のれんを償却しなくてよくなるのか。この論点は2025年から2026年にかけて日本で正面から議論され、2026年に結論が出ました。結論は、償却を行う基本的な会計処理の枠組みは変更しない、というものです。
ただし、議論が終わったわけではありません。企業会計基準委員会は2026年9月3日に、償却期間・償却方法の考え方の明確化と、のれん償却前営業利益に関する情報提供の2点を新規テーマとして扱うことを決めています。この記事では、日本基準とIFRSの違い、IASBの検討状況、そして日本で何が決まったのかを整理します。
- 日本基準の第32項は「20年以内のその効果の及ぶ期間」であること
- IASBは2022年11月に減損のみアプローチの維持を決定しており、償却再導入の議論はしていないこと
- 日本では2026年7月に非償却の導入が見送られたこと
- ASBJが新規テーマとして扱う2点
- 経団連と経済同友会の立場が真逆であること
- 償却期間をどう決めるかの実務
この記事の見出し
📌 結論 日本は償却を維持する。議論は償却期間の決め方へ移った
先に結論を書きます。2026年7月27日に開かれた第57回企業会計基準諮問会議で、のれんを一定の期間にわたって償却を行う基本的な会計処理の枠組みは変更しないことがコンセンサスとなりました。非償却の導入(選択制を含む)と、のれん償却費の計上区分の変更は、企業会計基準委員会に提言しないことになっています。
代わりに提言されたのが2点です。ひとつは、企業会計基準第21号第32項の償却期間・償却方法の考え方の明確化。もうひとつは、のれん償却前営業利益に関する情報提供です。企業会計基準委員会は2026年8月10日の第582回でテーマ提言を受領し、2026年9月3日の第583回で、提言の内容に沿って新規テーマとして対応することを決めました。
したがって、いまのれんの会計処理を考えるときの前提は変わりません。20年以内のその効果の及ぶ期間にわたる規則的償却です。変わる可能性があるのは、その期間をどう決めるかの考え方のほうです。
📗 日本基準の定め
日本基準の第32項は「20年以内」であって「20年」ではありません。20年を標準や目安として書いている解説は正確ではありません。
企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」は、平成15年10月31日に企業会計審議会が公表し、平成20年12月26日、平成25年9月13日の改正を経て、平成31年1月16日が最終改正です。
第32項が、のれんは資産に計上し、20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却するとしています。ただし書として、のれんの金額に重要性が乏しい場合には当該のれんが生じた事業年度の費用として処理することができるとされています。
ここで押さえておきたいのは、20年は上限だということです。20年を標準や目安のように書いている解説がありますが、条文は「20年以内のその効果の及ぶ期間」です。効果の及ぶ期間が5年であれば5年で償却します。
負ののれん
第33項が負ののれんの処理を定めています。負ののれんが生じると見込まれる場合は、まず取得原価の配分を見直します。それでもなお負ののれんが生じる場合は、当該事業年度の利益として処理します。損益計算書では特別利益に計上されます。重要性が乏しい場合の簡便な処理も置かれています。
負ののれんをのれんと相殺する、営業外収益に計上する、といった説明を見かけますが、条文の定めと異なります。
減損
のれんの減損については、「固定資産の減損に係る会計基準」の「二 8 のれんの取扱い」に定めがあります。企業会計基準適用指針第6号「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」では、第17項がのれんの減損の兆候、第51項がのれんの帳簿価額の分割、第52項がのれんを含むより大きな単位での認識・測定、第53項と第54項が減損損失の配分を扱っています。
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🌐 IASBはどうしているか
IFRSではのれんを償却しません。IAS第36号「資産の減損」の第10項(b)が、企業結合で取得したのれんについて、同基準の第80項から第99項に従って毎期減損テストを行うと定めています。のれんを含む資金生成単位への配分が第80項から第87項、減損テストが第90項から第99項です。第96項が、毎期同じ時期であれば期中のいずれの時点でも実施できるとしています。
IASBは2020年3月にディスカッション・ペーパー「Business Combinations—Disclosures, Goodwill and Impairment」を公表し、償却の再導入を含めて議論しました。しかし2022年11月24日、IASBは減損のみアプローチを維持することを決定しています。集められた広範な証拠は、のれんの会計処理に関する従前の決定を変更する説得力ある根拠を示さなかった、というのが公表された説明です。
2024年の公開草案
