IPOの形式要件のなかで、会計・経理の担当者がもっとも直接的に関わるのが「虚偽記載又は不適正意見等」と「登録上場会社等監査人による監査」の2つです。株主数や流通株式のように上場時点までに整えればよい要件と違い、この2つは過去の決算と、過去に受けた監査を対象にします。つまり、申請の直前に気づいても取り返しがつかない要件です。
本記事では、東京証券取引所の有価証券上場規程を根拠に、どの期にどの監査意見が必要か、例外的に申請できるのはどんな場合か、そして監査人の選定でどこを確認すべきかを整理します。
「決算・監査」に関する2つの形式要件
東証の形式要件には、株主数・流通株式・時価総額といった数値基準のほかに、申請会社の決算と監査に関する要件が置かれています。内容は次の2本立てです。
図1 決算・監査に関する形式要件の全体像(有価証券上場規程の定めをもとに作成)
市場ごとの条番号の対応
条番号は市場によって異なります。もっとも、プライム市場の形式要件を定める第211条は、この2要件について独自の規定を置かず、第211条第6号で「第205条第3号及び第6号から第13号までに適合していること」と定めています。つまりプライムはスタンダードの規定を借りてくる構造で、要件の中身は両市場で同じです。
| 要件 | プライム市場 | スタンダード市場 | グロース市場 |
|---|---|---|---|
| 虚偽記載又は不適正意見等 | 第211条第6号(第205条第6号を適用) | 第205条第6号 | 第217条第5号 |
| 登録上場会社等監査人による監査 | 第211条第6号(第205条第7号を適用) | 第205条第7号 | 第217条第6号 |
※ 上表はいずれも内国会社(内国株券)の形式要件です。外国会社については第206条・第212条に別の定めがあります。
「虚偽記載」とは何を指すのか
日常語の「間違いを書いた」という意味ではありません。有価証券上場規程第2条第30号は「虚偽記載」を定義しており、要約すると次のいずれかに当たる場合です。
- 有価証券報告書等について、内閣総理大臣等から訂正命令を受けた場合
- 課徴金納付命令を受けた場合
- 内閣総理大臣等または証券取引等監視委員会により告発が行われた場合
- 訂正届出書・訂正発行登録書・訂正報告書を提出した場合であって、訂正した内容が重要と認められる場合
ポイントは4つ目です。当局から処分を受けていなくても、自主的に訂正報告書を出し、その訂正内容が重要と認められれば「虚偽記載」に当たります。IPO準備会社の多くは未上場で有価証券報告書等を提出していないため、この要件が問題になるのは、すでに他市場に上場している会社や、社債の発行等で継続開示義務を負っている会社が中心です。
対象になる書類の範囲
「有価証券報告書等」は規程第2条第89号で定義され、有価証券届出書・発行登録書・発行登録追補書類(いずれも添付書類と参照書類を含む)、有価証券報告書とその添付書類、半期報告書、そして目論見書が含まれます。名称のとおり有価証券報告書だけを見ればよいわけではない点に注意が必要です。
なお、プライム市場・スタンダード市場では、新規上場申請者が虚偽記載に関する要件(第205条第6号a)に適合しないおそれがあると認められる場合、東証は上場審査を延期するものとされています(規程第213条第5項、第207条第5項)。
期ごとに求められる監査意見
もう一方の柱が監査意見です。どの期かによって、求められる水準が段階的に変わります。直前々期はやや緩く、直前期(基準事業年度)はもっとも厳しい、という構造です。
図2 期ごとの監査意見の要件(プライム・スタンダードは規程第205条第6号b・c、グロースは第217条第5号a・b)
| 対象となる報告書 | 記載されていることが必要な意見 |
|---|---|
| 最近1年間を除く各期の監査報告書 | 「無限定適正意見」又は「除外事項を付した限定付適正意見」 |
| 最近1年間(直前期)の監査報告書 | 「無限定適正意見」 |
| 最近1年間の中間監査報告書又は期中レビュー報告書 | 「中間財務諸表等が有用な情報を表示している旨の意見」又は「無限定の結論」 |
プライム・スタンダードとグロースの書き分け
