医療法人は剰余金の配当が禁止され、持分なしであれば解散時の残余財産も国等に帰属します。蓄積した財産を医療に関わらない子どもに残す手段が、事実上ありません。
この問題に対するひとつの答えとして使われるのが、いわゆるMS法人です。一般的な株式会社ですので、配当も株式の贈与も自由に行えます。
ただし、取引には経済的な合理性が必要で、役員の兼務や関係事業者としての報告義務、消費税の負担といった論点がついてまわります。この記事では、相続対策としての使い方と、あわせて確認すべき点を整理します。
- 医療法人では医療に関わらない親族に財産を残せない理由
- クリニックの不動産をMS法人が保有する形の意味
- 株式を内部留保が蓄積する前に移転すべき理由
- 経済的合理性がなければ取引が否認されること
- 役員兼務、関係事業者の報告、消費税という3つの論点
図 MS法人の活用の判定(医療法および相続税法にもとづき作成)
この記事の見出し
📌 医療法人では家族に財産を残せない
医療法人には、株式会社にはない制約があります。医療法54条により剰余金の配当が禁止されており、持分なし医療法人であれば医療法44条5項により解散時の残余財産も国等に帰属します。
つまり、医療法人に蓄積した財産は、役員報酬と役員退職金という形でしか外に出せません。そしてそれらは、医療に従事している理事に対して、その職務の対価として支払われるものです。医療に関わらない子どもに財産を移す手段としては使えません。
後継者となる子には医療法人を承継させるとしても、それ以外の子に何を残すのか。この問題に対するひとつの答えとして使われるのが、いわゆるMS法人です。
MS法人は一般的な株式会社ですので、配当も株式の贈与も自由に行えます。医療法人ではできないことができるという点に、相続対策としての意味があります。
📌 不動産をMS法人が保有する形
典型的な形は、クリニックの土地建物をMS法人が保有し、医療法人に賃貸するというものです。医療法人が支払う家賃がMS法人の収益となり、MS法人に利益が蓄積していきます。
この形にはいくつかの意味があります。ひとつは、医療法人の外に資産を置けることです。医療法人が保有する不動産は、解散時に持分なしであれば国等に帰属しますが、MS法人が保有していれば株主のものです。
もうひとつは、株式という形で移転しやすくなることです。不動産そのものを贈与するには登記が必要で、不動産取得税や登録免許税もかかります。株式であれば、その負担なく移転できます。
ただし、家賃の設定には注意が必要です。医療法人がMS法人に支払う家賃は、時価つまり周辺の実勢価額でなければなりません。高すぎれば医療法人の側で損金として認められず、安すぎればMS法人に利益が残りません。近隣の募集物件の資料や不動産会社の査定など、算定の根拠を支払の時点で残しておいてください。
📌 株式は早いうちに移す
MS法人の株式は、取引相場のない株式として評価されます。医療法人の出資持分と同じく、利益が蓄積して純資産が大きくなるほど評価額は高くなります。
したがって、株式を親族へ移転するのであれば、内部留保が積み上がる前、つまり設立から間もない時期が有利です。設立時に出資して株主になってもらう、あるいは早い段階で贈与するという方法があります。
相続時精算課税を使う場合には、贈与時の価額で相続財産に加算されますので、評価額が低い時点で贈与しておけば、その後の値上がり分は相続税の対象になりません。租税特別措置法70条の3の2により、令和6年1月1日以後の贈与については年110万円の基礎控除も使えます。
注意したいのは、設立してから何年も経ってから対策を思い立つケースです。すでに数千万円の内部留保が積み上がっていれば、株式の評価額もそれに応じて高くなっており、移転のコストは大きくなります。MS法人を設立するのであれば、株式を誰が持つかを設立の段階で決めておくべきです。
表 承継のしやすさの比較
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📌 節税だけを目的にすると否認される
ここまでMS法人の利点を説明してきましたが、前提として押さえておくべきことがあります。MS法人との取引には、経済的な合理性が必要だということです。
実態のない業務委託や、必要のない賃貸借を作り出して利益を移転するだけであれば、その取引は否認されます。医療法人の側では支払った金額が損金として認められず、MS法人の側では収益として課税されるという、二重の負担が生じます。
また、医療法人の役員がMS法人の役員を兼ねることは、医療法人の非営利性という観点から適当でないとされています。都道府県の運営管理指導要綱にこの考え方が示されており、指導を受けた際に是正を求められることがあります。
さらに、医療法51条1項により、関係事業者との取引の状況に関する報告書を毎会計年度終了後2月以内に作成し、医療法52条1項により3月以内に都道府県知事へ届け出る必要があります。取引の内容は行政に把握されるということです。