2024年3月、IASBは公開草案「Business Combinations—Disclosures, Goodwill and Impairment」(IASB/ED/2024/1)を公表しました。コメント期限は2024年7月15日で、改正対象はIFRS第3号とIAS第36号です。ここでも償却の再導入は提案されていません。同時に公表されたスナップショットにも、証拠に基づき減損のみモデルからの変更に説得力ある根拠はないと結論した旨が記されています。
2026年時点の状況
2026年9月時点で、このプロジェクトは公開草案の提案を再審議している段階です。2026年5月20日の会議では、業績とシナジーの開示に関するパッケージが暫定決定されました(13名中7名の賛成)。2026年7月21日にも審議が続いています。次のマイルストーンはプロジェクトの方向性の決定とされており、最終基準の公表時期は示されていません。
審議されているのは開示の充実であって、償却の再導入ではありません。IASBが償却を復活させる方向で議論している、という説明を見かけたら疑ってください。
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🇯🇵 日本で何が議論されたか
1年余りの議論の末、非償却の導入は見送られました。ただし議論そのものが終わったわけではなく、償却の中身の議論に移っています。
日本での議論の出発点は、2025年5月30日に経済同友会ほか12団体、スタートアップ有志35社、企業経営者有志138名が、のれんの会計処理に関するテーマ受付表を提出したことです。2025年7月11日の第54回企業会計基準諮問会議で新規テーマとして提案され、2025年8月から2026年6月にかけて計9回の公聴会が開かれました。
2026年4月1日、財務会計基準機構が情報要請「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」を公表しました。コメント期限は2026年6月5日で、6つの質問が置かれ、72件のコメントが寄せられています。
経団連と経済同友会は逆
この論点で興味深いのは、経済団体の立場が分かれたことです。
経済同友会は非償却の導入を求めました。2026年3月3日に「のれん非償却に関する意見」を公表し、6月22日には「改めてのれんの非償却を求める」を公表しています。M&Aを成長の手段とする立場からの主張です。
これに対して経団連は、2026年6月5日のコメントで非償却の導入を支持しない立場を示しました。償却によりリスクを早期に費用化でき、利益の安定化にも資するというのが理由です。経団連は2024年7月12日のIASBの公開草案へのコメントでも、いわゆるtoo little, too lateの問題の解決には償却と減損を組み合わせるアプローチが最善であると主張しています。
この2つを混同している解説をときどき見かけます。経団連は償却維持、経済同友会は非償却導入です。
ASBJが扱うことになった2点
非償却は入りません。ただし、償却期間の決め方に対する実務の不満に、基準の側から答えようという方向です。
2026年7月27日の第57回企業会計基準諮問会議で、償却を行う基本的な会計処理の枠組みは変更しないことがコンセンサスとなりました。そのうえで、企業会計基準第21号第32項の償却期間・償却方法の考え方の明確化と、のれん償却前営業利益に関する情報提供の2点が新規テーマとして提言されました。
企業会計基準委員会は2026年9月3日の第583回で、テーマ提言を尊重し、提言の内容に沿って新規テーマとして対応することを決定しています。今後、どのような成果物になるのか、スケジュールがどうなるのかは、この記事の作成時点では示されていません。
🔧 実務上の課題は償却期間の決め方だった
議論の出発点は「償却が嫌だ」ではなく「償却期間の決め方に納得感がない」でした。だから結論も、償却期間の明確化に向かっています。
決算の段階で決めようとすると根拠が後付けになります。買収を決める段階で、回収期間の議論と一緒に整理しておくのが実務です。
情報要請に挙げられた課題を読むと、議論の実質が見えてきます。問題視されていたのは償却そのものよりも、償却期間の決め方でした。
ひとつは恣意性です。償却期間が監査法人との協議で決まる側面があり、買収価格を決める時点では償却年数が確定していない、という指摘です。もうひとつが逆転現象です。回収可能期間で償却期間を設定する実務のため、優良な投資ほど償却期間が短くなり、利益への影響が大きくなってしまう、というものです。企業ごとに5年から15年と幅があり、比較しにくいという指摘もあります。
この課題認識に対して、ASBJが償却期間・償却方法の考え方を明確化するというのは、素直な回答です。非償却にするのではなく、償却期間の決め方に基準の側から手当てをする、という方向です。
非償却を導入する場合の負荷
情報要請では、仮に非償却を導入する場合の負荷も整理されていました。単体財務諸表では重要性の基準値が低いため減損テストの負荷が大きいこと、非上場会社は割引率の算定に必要な市場データを入手しにくいことです。