要求水準そのものは3市場で共通ですが、条文の書き方が違います。プライム・スタンダードは「最近2年間に終了する各事業年度及び各連結会計年度の財務諸表等に添付される監査報告書」と期間で区切るのに対し、グロースは「『新規上場申請のための有価証券報告書』に添付される監査報告書」と書類を基準に区切る書きぶりです。グロースは事業継続年数の要件が1か年であるため、添付される監査報告書の本数が会社によって変わることを踏まえた構成といえます。
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。
初回のご相談は無料です。お問い合わせはこちら
例外的に申請できるケース
規程はいずれも「ただし、施行規則で定める場合は、この限りでない」としており、東証の新規上場ガイドブックでは、次のような場合には申請が可能である旨が示されています。
- 直前々期の期首後に監査契約を締結したために期首残高の妥当性の検証が困難であったこと、必要な監査時間が確保できなかったことなどにより、直前々期の監査報告書に「限定付適正意見」が付された場合
- 天災地変など申請会社の責めに帰すべからざる事由により「意見の表明をしない」旨の記載がなされている場合
- 継続企業の前提に関する事由により「不適正意見」等の記載がなされている場合(その経緯等は審査の過程で確認されます)
- 比較情報に対する事項のみを理由として、「除外事項を付した限定付適正意見」「除外事項を付した限定付意見」又は「除外事項を付した限定付結論」が記載されている場合
1つ目は、監査法人との契約開始が遅れた会社にとって現実的な救済です。とはいえ、これはあくまで直前々期についての話であり、直前期に同じ理由で限定付適正意見が付けば申請は困難になります。監査契約の締結時期を後ろ倒しにするほど、この余裕は失われていきます。
継続企業の前提(GC)に関する注記がある場合
監査意見が「無限定適正意見」であっても、監査報告書に継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められる旨が記載されている場合は、別の論点になります。東証は実質基準として「企業の継続性」を審査項目に掲げているため(プライムは規程第213条)、上場承認までに提出される期中レビュー報告書等において当該事項に係る記載がなくなるなど、重要な不確実性が認められなくなることが審査上求められます。形式要件はクリアしていても審査は通らない、という事態が起こり得る領域です。
登録上場会社等監査人による監査
もう1つの要件は、監査を実施した監査人の資格に関するものです。2022年5月18日に公布された「公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律」(令和4年法律第41号)を受け、日本公認会計士協会は2023年4月1日から上場会社等監査人登録制度を運営しています。上場会社等の財務書類に係る金融商品取引法上の監査証明業務を行うには、上場会社等監査人名簿への登録が必要です。
有価証券上場規程はこれを取り込み、第2条第75号の13で「登録上場会社等監査人」を公認会計士法第34条の34の8第1項に規定する者と定義したうえで、形式要件として、申請会社の財務諸表等・中間財務諸表等が登録上場会社等監査人による監査等を受けていることを求めています。
図3 監査人選定時の確認ポイント(東証の新規上場ガイドブックの説明をもとに整理)
「継続監査」は形式要件ではない
誤解が多い点ですが、東証は監査契約をいつ締結したかを形式要件にはしていません。ガイドブックでも、継続監査は形式要件としていないため、監査契約の締結時期は監査法人等の判断に基づくこととされています。
ただしこれは「遅くても構わない」という意味ではありません。前述のとおり、直前々期の期首後に契約すると期首残高の検証が困難になり限定付適正意見のリスクが生じます。申請書類の提出面でも、規程は法第193条の2の規定に準じて2人以上の公認会計士又は監査法人の監査等を受けた監査報告書等の提出を求めています(プライムは第210条第6項、スタンダードは第204条第6項、グロースは第216条第6項)。監査法人の選定と契約の時期は、実務上はN-3期からN-2期の重要な論点です。
ショートレビュー後の課題整理、監査対応を前提とした月次決算の早期化、内部統制の文書化まで、公認会計士がIPO準備の実務に伴走します。
