連載「会計の哲学」。実務の手順ではなく、会計という制度がどういう考え方の上に立っているのかを書いていきます。
監査報告書の意見区分には、財務諸表が「我が国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して」「すべての重要な点において適正に表示している」と書かれます。無限定適正意見と呼ばれるものです。
毎年おなじ文章を読んでいると、ただの様式に見えてきます。けれども、はじめて監査報告書を受け取った経営者から「要するに、この決算は正しいということですか」と聞かれると、私は少し言葉に詰まります。正しい、とは言っていないからです。言っているのは、適正に表示している、ということだけです。
この一語の違いは、言葉づかいの慎重さではありません。会計という制度が、自分に何ができて何ができないかを、かなり正確に自覚していることの現れだと思っています。
図 監査報告書が述べているのは、基準に準拠していること、そして全ての重要な点において適正に表示していること。この二つです。真実である、とは書かれていません。
この記事の見出し
この記事が立てる問い
そして会計に、一致すべき真実はあるのでしょうか。
決算書が企業の実態を写したものなら、正しい決算書はただ一つに決まるはずです。ところが監査意見は、正しいとは言わずに、適正に表示していると述べます。この言い換えが何を認めているのかを、この記事では考えます。
この問いは、机の上で思いついたものではありません。きっかけは、毎年くり返される会計不正の報道です。
東京商工リサーチの集計によれば、2026年上半期に不適切な会計や経理を開示した上場企業は27社27件で、このうち粉飾は12件と、前年同期の3倍に増えています。日本経済新聞も、2026年3月期に会計不正を開示した企業が40社と高い水準にあり、その4割をプライム市場の企業が占めていると伝えました。
こうした記事を読むとき、私たちは自然に、正しい数字があったのにそれを歪めたのだ、と考えます。真実がまずあって、不正はそこからの逸脱である、という図式です。ところが監査の現場に立つと、この図式はすぐに揺らぎます。粉飾でも誤りでもないのに、同じ会社の同じ1年について、複数の異なる利益が正当に成り立つ場面があるからです。
不正を語るには、その手前で、正しいとは何かが決まっていなければなりません。それなのに会計は、その正しさを真実という語では引き受けていない。この居心地の悪さが、この記事の出発点です。
図 会計不正の報道を読むとき、私たちは左の図式を思い浮かべます。ところが監査の現場では右のような場面があり、正しい数字がひとつに決まりません。不正を語るには正しさが先に決まっていなければならないのに、会計はそれを真実という語では引き受けていない。ここがこの記事の出発点です。
そして、この問いは会計に固有のものではありません。真であるとはどういうことか。哲学が最も古くから抱えてきた問いのひとつです。
真であるとは、言葉の側が事実の側に対応していることだ、という考え方です。のちに真理の対応説と呼ばれるようになりました。会計に当てはめれば、財務諸表という言葉が、企業の実態という事実に対応していれば真である、ということになります。企業会計原則が真実な報告を求めるとき、そこにはこの対応説の響きがあります。
図 言葉が事実に対応していれば真である、という考え方は、数えれば決まることには素直に当てはまります。ところが会計が扱う数字の多くは、数えても一つに決まりません。真実という語がそのまま使えなくなるのは、この右側の領域があるからです。
では、日本の会計制度は、この対応説をどこまで引き受けているのでしょうか。まず、出発点に置かれた条文から見ていきます。
制度の入口には、たしかに「真実」と書かれている
企業会計原則の一般原則は、その第一に真実性の原則を置いています。会計に何より求められているのは真実な報告だという宣言から、制度が始まっているわけです。
入口では真実な報告を求め、出口では適正に表示していると述べる。矛盾しているように見えますが、そうではありません。この二つの言葉のあいだの距離に、会計の性格がそのまま出ています。
図 制度の入口では真実な報告が求められ、出口では適正に表示していると述べられます。どちらも同じ財務諸表について言われているのに、使われる語が違います。
同じ事実から、複数の正しい数字が出る
会計学では、真実性の原則にいう真実は絶対的真実ではなく相対的真実である、と説明されます。唯一の正解が外に存在していて、それを言い当てられるかどうかという話ではない、という意味です。
たとえば、次のような場面では、どれを選んでも一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠しています。
| 選択の場面 | 認められている方法 | 変わるもの |
|---|---|---|
| 棚卸資産の評価 | 個別法、先入先出法、平均原価法、売価還元法 | 期末の棚卸資産と売上原価 |
| 有形固定資産の減価償却 | 定額法、定率法など | 各期の減価償却費 |
| 引当金の見積り | 過去の実績率による方法、個別に回収可能性を評価する方法など | 引当金の額と、その期の費用 |
これらは、どれかが正しくてどれかが誤りなのではありません。同じ事実から、複数の正しい財務諸表が生まれます。
だとすれば、監査人は「唯一の正解と一致している」とは言えません。言えるのは「認められた枠のなかにある」ということだけです。適正という語は、まさにそのことを述べています。
図 同じ一つの取引から、認められた複数の方法を通って複数の数字が出ます。どれかが正解でどれかが誤りなのではなく、どれも一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠しています。ここが相対的真実と呼ばれる場面です。
では、何を選んでもよいのか
ここで、それなら数字はどうにでもなるではないか、という疑問が出ます。実際、経営者からもよく出る疑問です。けれども制度は、選択の自由をそのまま放置していません。四つの仕掛けで縛っています。
| 仕掛け | よりどころ | 効き方 |
|---|---|---|
