資産除去債務の原則法と簡便法|敷金があるときの選び方と割引率の決め方

オフィスや店舗を借りていて原状回復義務がある場合、資産除去債務を原則どおり負債として計上する方法と、敷金を使った簡便法の2つがあります。監査法人から簡便法でよいと言われることもあれば、原則法にしてくださいと言われることもあり、どちらが正しいのか迷う場面が出てきます。

この記事では、企業会計基準第18号「資産除去債務に関する会計基準」と同適用指針の条文にそって、2つの方法で何が違うのかを整理します。あわせて、実務でつまずきやすい割引率の使い分けも、場面ごとに確認します。

この記事でわかること

  • 原則法と簡便法で、貸借対照表と損益計算書の見え方がどう違うか
  • 簡便法を使える場面が限られていること(適用指針9項)
  • 10年間の費用を並べた自作の数値例
  • 割引率を4つの場面でどう使い分けるか
  • 新リース会計基準の適用で何が変わるか

📌 結論 簡便法が使えるのは敷金があるときだけ

先に結論です。簡便法は、どの資産除去債務にも使えるわけではありません。適用指針9項は、賃借建物について原状回復義務がある場合において敷金が計上されているときに、当該敷金の回収が最終的に見込めないと認められる金額を合理的に見積り、そのうち当期の負担に属する金額を費用に計上する方法によることができる、としています。

つまり、敷金が計上されていることが前提です。敷金を差し入れていない物件や、賃借以外の理由で生じる資産除去債務(設備の撤去義務、アスベストの除去義務など)には使えません。ここを取り違えて全社一律で簡便法にしてしまうと、後で組み直すことになります。

もう一点、簡便法は認められている取扱いであって、原則ではありません。適用指針27項は、実務上の負担を考慮してこの取扱いが認められている旨を説明しています。使うかどうかは選択できますが、選んだ理由は説明できるようにしておいてください。

📄 原則法で何をするか

図1 原則法で何をするか有形固定資産の取得や通常の使用によって除去義務が発生した(基準4項)除去に要する割引前の将来キャッシュ・フローを見積る(基準6項)無リスクの税引前の利率で割り引いて資産除去債務を算定する(基準6項)同額を関連する有形固定資産の帳簿価額に加える(基準7項)加えた額を残存耐用年数にわたって減価償却する毎期、期首の負債に当初の割引率を乗じた額を利息費用として計上する(基準9項)

資産と負債が両建てで立ち、費用は減価償却費と利息費用に分かれます。

負債の計上時期と算定方法

会計基準4項は、資産除去債務を有形固定資産の取得、建設、開発又は通常の使用によって発生した時に負債として計上するとしています。同5項により、資産除去債務の発生時に合理的に見積ることができない場合には、これを計上せず、合理的に見積ることができるようになった時点で計上することになります。

金額は、会計基準6項により、割引前の将来キャッシュ・フローを見積り、割引後の金額で算定します。見積りにあたっては、生起する可能性の最も高い単一の金額、または複数のキャッシュ・フローの確率加重平均を用います。

資産の帳簿価額に加えて償却する

会計基準7項は、資産除去債務を負債として計上した時に、当該負債の計上額と同額を関連する有形固定資産の帳簿価額に加えるとしています。加えた額は、その資産の残存耐用年数にわたって減価償却されます。

この「関連する有形固定資産」がどれを指すのかは、新リース会計基準の適用によって新しい論点になりました。使用権資産に乗せるのか、建物附属設備に乗せるのかで費用化のスピードが変わります。判断の枠組みは資産除去債務は使用権資産と建物附属設備のどちらに寄せるかで整理しています。

毎期の利息費用

会計基準9項により、時の経過による資産除去債務の調整額は、期首の負債の帳簿価額に当初負債計上時の割引率を乗じて算定します。これが利息費用です。損益計算書では、資産除去債務に関連する有形固定資産の減価償却費と同じ区分に含めて計上することになります。

🧾 簡便法で何をするか

図2 簡便法(適用指針9項)で何をするか賃借建物に原状回復義務があり、敷金が計上されている敷金のうち、回収が最終的に見込めないと認められる金額を合理的に見積るそのうち当期の負担に属する金額を費用に計上する資産除去債務は負債として計上しない敷金の帳簿価額が、費用計上した分だけ減っていく