内部統制報告書に関する要件
「虚偽記載又は不適正意見等」の要件には、内部統制報告書に関する部分も含まれています。ただし対象は限定的で、新規上場申請に係る株券等が国内の他の金融商品取引所に上場されている場合にのみ適用されます。具体的には、次のいずれにも該当しないことが必要です。
- 最近1年間に終了する事業年度に係る内部統制報告書において「評価結果を表明できない」旨が記載されていること
- 最近1年間に終了する事業年度に係る内部統制報告書に対する内部統制監査報告書において「意見の表明をしない」旨が記載されていること
なお、内部統制報告書に係る監査証明の免除を選択可能な期間において免除を行っている場合は、2つ目の要件の対象から除かれます。他の取引所からの市場変更や重複上場を検討していない未上場会社であれば、この部分は当面問題になりません。
準備の実務でどこを押さえるか
この2要件は、書類を作り込んで通すタイプの要件ではありません。決算の質と監査人の体制という、時間をかけて作るものが問われます。準備段階では次の点を確認しておきたいところです。
- 監査法人の選定時に、上場会社等監査人名簿への登録の有無を必ず確認する
- 直前々期の期首時点で監査に耐える残高が作れるよう、N-3期のうちに監査法人と接点を持つ
- 会計方針の変更や見積りの論点は、直前期に持ち越さず直前々期までに監査法人と決着させる
- 継続企業の前提に関する注記が付く可能性がある場合は、資金計画の見直しを含めて早期に対応方針を固める
- グループ会社を含めた決算スケジュールを整え、中間会計期間の期中レビューにも耐えられる体制にする
形式要件全体の位置づけや他の要件との関係はIPOの形式要件とは?東証プライム・スタンダード・グロース3市場の上場基準を一覧比較で、監査法人を含む関係者の役割と選び方はIPOの関係者と役割とは?主幹事証券会社・監査法人・株式事務代行機関の役割と選び方で整理しています。準備期間の時間軸を確認したい方はIPO準備の全体像とは?上場までのスケジュール(N-3期〜N期)と各期にやるべきことを徹底解説もあわせてご覧ください。
よくある質問
東証のガイドブックでは、直前々期の期首後に監査契約を締結したために期首残高の妥当性の検証が困難であったことや、必要な監査時間が確保できなかったことなどを理由とする場合には、申請が可能である旨が示されています。ただし直前期(基準事業年度)については原則として「無限定適正意見」が必要です。
日本公認会計士協会が登録上場会社等監査人の一覧および事務所情報の公開システムを設けており、日本公認会計士協会「上場会社等監査人登録制度」のページから確認できます。
形式要件の面では、継続企業の前提に関する事由により所定の意見が記載されていない場合でも申請自体は可能とされています。もっとも実質審査で「企業の継続性」が問われるため、上場承認までに提出される期中レビュー報告書等で重要な不確実性が認められなくなることが求められます。資金調達や収益構造の見直しを含めた実質的な解消が前提になります。
提出書類がなければ虚偽記載の対象そのものが生じないため、通常は問題になりません。この要件が実際に効いてくるのは、他の金融商品取引所にすでに上場している会社や、社債の発行等で継続開示義務を負っている会社が中心です。
【出典・参考】東京証券取引所「有価証券上場規程」第2条第30号・第89号・第75号の13、第204条第6項、第205条第6号・第7号、第207条第5項、第210条第6項、第211条第6号、第213条第5項、第216条第6項、第217条第5号・第6号/東京証券取引所「新規上場ガイドブック(2026年7月21日版)」プライム市場編・スタンダード市場編・グロース市場編/公認会計士法第34条の34の8第1項/公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律(令和4年法律第41号)/日本公認会計士協会「上場会社等監査人登録制度」。東証の上場審査基準の概要はこちら。本記事は2026年8月時点の公開情報に基づく一般的な解説であり、個別事案の判断を保証するものではありません。
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。