開発期間の見通しも示されていました。非償却を導入する場合は企業結合基準、無形資産、減損基準の包括的な改正が必要で、公表まで少なくとも3年。償却を維持する場合はガイダンスの開発等で1年から2年、という見通しです。
🏢 実務でどう向き合うか
結論が出た以上、当面やるべきことははっきりしています。償却期間を決める根拠を、買収を決める段階で整理しておくことです。
買収の目的、投資の回収を見込む期間、その期間の根拠になる事実。顧客契約の残存期間、技術が陳腐化するまでの見込み、キーパーソンの在籍見込み。こうしたものを買収の意思決定資料の中で言語化しておけば、償却期間の設定はその延長で決まります。決算の段階で決めようとすると、根拠が後付けになります。
あわせて、償却期間の前提が崩れた場合にどう扱うかも整理しておいてください。減損の兆候の判定は毎期行うことになります。
上場準備中のM&A
上場準備の段階でM&Aを行うと、のれんの償却が上場後の利益計画に効いてきます。償却期間を短くすると当面の利益が圧迫され、長くすると効果の及ぶ期間の説明を求められます。ここは主幹事証券会社との利益計画の議論にも直結します。
なお、上場準備会社のM&Aに固有の会計上の取扱いを定めた一次情報は、この記事の作成時点で確認できていません。判断の枠組みは上場会社と同じです。関連する論点はIPO準備 完全ガイドとIFRSとはで扱っています。
❓ よくある質問
A. 2026年7月27日の第57回企業会計基準諮問会議で、償却を行う基本的な会計処理の枠組みは変更しないことがコンセンサスとなりました。非償却の導入は企業会計基準委員会に提言されていません。
A. 違います。2022年11月24日に減損のみアプローチの維持を決定しており、2024年3月の公開草案でも償却は提案されていません。2026年の審議も開示中心です。
A. 20年は上限です。企業会計基準第21号第32項は「20年以内のその効果の及ぶ期間」としています。効果の及ぶ期間が短ければ、その期間で償却します。
A. 第33項により、まず取得原価の配分を見直し、なお生じる場合は当該事業年度の利益として処理します。損益計算書では特別利益です。
A. 経済同友会は非償却の導入を求め、経団連は非償却の導入を支持しないという立場でした。真逆です。
A. 企業会計基準委員会が、償却期間・償却方法の考え方の明確化と、のれん償却前営業利益に関する情報提供の2点を新規テーマとして扱うことを決めています。成果物の形とスケジュールはまだ示されていません。
A. 「固定資産の減損に係る会計基準」の「二 8 のれんの取扱い」と、企業会計基準適用指針第6号の第17項、第51項から第54項です。
A. 情報要請では、企業ごとに5年から15年と幅があり企業間比較が困難であるという課題が挙げられていました。この課題認識が、償却期間の考え方を明確化するという新規テーマにつながっています。
A. IFRSではのれんを償却しません。ただしIAS第36号第10項(b)により毎期減損テストが必要になります。負担がなくなるわけではありません。
📄 まとめ
日本基準では、のれんは20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって規則的に償却します(企業会計基準第21号 第32項)。20年は上限であって標準ではありません。負ののれんは取得原価の配分を見直したうえで、なお生じる場合に当該事業年度の利益として処理します(第33項)。
IFRSではのれんを償却せず、IAS第36号第10項(b)により毎期減損テストを行います。IASBは2022年11月に減損のみアプローチの維持を決定し、2024年3月の公開草案でも償却を提案していません。
日本では2025年から2026年にかけて非償却の導入が議論されましたが、2026年7月27日の第57回企業会計基準諮問会議で償却の枠組みを変更しないことがコンセンサスとなりました。企業会計基準委員会は2026年9月3日に、償却期間・償却方法の考え方の明確化と、のれん償却前営業利益に関する情報提供の2点を新規テーマとして扱うことを決めています。実務としては、償却期間の根拠を買収の意思決定の段階で整理しておくことが、いちばん先にやるべきことです。
📚 参考(公的な一次情報)
- 企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第32項・第33項
- 「固定資産の減損に係る会計基準」二 8(のれんの取扱い)、企業会計基準適用指針第6号 第17項・第51項から第54項
- IAS第36号「資産の減損」第10項(b)、第80項から第99項
- IASB「Business Combinations—Disclosures, Goodwill and Impairment」ディスカッション・ペーパー(2020年3月)、公開草案 IASB/ED/2024/1(2024年3月)、および減損のみアプローチの維持に関する2022年11月24日の公表
- 財務会計基準機構「のれんの会計処理に関するテーマ提案への対応状況」および情報要請(2026年4月1日)
- 企業会計基準委員会 第583回審議(2026年9月3日)
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