医療法人化のメリットは語られることが多い一方で、法人にすると何を失うのかはあまり整理されていません。
医療法人は剰余金の配当が禁止されており、法人に残した利益を配当として受け取ることはできません。解散したときの残余財産も出資者には戻らず、国や他の医療法人などに帰属します。
この記事では、法人化によって使えなくなる制度と、法人に蓄積した財産をめぐる制約、そして運営の手続の負担を整理します。判断はメリットとあわせて行ってください。
- 剰余金の配当が禁止されていることの意味と、その広がり
- 解散したときに残余財産が出資者に戻らないこと
- 医療法人の役員は小規模企業共済に加入できないこと
- 毎年の届出と役員改選など運営の手続の負担
図 医療法人化で失うものの確認
📌 剰余金の配当が禁止されている
医療法第54条は、医療法人は剰余金の配当をしてはならないと定めています。株式会社であれば利益を配当として株主に分配できますが、医療法人にその道はありません。
東京都の資料では、剰余金の配当が禁止されていることをもって営利法人であることを否定されていると説明されています。医療法人が非営利法人とされるのは、利益を出してはいけないという意味ではなく、出た利益を出資者に分配できないという意味です。
したがって、法人に残した利益を院長個人が受け取る方法は、役員報酬か退職金に限られます。しかもいずれも損金になる範囲に制限があります。法人に利益を残すという判断は、その利益をいつどのような形で個人に移すかという出口の設計とセットで行う必要があります。
📌 配当禁止に触れる行為は幅広い
配当の禁止は、名目上の配当だけを指すものではありません。東京都の資料では、禁止される行為の例として、役員や職員および利害関係者に対する貸付け、理事長などが経営する営利法人への資金援助、理事長個人の借入れの返済などが挙げられています。
医療法人から理事長への貸付け、あるいは理事長が支配する会社への資金の提供は、実質的な利益の分配とみなされる可能性があります。都道府県の指導の対象にもなります。
決算後に生じる利益剰余金は積立金とし、施設の改善や従業員の処遇の改善に充てることが適当とされています。
表 制度の枠組みを整理したもの
📌 解散したときに財産が戻らない
平成19年4月1日以後、持分の定めのある医療法人を新たに設立することはできなくなりました。いま設立できるのは持分の定めのない医療法人です。
医療法第44条第5項は、残余財産の帰属すべき者を定款で定める場合、その者は国もしくは地方公共団体または医療法人その他の医療を提供する者であって厚生労働省令で定めるもののうちから選定されるようにしなければならないとしています。
つまり、法人を解散したときに残った財産は、出資した院長やその家族には戻りません。法人に利益を蓄積するという判断は、その財産を将来回収できないことを前提に行うことになります。この点が、株式会社との最も大きな違いです。
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📌 運営の負担も増える
医療法人は毎会計年度の終了後2か月以内に、事業報告書、財産目録、貸借対照表、損益計算書、関係事業者との取引の状況に関する報告書などを作成し、都道府県知事に届け出ることとされています(医療法第51条など)。
役員の任期は2年を超えることができず、改選のたびに手続が必要です。理事は3人以上、監事は1人以上を置くことが原則で、監事は理事や職員を兼ねることができません。役員の親族や法人と取引のある個人も監事にはなれないとされています。
定款の変更には都道府県知事の認可が要ります。分院の開設や事業の追加も、定款変更の手続を経ることになります。個人の診療所であれば院長の判断だけで進められたことに、手続と時間がかかるようになります。
図 法人化の前に確かめる5つの点
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公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
❓ よくある質問
A. 役員報酬または退職金として受け取ることになります。いずれも損金になる範囲に制限があります。配当として受け取ることは医療法第54条により禁止されています。
A. 役員や職員に対する貸付けは、剰余金の配当の禁止に触れる行為の例として都道府県の資料に挙げられています。指導の対象になりますので、行わないでください。
A. 残余財産の帰属すべき者は、国もしくは地方公共団体または医療法人その他の医療を提供する者であって厚生労働省令で定めるもののうちから選定されます。出資した院長やその家族には戻りません。
A. 医療法人の役員は加入できないため、法人化にあたって契約の取扱いを決める必要があります。共済金の受取り方によって課税関係が変わりますので、法人化の時期とあわせて検討してください。
📄 まとめ
医療法人は剰余金の配当が禁止されています。法人に残した利益を個人が受け取る方法は、役員報酬か退職金に限られます。
解散したときの残余財産は出資者に戻りません。法人に財産を蓄積するという判断は、この点を前提に行うことになります。
小規模企業共済は医療法人の役員が加入できない制度です。毎年の届出や役員改選の手続も含めて、法人化で増える負担と失う制度を並べたうえで判断してください。
⚖ 本記事の根拠法令
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。