そして忘れられがちなのが消費税です。医療法人がMS法人に支払う家賃や業務委託料には消費税がかかりますが、医療法人の収入の大部分を占める社会保険診療は非課税ですので、これに対応する課税仕入れは仕入税額控除の対象になりません。グループ全体では消費税の負担が増えます。
📌 設立と維持のコストも見る
MS法人を設立するには、登録免許税や司法書士報酬がかかります。設立後も、毎年の税務申告に係る税理士報酬、法人住民税の均等割、社会保険の手続きといった維持コストが発生します。
また、昭和61年の医療法改正により一人医師医療法人の制度ができてからは、医療法人の設立が容易になりました。以前にMS法人が使われていた場面の多くは、医療法人で対応できるようになっています。
MS法人を検討するのは、医療法人ではどうしてもできないことがある場合に限られます。医療に関わらない親族に財産を残したい、という相続対策はその代表例です。目的が明確でないまま設立すると、コストだけが残ります。
図 検討の手順
誰に何を残すのかという出発点から、MS法人が本当に必要か、必要ならどう組むかを整理します。設立の前の段階からご相談ください。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っている公認会計士・税理士が直接対応します。初回のご相談は無料です。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
❓ よくある質問
A. 医療法人でできることであれば、MS法人を設立する必要はありません。一人医師医療法人の制度ができてからは、以前にMS法人が使われていた場面の多くが医療法人で対応できるようになっています。医療に関わらない親族に財産を残したいなど、医療法人ではどうしてもできない目的がある場合に検討してください。
A. 相続対策として使うのであれば、設立の段階で後継者以外の親族に持たせておくことが有効です。株式の評価額は内部留保の蓄積に応じて上がりますので、後から移転しようとするとコストが大きくなります。設立時に株主構成を決めておいてください。
A. 周辺の実勢価額です。近隣の募集物件の資料や不動産会社の査定など、算定の根拠を支払の時点で残しておいてください。高すぎれば医療法人の損金として認められず、安すぎればMS法人に利益が残りません。
A. 医療法人の非営利性という観点から適当でないとされています。都道府県が医療法人を指導監督する際の運営管理指導要綱にこの考え方が示されており、指導を受けた際に是正を求められることがあります。
A. 取引の金額が一定の基準に達する場合、関係事業者との取引の状況に関する報告書に記載する必要があります。医療法51条1項により毎会計年度終了後2月以内に作成し、医療法52条1項により3月以内に都道府県知事へ届け出ます。金額の基準は医療法施行規則32条の6第2号が取引の種類ごとに定めています。
📄 まとめ
医療法人は剰余金の配当ができず、持分なしであれば解散時の残余財産も家族には戻りません。医療に関わらない親族に財産を残す手段として、株式会社であるMS法人が使われることがあります。
クリニックの不動産をMS法人が保有して医療法人に賃貸する形が典型です。株式という形で移転しやすく、内部留保が蓄積する前に親族へ移しておけば、その後の値上がり分は相続税の対象になりません。
ただし、取引には経済的な合理性が必要で、家賃や業務委託料は時価でなければなりません。医療法人の役員との兼務は非営利性の観点から適当でないとされ、関係事業者としての報告義務もあります。仕入税額控除ができない消費税の負担も含めて、設立の前に全体を設計してください。
⚖ 本記事の根拠法令
- 医療法54条(医療法人は、剰余金の配当をしてはならない)、同法44条5項(残余財産の帰属すべき者)
- 医療法51条1項、同法52条1項(毎会計年度終了後3月以内に都道府県知事へ届出)、医療法施行規則32条の6(関係事業者の範囲および報告の対象となる取引の金額基準)
- 医療法人の役員が取引関係にあるMS法人の役員を兼ねることが非営利性の観点から適当でないとされることは、都道府県が医療法人を指導監督する際の運営管理指導要綱によります
- 相続税法21条の9(相続時精算課税の選択)、同法21条の12第1項1号(特別控除2,500万円)
- 租税特別措置法70条の3の2
- 法人税法22条(各事業年度の所得の金額の計算)、同法37条(寄附金の損金不算入)
- 消費税法6条1項および別表第二第六号(社会保険診療等の非課税)、同法30条(仕入れに係る消費税額の控除)
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。
このテーマの全体像は医療法人と開業医の税務|法人化から役員報酬・承継までにまとめています。