創業社長が、本業とは別に会社をもうひとつ持っている。役員が知人の会社の取締役を兼ねている。上場準備に入ると、こうした兼務や別会社の存在が必ず論点になります。
会社法356条1項1号の競業取引です。取締役会の承認がないまま続いていれば、それだけで手続の不備になります。しかも承認を欠いた場合には、得た利益の額が会社の損害の額と推定されるという重い規定が用意されています。この記事では、どこからが競業に当たり、何をすれば足りるのかを条文に沿って整理します。
- 事業の部類に属する取引とは何を指すのか(会社法356条1項1号)
- 競合する会社の代表取締役に就任する場合も承認が要ること
- 完全親子会社の間では承認が不要とされていること
- 承認を欠いた場合の損害額の推定(423条2項)
この記事の見出し
条文はどう書いているか
会社法356条1項1号は、取締役が自己または第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、株主総会において当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならないと定めています。取締役会設置会社では、365条1項により株主総会が取締役会に読み替えられます。
自己または第三者のために、という言い方が2つの場面を捉えています。自分の名前で取引をする場合と、他社の代表者や代理人として取引をする場合です。つまり、取締役が競合する会社の代表取締役に就任し、その会社として取引をすれば、それも競業取引です。
この規制の狙いは、取締役が会社の営業情報や技術を使って、自分または第三者のために事業を行うことで会社の利益が害されるのを防ぐことにあります。忠実義務の具体化です。
どこからが事業の部類に属するのか
条文は事業の部類としか言っておらず、線引きは解釈に委ねられています。実務では、商品やサービスの内容、対象とする顧客層、営業の地域が競合しうる市場かどうかで判断します。定款の目的欄に同じ文言があるかどうかではありません。実際に競合しうるかを見ます。
注意したいのは、現に競合していなくても、会社がこれから進出しようとしている市場であれば対象になり得ることです。事業計画で3年後に参入すると決めている領域で、社長が個人の会社を通じて先に事業を始めれば、会社の機会を奪ったことになります。
逆に、承認が不要とされている場面もあります。完全親子会社の関係では、実質的に利害の対立も忠実義務違反のおそれもないため、承認はいらないと解されています。100パーセント子会社の代表取締役を親会社の取締役が兼ねる場合が典型です。
承認の受け方
取引をしようとするときに、重要な事実を開示して承認を受けます。開示するのは、取引の相手方、商品やサービスの内容、取引の規模、期間、会社の事業とどう競合しうるのかといった事情です。
継続的な取引や、競合会社の役員に就任する場合は、個々の取引ごとに承認を取ることが現実的ではありません。そこで実務では、対象となる事業の範囲と期間を区切って包括的に承認し、定期的に実績を報告する形をとります。範囲を書かずに、あらゆる競業を承認する、といった決議は承認として意味を持ちませんので避けてください。
決議の際、当該取締役は会社法369条2項の特別の利害関係を有する取締役に当たりますので、議決に加わることができません。定足数の計算からも外れます。議事録には、その取締役の氏名を記載します(施行規則101条3項5号)。
取引の後は報告する
会社法365条2項は、356条1項各号の取引をした取締役は、取引後、遅滞なく、その取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならないと定めています。1号の競業取引も含まれます。
包括承認をしている場合は、四半期ごとや年度ごとに実績をまとめて報告する運用が一般的です。報告の内容は議事録に残します。施行規則101条3項6号イが、365条2項により取締役会で述べられた意見または発言の概要を記載事項としています。
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承認を欠いた場合の重い効果
会社法423条2項は、取締役が356条1項の規定に違反して同項1号の取引をしたときは、その取引によって取締役または第三者が得た利益の額を、423条1項の損害の額と推定すると定めています。
これは実務上とても重い規定です。通常であれば、会社が損害の額を立証しなければなりません。しかし競業取引では、取締役や別会社が得た利益の額を示せば、それがそのまま損害の額と推定されます。取締役の側が、会社に損害は生じていないことを立証しなければ覆せません。
利益相反取引の423条3項が任務懈怠を推定するのに対し、競業取引の423条2項は損害の額を推定します。推定する対象が違いますので、条文を引くときに混同しないでください。
| 項目 | 競業取引 | 利益相反取引 |
|---|---|---|
| 条文 | 356条1項1号 | 356条1項2号・3号 |
| 推定の対象 | 得た利益の額を損害の額と推定(423条2項) | 任務を怠ったものと推定(423条3項) |
| 民法108条 | 規定なし | 承認を受けた取引には適用しない(356条2項) |
| 無過失責任 | なし | 自己のためにした直接取引にあり(428条1項) |
上場準備では、承認より整理が先に来る
ここまで手続の話をしてきましたが、上場準備の現場では、承認を取れば済むという話にはなりません。証券会社の引受審査では、社長が別会社を持っていること自体が論点になります。経営資源の分散、利益移転の疑い、取引の透明性が問われるためです。
実際の選択肢は3つです。ひとつは、別会社を本体に取り込むこと。事業譲渡か合併か株式取得かは、税務と会計を含めて設計します。ふたつめは、別会社を第三者に譲渡し、社長が関与から完全に抜けること。みっつめは、競合しない事業であることを説明し、取締役会の承認と定期報告を整えたうえで残すことです。3つめが選べるのは、事業内容と顧客がはっきり分かれている場合に限られます。
どの道を選ぶにせよ、時間がかかります。申請期に入ってから着手すると間に合いません。直前々期のうちに方針を決めてください。並行して、役員に対する年1回の兼務状況の調査票を運用に載せます。就任時だけでなく、在任中に新たな兼務が生じたときに会社が把握できる仕組みが要ります。
なお、退任後の競業について会社法に規定はありません。制限したい場合は、委任契約や誓約書に競業避止の条項を置くことになります。期間、地域、対象業務を合理的な範囲に絞らないと、条項自体が無効と判断されることがありますので、内容は個別に検討してください。
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❓ よくある質問
A. 事業の部類に属する取引に当たらなければ、会社法356条1項1号の承認は不要です。ただし上場準備では、承認の要否とは別に、経営資源の分散や取引の透明性の観点から説明を求められます。
A. 完全親子会社の関係では、実質的な利害の対立がないため承認は不要と解されています。ただし持分が100パーセントでない子会社では、承認を取っておくのが安全です。
A. 事後の承認で手続を整えることは可能ですが、423条2項の推定の適用まで消えるわけではありません。取引の内容と会社への影響を確認したうえで、取締役会に報告して記録を残し、以後の運用を整えてください。
📄 まとめ
競業取引は、取締役が自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をする場合です。競合する会社の代表取締役に就任することも含まれます。取締役会の承認を受け、取引の後に報告します。
承認を欠いて競業取引をすると、取締役や第三者が得た利益の額が会社の損害の額と推定されます。上場準備では、承認を整えるだけでなく、別会社を取り込むか手放すかという整理そのものが問われますので、直前々期のうちに方針を決めてください。
⚖ 本記事の根拠
- 会社法356条1項1号(事業の部類に属する取引についての承認)
- 会社法365条1項(取締役会設置会社における読替え)、同条2項(取引後の報告義務)
- 会社法423条2項(取締役または第三者が得た利益の額を損害の額と推定)
- 会社法369条2項(特別の利害関係を有する取締役は議決に加われない)
- 会社法施行規則101条3項5号・6号イ(議事録の記載事項)
- 完全親子会社の間では承認を要しないとする判例および通説の理解
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。
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