなど、計画の策定・開示にとどまらず、株主・投資者との対話を踏まえて取組みを継続的に見直すことを促してきました。
多額の現預金を保有しながら十分な成長投資が行われていないという指摘は根強く、PBRが十分に企業価値を反映しない水準にとどまっている背景として、資本コストを必ずしも意識していない経営も問題視されてきました。今回の改訂は、「資本コストを意識した経営」をガバナンスの観点から具体化し、「ガバナンスを通じて企業価値を向上させること」を明確に打ち出したものと評価されています。
「成長の道筋」とは何を示すことか
改訂後の原則4-1が求めるのは、中期経営計画を策定するだけでなく、「どのような成長を目指し、そのためにどのような資源を投入するのか」を具体的に示すことです。従来も多くの上場会社が中期経営計画を公表してきましたが、売上高や利益目標の提示にとどまり、投資計画や資本政策との関係が十分に説明されていない例も少なくありませんでした。
たとえば「海外市場への展開を強化する」という方針を掲げるだけでは足りません。それに必要な投資規模、人材配置、組織体制、資本政策などを含め、一貫した成長シナリオを示すことが望まれます。
図2 経営資源の例です(経理情報の実務解説を参考に作成)。何をどの組合せで使うかを検討します。
取締役会としては、こうした成長戦略が十分かつ具体的な分析に基づいて策定されているかを審議し、その実現可能性について継続的にモニタリングする必要があります。他方で、今回の改訂の趣旨を「積極投資を行えばよい」と読むべきではありません。投資には常にリスクが伴うため、リスクとリターンのバランスを踏まえた合理的な判断がなされているかを確認することが求められます。
経営資源と成長投資の範囲
企業が保有する経営資源には、現預金、有利子負債、人材、知的財産、設備、ブランドなどさまざまなものが含まれます。原則4-2の解釈指針では現預金の有効活用に言及されていますが、これはあくまで例示です。これらをどのように配分するかは、本来、経営陣による重要な経営判断であり、事業特性や成長段階、取り巻く状況により異なり得ます。
図3 原則4-1は設備・研究開発・人的資本・知的財産等の無形資産への投資を例示しています。
ここでいう「成長投資」は、設備投資やM&Aに限定されるものではありません。近年では、人的資本への投資、DX・AI関連投資、研究開発投資、GX(グリーントランスフォーメーション)への投資、知的財産への投資など、企業価値向上に資する投資対象は多様化しています。どの投資が最適かに一律の正解は存在しません。重要なのは、自社の競争優位性を踏まえ、どのような経営資源へ重点的に投資するのかを経営陣が合理的に説明し、取締役会がその妥当性を検証することです。
図4 「海外市場への展開を強化する」と掲げるだけでなく、必要な資源を具体的に示します。
| 経営資源 | 検討の観点 | 説明で示したい内容 |
|---|---|---|
| 現預金 | 必要な手元資金の水準 | 保有の理由と、余剰の使途の方針 |
| 有利子負債 | 財務の健全性と資本コスト | 負債活用の考え方と上限の目安 |
| 人材 | 戦略の実行に必要な人材 | 採用・育成・配置の計画 |
| 知的財産・ブランド | 競争優位の源泉か | 投資・活用の方針と成果の測り方 |
| 設備 | 稼働と更新の時期 | 投資規模と回収の見込み |
経営資源ごとに検討の観点を整理しておくと、取締役会の議論が個別の投資案件の承認に偏るのを防げます。たとえば人材であれば、成長戦略の実行に必要な人材が確保できるかという観点から、採用や育成の計画を投資計画と一緒に議論します。設備投資だけを先に決め、運用する人材の手当てが後回しになると、期待した成果は出にくくなります。
また、配分の議論では「何に使うか」だけでなく「何をやめるか」も同じ重みで扱うことが重要です。事業ポートフォリオの見直しは原則4-1でも明示されています。資本コストを下回る事業や、戦略上の位置付けが薄れた資産から資源を引き揚げ、成長分野へ振り向ける判断も、経営資源配分の重要な一部です。
取締役会の検証ポイント
取締役会が投資案件を審議する際には、承認の可否だけでなく、判断の根拠と見直しの条件を確認しておくことが重要です。実務では、次の四つの問いに対する答えを議事録や審議資料に残しておくと、後の検証に使いやすくなります。
図5 承認の可否だけでなく、判断の根拠と見直しの条件を確認します。
| 確認する問い | 経営陣に求める説明 | 取締役会が見る資料の例 |
|---|---|---|
| なぜこの投資か | 戦略・競争優位との関係 | 中期経営計画、事業別の分析 |