負債が立たず、敷金という既にある資産を取り崩していく形になります。

簡便法では、資産除去債務を負債として計上しません。かわりに、敷金のうち回収が最終的に見込めないと認められる金額を見積り、それを使用期間にわたって費用として配分していきます。貸借対照表上は、敷金の帳簿価額が毎期減っていく形になります。

回収が見込めない金額をどう見積るか

実務でいちばん時間がかかるのがここです。契約書に原状回復の範囲がどこまで書かれているか、過去に退去した物件でいくら差し引かれたか、同種の物件の坪単価はいくらか、といった材料を集めて見積ることになります。

賃貸借契約の条項だけでは決まらないことも多く、貸主との慣行や、内装造作をどこまで入れているかによって金額が変わります。見積りの根拠は、監査で必ず確認されるので記録に残しておいてください。

⚖️ どちらを選ぶかの分かれ目

図3 どちらを選ぶかの分かれ目確認すること原則法簡便法適用できる場面すべての資産除去債務賃借建物等について敷金が計上されている場貸借対照表資産除去債務が負債に立ち、有形固定資産の帳簿価額も増える負債は立たず、敷金の帳簿価額が減っていく損益計算書減価償却費と利息費用に分かれる一本の費用として計上する見積りの変更負債と資産を調整する(基準10項・11項見積り直した金額で残りの期間に配分し直す手間割引計算と利息費用の計算が毎期必要費用配分の計算だけで済む

簡便法は適用できる場面が限られています。敷金がない物件や、賃借以外の資産除去債務には使えません。

いちばん大きい違いは貸借対照表

損益計算書への影響は、後で見るとおり期間全体ではほぼ同じです。効いてくるのは貸借対照表です。原則法では資産除去債務が負債として立ち、同額が有形固定資産の帳簿価額に加わります。総資産と総負債が両方増えるため、自己資本比率が下がります。

簡便法では負債が立ちません。既に資産計上されている敷金を取り崩していくだけなので、総資産が減っていく形になります。財務指標へのあたり方が逆向きなので、銀行との約定に財務制限条項がある会社は、どちらを採るかで見え方が変わることを織り込んでおいてください。

拠点数が多いと簡便法の手間も無視できない

簡便法は手間が軽いと言われますが、拠点が数十を超えてくると、物件ごとに回収が見込めない金額を見積る作業自体が重くなります。原則法でも簡便法でも、結局は物件ごとの見積りが必要になるため、手間の差は割引計算と利息費用の計算の分だけです。表計算で回せる範囲であれば、原則法を採ることの負担はそれほど大きくありません。

📊 10年間の費用を並べてみる

数字で見たほうが早いので、架空の物件で比べます。原状回復費用の見積りを12,000千円、使用期間を10年、割引率を0.8%としました。

図4 自作の数値例 10年間の費用(単位 千円)原則法 減価償却費原則法 利息費用原則法 合計簡便法1年目1,108891,1971,2002年目1,108891,1971,2005年目1,108921,2001,20010年目1,108951,2031,20010年合計11,08191912,00012,000

原状回復費用の見積り12,000千円、使用期間10年、割引率0.8%とした場合。10年の合計は一致し、期間ごとの配分がわずかに違うだけです。

原則法の初年度は、減価償却費1,108千円と利息費用89千円で合計1,197千円です。簡便法は12,000千円を10年で割った1,200千円です。差は3千円で、10年目でも1,203千円と1,200千円の差にとどまります。10年の合計はどちらも12,000千円で一致します。

つまり、損益計算書で見れば実質的にほとんど変わりません。割引率が低い局面ではこの差はさらに小さくなります。判断の軸は損益ではなく、貸借対照表の見え方と、見積りを変更したときの処理の重さに置くのが実態に合っています。

原則法と簡便法のどちらを採るか、方針を固めるところからご一緒します

賃借物件の一覧と、敷金の残高、契約書の原状回復条項をお送りいただければ、簡便法を適用できる物件がどれか、原則法にした場合の負債計上額がいくらになるかを試算してお返しします。監査法人に説明する方針書の形まで仕上げてお渡しできます。初回のご相談は無料です。