| どれだけの資源を | 投資規模、時期、資金の手当て | 投資計画、資金繰り、資本政策 |
| 何をもって成功か | 成果指標、資本コストとの比較 | KPI、ROIC等の指標、回収見込み |
| 想定と違ったら | 見直し・撤退の条件と判断時期 | モニタリング計画、撤退基準 |
現預金の保有は「必要性と合理性」で説明する
多額の現預金を保有し続けること自体が否定されるわけではありません。適正な水準の現預金等を確保することも適切な経営資源の配分といえますが、保有の必要性・合理性を説明することが求められます。
改訂が求めているのは、あくまでも企業戦略に照らして経営資源の配分を適正化することです。どのような配分が適正なのかは会社の判断に委ねられていますが、その判断については後述する「不断の検証」が求められるとともに、ステークホルダーに対して具体的に説明することが従前以上に期待されます。
図6 保有自体は否定されません。必要性と合理性を説明できるかが要点です。
投資判断にあたっては、資本コストや資本収益性との整合性も重要な観点となります。近年は東証による資本コストを意識した経営の要請もあり、経営資源配分については、ROEやROIC等の指標との関係も踏まえた議論が一層重要になると考えられます。
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「不断の検証」をどう回すか
原則4-2の解釈指針でも、不断の検証の重要性が強調されています。従来の実務では、中期経営計画を策定した後、その達成状況を毎年報告するにとどまる例も少なくありませんでした。しかし、経営環境が急速に変化する現在においては、一度決定した経営資源配分を前提とし続けることは適切ではない場合があり得ます。
たとえば、市場環境が変化した場合には設備投資計画を縮小することも、逆に成長機会が生じた場合には追加投資を行うこともあり得ます。重要なのは、取締役会が「なぜその投資を行うのか」「当初想定した成果は得られているのか」「計画の見直しは必要か」といった事項を定期的に確認し、必要に応じて経営陣に説明や見直しを求めることです。
図7 検証の結果を次の配分へ戻すところまでが一つのサイクルです。
「成長戦略の策定→経営資源の配分→実行→検証」というPDCAサイクルが適切に機能することにより、成長戦略の実効性が高まり、企業価値向上につながることが期待されています。なお、不断の検証について、その検証内容や検証結果までの開示は求められていません。開示しなくとも、エクスプレインが必要となるわけではない点も押さえておきます。
図8 結果の良し悪しだけでなく、計画の前提と実行のどちらにずれがあったかを分けます。
経営資源配分をどう説明するか
近年、M&A、株主還元、負債の返済等に企業が創出するキャッシュをどのように配分するかを示す「キャピタルアロケーション」の考え方を、中期経営計画や統合報告書等で示す企業が増加しています。こうした開示は、企業の成長戦略と資本政策との関係を株主・投資家にわかりやすく示すうえで有用であり、経営資源配分についての説明を充実させる一つの方法となり得ます。
しかし、企業の事業内容、成長段階、財務状況等はさまざまであり、経営資源の適切な配分のあり方も企業ごとに異なります。今回の改訂は、すべての上場会社に対していわゆるキャピタルアロケーションやキャッシュアロケーションを策定し、これを一定の形式で開示することまで一律に求めるものではありません。重要なのは名称や図表の有無ではなく、自社の中長期的な企業価値向上に向けて、どのような経営資源の配分が適切であるかを取締役会が検討し、それを具体的に提示することです。
図9 キャピタルアロケーションの図表は有力な選択肢ですが、一律の形式で開示することまでは求められていません。
中期経営計画の見直しにどう反映するか
改訂への対応は、次の中期経営計画の策定を待たずに始められます。現行の計画について、目標値と投資計画、資本政策の関係が説明できているかを点検し、不足している部分を取締役会で議論して、決算説明や統合報告書で補足する方法が考えられます。
点検の際には、計画の各施策について「どの経営資源を、どれだけ、いつまでに投入するのか」と「その結果、どの指標がどう変わるのか」の二点が対応しているかを確認します。施策が並んでいても投入する資源が示されていなければ、成長の道筋としては説明が不十分です。逆に、投資額は示されていても期待する成果が示されていなければ、検証の基準がありません。