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💹 割引率は場面ごとに使い分ける

実務でいちばん間違えられるのが割引率です。使う場面が4つあり、それぞれ違う率を使います。

図5 割引率をどの場面で使い分けるか場面使う割引率根拠当初の負債計上無リスクの税引前の利率基準6項時の経過による調整額(利息費用)当初負債計上時の割引率基準9項見積りの変更でキャッシュ・フローが増えるときその時点の割引率基準10項・11項見積りの変更でキャッシュ・フローが減るとき負債計上時の割引率基準10項・11項

増えるときと減るときで使う率が違います。ここを取り違えると、変更後の負債残高が合わなくなります。

当初は無リスクの税引前の利率

会計基準6項は、割引率について無リスクの税引前の利率によるとしています。実務では、資産除去債務の履行までの期間に対応する国債の流通利回りを用いることが一般的です。自社の借入利率ではありません。ここは信用リスクを反映させる米国基準と考え方が違うところです。

利息費用は当初の割引率のまま

会計基準9項により、時の経過による調整額は、期首の負債の帳簿価額に当初負債計上時の割引率を乗じて算定します。市場金利が動いても、当初の率をそのまま使い続けます。毎期、そのときの利回りに置き換えるものではありません。

見積りを変更したときが分かれ目

会計基準10項・11項により、割引前の将来キャッシュ・フローに重要な見積りの変更が生じた場合は、その時点で調整します。ここで、キャッシュ・フローが増加する場合にはその時点の割引率を、減少する場合には負債計上時の割引率を用いることになります。

増えるときと減るときで使う率が違うのは、増加分は新たに発生した債務に準じて扱い、減少分は当初計上した債務の一部を取り消すものとして扱うためです。表計算で管理している場合、この分岐を組み込んでいないと、変更を重ねたときに残高が合わなくなります。IFRSとの違いは資産除去債務とIFRS|割引率・利息費用の区分と敷金の簡便法の違いで扱っています。

🏢 新リース会計基準の適用で何が変わるか

新リース会計基準の適用により、賃借物件について使用権資産とリース負債が計上されるようになります。ここで、原状回復の資産除去債務を使用権資産に乗せるのか、従来どおり建物附属設備に乗せるのかという論点が生じます。

簡便法を採っている場合も無関係ではありません。敷金の扱いと使用権資産の当初測定の関係を整理しておく必要があります。この点は原状回復の資産除去債務は使用権資産か建物附属設備かで、根拠となる条文とあわせて扱っています。

また、リース期間と資産除去債務の履行時期がずれる場合の考え方も論点になります。契約の更新を見込んでリース期間を長く置いた一方で、原状回復は現在の契約期間の満了時に行う前提で見積っている、といったケースです。ここは方針を決めて全社でそろえておかないと、物件ごとに扱いがばらつきます。

🗂 監査で確認される4点

1 適用範囲の切り分け

まず聞かれるのが、簡便法を適用している物件について敷金が計上されているかどうかです。物件一覧と敷金の補助元帳を突き合わせて、簡便法の対象が適用指針9項の要件を満たしていることを示せるようにしておいてください。保証金という名称で計上されているものが敷金にあたるかどうかは、契約書の内容で判断することになります。

2 回収が見込めない金額の見積り

次が金額の根拠です。契約書の原状回復条項、過去の退去実績、同種物件の坪単価のいずれかは示せるようにしておく必要があります。とくに、開業から一度も退去していない会社では過去実績がないため、見積りの根拠が薄くなりがちです。この場合は、内装工事の請負金額のうち撤去が必要になる部分を積算する、といった別の道筋を用意しておいてください。

3 使用期間の設定

費用配分の期間をどう置いたかも確認されます。契約期間なのか、更新を見込んだ期間なのか、内装造作の耐用年数なのかで結論が変わります。新リース会計基準を適用している場合は、リース期間の判定と整合しているかも見られます。物件ごとにばらついていると説明が難しくなるため、設定の考え方を方針として決めておいてください。

4 毎期の見直し

見積りは一度置いたら終わりではありません。原状回復の相場が上がっている局面では、当初の見積りが不足していることがあります。毎期、少なくとも重要な物件については見直しの要否を検討した記録を残しておくと、監査での説明が楽になります。