次の計画を策定する段階では、取締役会が早い段階から議論に関与することが望まれます。経営陣が作成した計画案を最後に承認するだけでは、成長の道筋の構築に取締役会が関与したとは言いにくいでしょう。前提となる市場環境や資本コストの認識、重点とする事業の選択といった骨格の段階で議論の機会を設けると、社外取締役の知見も生かしやすくなります。
計画期間中の見直しも重要です。経営環境の変化が大きい場合、計画を固定したまま進めるより、前提の変化を取締役会で確認し、必要に応じて投資計画や目標を修正するほうが、株主に対しても誠実な説明になります。その際は、何が変わり、なぜ修正したのかを具体的に説明することが求められます。
企業実務への影響
従来は、取締役会において個別案件の承認が中心となり、中長期的な資本配分や成長戦略について十分な時間を割けていない企業も少なくありませんでした。今後は、取締役会において「成長の道筋」を含む企業戦略の大きな方向性を議論することや、経営資源の配分の適切さについて議論・継続検証することが従来以上に求められます。
具体的な取組みとして、年間の取締役会運営において、経営戦略、資本政策、人的資本投資、研究開発投資、M&Aなどを定期的な議題として位置付けることが考えられます。そのためには、経営企画部門、財務部門、IR部門、事業部門が連携し、同じ前提で整理した情報を取締役会に届ける体制が欠かせません。
図10 各部門の情報を同じ前提で揃え、取締役会の検証材料にします。
IPO準備会社にとっても、この考え方は参考になります。上場審査では事業計画の合理性が確認されますが、上場後は計画の前提と実績の差を説明し続けることになります。投資判断の根拠と事後の検証を記録する習慣を早くから作っておくことが、上場後の説明責任を果たす土台になります。
- 中期経営計画で、目標値と投資計画・資本政策の関係を説明しているか
- 成長投資の対象に、人的資本や知的財産など無形資産を含めて検討しているか
- 現預金の保有について、必要性と合理性を説明できるか
- 投資案件ごとに成功の基準と見直しの条件を記録しているか
- 経営資源配分を取締役会の定期議題として検証しているか
よくある質問
一定の形式での開示が一律に求められているわけではありません。有力な選択肢の一つですが、自社の事業特性に応じた適切な説明方法を検討することが望まれます。
検証内容や検証結果までの開示は求められていません。ただし、取締役会で検証した事実を説明できるよう、議事録や資料に記録を残しておくことが有用です。
保有自体は否定されません。事業に必要な手元資金、具体的な投資予定などを区分し、資本コストを踏まえて保有の必要性と合理性を説明できるかが要点です。
「積極投資を行えばよい」という趣旨ではありません。リスクとリターンのバランスを踏まえた合理的な判断がなされ、その配分が継続的に検証されていることが重要です。
最初の一歩は、直近の投資案件を事後レビューすること
取組みを始める際は、直近1〜2年で承認した主要な投資案件を一つ選び、承認時の前提と現在の状況を並べてみることをお勧めします。前提がどこまで維持されているか、成果指標の測定ができているかを確認すれば、検証の仕組みに何が足りないかが具体的に見えてきます。
まとめ
2026年改訂は、取締役会に成長の道筋の構築と経営資源配分の不断の検証を求めています。投資額の多寡ではなく、なぜその配分なのかを説明し、前提の変化に応じて見直す仕組みがあるかが問われます。四つの問いとPDCAを取締役会運営に組み込み、その判断を株主との対話で具体的に説明することが実務の要点です。
中期経営計画と投資計画・資本政策のつながり、取締役会での検証の仕組み、開示資料の整合まで、現在の資料を基に論点を整理します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
本記事の根拠
- コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)(原則4-1・4-2および各解釈指針)
- コーポレートガバナンス・コード改訂(2026年)の概要
- 東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(2023年3月31日)
- 新谷亜紀子・福田輝人・金子慧史・日野雄介「コーポレートガバナンス・コード改訂版の解説」『経理情報』No.1787(2026年9月20日号)42〜46頁
- 樋口隆明「CGコード改訂に伴う成長投資を実現する取締役会」『経理情報』No.1787(2026年9月20日号)47〜50頁
免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。