拠点が増えるタイミングが分かれ目

拠点が数か所のうちは、担当者が物件ごとに判断していても回ります。ところが20を超えるあたりから、判断のばらつきが表面化します。上場準備に入る会社では、この時期に一度方針を文書化して、既存物件も含めて洗い直すことになります。先送りするほど遡って直す範囲が広がるので、拠点が増える前に手を打っておくのが結果的に早道です。

✅ 実務の手順

  • 賃借物件の一覧を作り、原状回復義務の有無を契約書で確認する
  • 敷金が計上されている物件と、そうでない物件を分ける
  • 敷金がない物件は簡便法を使えないため、原則法で処理する
  • 原則法と簡便法のどちらを採るかを方針として決め、理由を書き残す
  • 物件ごとに原状回復費用(または回収が見込めない敷金の額)を見積る
  • 原則法の場合、履行までの期間に対応する国債の利回りを割引率として記録する
  • 見積りの変更が生じたときの処理を、増加の場合と減少の場合に分けて手順化する

方針を決めずに物件ごとに担当者判断で処理していると、監査で全物件の洗い直しになります。拠点が増える前に方針を固めておくことをおすすめします。

❓ よくある質問

Q. 敷金がない賃借物件でも簡便法を使えますか。

A. 使えません。適用指針9項の簡便的な取扱いは、敷金が計上されている場合を前提としています。敷金がない物件は原則法によることになります。

Q. 物件ごとに原則法と簡便法を使い分けてよいですか。

A. 敷金の有無で適用できる範囲が決まるため、結果として混在することはあり得ます。ただし、敷金がある物件について物件ごとに恣意的に選ぶのは避けるべきで、方針として整理しておく必要があります。

Q. 割引率は毎期見直しますか。

A. 見直しません。会計基準9項により、時の経過による調整額は当初負債計上時の割引率を用いて算定します。見直すのは、割引前の将来キャッシュ・フローに重要な見積りの変更が生じた場合です。

Q. 見積りが減った場合も、その時点の割引率を使いますか。

A. 使いません。会計基準10項・11項により、キャッシュ・フローが減少する場合には負債計上時の割引率を用います。増加する場合はその時点の割引率です。

Q. 簡便法から原則法に変えることはできますか。

A. 会計方針の変更にあたるため、正当な理由が必要になります。変更する場合は遡及適用と注記が求められますので、監査法人と事前に協議してください。

Q. 原則法だと自己資本比率が下がると聞きました。

A. 資産と負債が同額ずつ増えるため、自己資本比率は下がります。財務制限条項がある場合は影響を試算しておいてください。

Q. 発生時に金額を見積れない場合はどうしますか。

A. 会計基準5項により、合理的に見積ることができない場合には計上せず、合理的に見積ることができるようになった時点で計上します。ただし、見積れない理由は説明できる必要があります。

あわせて読む

移転や退去で実際に原状回復を行うときの処理は本社移転の原状回復費用は資産除去債務か特別損失かで解説しています。

📄 まとめ

簡便法は、賃借建物について原状回復義務があり、かつ敷金が計上されている場合に限って認められる取扱いです(適用指針9項)。敷金がない物件や、賃借以外の資産除去債務には使えません。

10年で見た費用の総額は、原則法でも簡便法でも一致します。違いが出るのは貸借対照表で、原則法では負債と資産が両建てで増え、簡便法では敷金の帳簿価額が減っていきます。財務指標へのあたり方が逆向きになるので、選ぶ前に影響を試算しておいてください。

割引率は4つの場面で使い分けます。当初は無リスクの税引前の利率、利息費用は当初の割引率のまま、見積りの変更ではキャッシュ・フローが増えるときはその時点の割引率、減るときは負債計上時の割引率です。ここを取り違えると残高が合わなくなるので、手順として組み込んでおくことをおすすめします。

📚 参考(公的な一次情報)

  • 企業会計基準第18号「資産除去債務に関する会計基準」4項・5項・6項・7項・9項・10項・11項
  • 企業会計基準適用指針第21号「資産除去債務に関する会計基準の適用指針」9項・27項
賃借物件の一覧から、資産除去債務の方針を固めるところまでご支援します

物件一覧と敷金の残高、契約書の原状回復条項をお送りいただければ、簡便法を適用できる物件の切り分けと、原則法にした場合の負債計上額の試算をお返しします。監査法人に出す方針書の形まで仕上げてお渡しできます。

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