| 継続して適用する | 企業会計原則 一般原則五(継続性の原則) | いったん選んだら、毎期おなじ方法を使う |
| 選んだことを開示する | 企業会計原則 一般原則四(明瞭性の原則) | 重要な会計方針に関する注記として開示する |
| 変えたときに跡を残す | 企業会計基準第24号 | 正当な理由がある場合に限り認め、内容と理由と影響額を注記し、原則として遡及適用する |
| 見積りの作り方を開示する | 企業会計基準第31号 | 翌年度に重要な影響を及ぼすリスクがある見積りの算出方法と主要な仮定を開示する |
選べるからこそ、いったん選んだら動かせない。ここで効いているのは、正しさではなく一貫性です。そして、どの方法を選んだのかは注記として開示されるので、読み手は数字だけでなく、その数字がどう作られたかを見ることができます。
変えることが禁じられているわけでもありません。企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」は、正当な理由がある場合の変更を認めたうえで、変更の内容と理由、影響額の注記を求め、原則として過去の期間に遡及適用することを求めます。変えてはならないのではなく、変えたことを隠せないのです。
図 選ぶ自由と、選んだことを開示する義務は対になっています。自由だけなら数字は比べられず、義務だけなら実態に合わない処理を強いることになります。二つが釣り合う支点に置かれているのが比較可能性です。
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合理的な保証という言い方
監査の側も、同じように慎重です。監査基準は、財務諸表の表示が適正である旨の意見には、財務諸表に全体として重要な虚偽の表示がないことについて合理的な保証を得たという監査人の判断が含まれる、という趣旨を述べています。
図 監査が与えるのは合理的な保証であって、絶対的な保証ではありません。試査によること、内部統制に固有の限界があること、会計上の見積りに不確実性が伴うことが、その手前で止まる理由です。
合理的な保証であって、絶対的な保証ではありません。監査は試査によって行われ、重要性の基準値が置かれ、財務諸表を作成する責任は経営者にあり意見を表明する責任は監査人にあるという二重責任の原則があります。全部を見て全部を保証する、とは言っていない。
図 入口の「真実」は、複数の処理が認められる現実を通って、出口では「適正」になります。そのあいだを支えているのが四つの仕掛けです。
こう並べると、適正という語は、断定を避けた曖昧な言葉ではないことが見えてきます。むしろ逆で、約束できることと約束できないことを正確に切り分けた結果、そこに落ち着いた言葉です。
財務諸表は、鏡なのか、作られたものなのか
ここからが、この連載で考えたいことです。素朴に考えれば、企業の実態というものが外にあり、財務諸表はそれを写した鏡なのだ、という見方になります。写し損ないはあるかもしれないが、どこかに真の値がある、という見方です。
哲学の言葉を借りれば、これは実在をめぐる問いです。会計が写し取るべき実在が、財務諸表の外に先にあるのか。それとも、実在と呼べるものは、会計という手続きを通ってはじめて数字という表現になるのか。真実と適正のあいだにある距離は、この表現と実在の距離でもあります。
けれども実務の感覚は、どちらかというと逆です。利益という数値は、どこかに落ちているものを拾ってくるのではなく、期間を区切り、収益を認識する時点を決め、費用を配分し、見積りを置いた結果として、はじめて立ち上がります。
| 写しと見る立場 | 組み立てと見る立場 | |
|---|---|---|
| 前提 | 企業の実態が外にあり、会計はそれを写す | 期間の区切りと認識の基準に従って、数値が立ち上がる |
| 誤りとは | 真の値からのずれ | 基準からの逸脱 |
| 客観性のよりどころ | 真実との一致 | 基準が共有され、継続して適用されること |
| 実務の手ざわり | 合いにくい | 合いやすい |
収益認識を例にとれば分かりやすいと思います。企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」は、契約における履行義務を識別し、それが充足された時点または期間にわたって収益を認識することを求めます。売上がいつ立つかは、自然界に転がっている事実ではありません。基準の定めに従って決まります。
図 同じ財務諸表を、外にある実態の写しと見るか、基準に従って組み立てられた表現と見るか。実務の感覚は右に近く、だからこそ監査意見は唯一の正解との一致ではなく、適正という言い方をとります。
組み立てられたものは、主観的なのか
ここで思い出したいのが、認識の側に枠があるという考え方です。
カントは、人間が世界をそのまま受け取っているのではなく、時間や空間といった枠を通して受け取っていると考えました。重要なのは、その先です。枠を通しているから主観的だ、という話にはならなかった。枠が人間に共通していれば、そこから得られる認識は、人によってばらばらにはならないからです。
会計も同じ構えをとっていると思います。財務諸表に並んでいるのは、企業そのものではありません。企業に起きたことを、会計基準という決まったやり方で数字に置き直したものです。
たとえば、同じ工場を同じように使っていても、耐用年数を10年と見るか15年と見るかで、その期の減価償却費は変わります。工場が変わったのではなく、通した基準が変わっただけです。それでも数字がでたらめにならないのは、その基準が公開され、各社に共通に適用され、変えたときには変えたと開示されるからです。
図 私たちが受け取るのは世界そのものではなく、枠を通して現れた世界です。会計も同じで、財務諸表は企業そのものではなく、会計基準という枠を通して現れた企業です。枠が公開され共通であることが、恣意を防いでいます。
では、作られたものであるならば、それは主観的で、信用できないのでしょうか。
そうはならない、というところが面白い点です。組み立ての基準が公開されていて、同じ基準が毎期使われ、変えたときには変えたと開示される。この三つが揃うと、個々の数値が唯一の正解でなくても、期間どうし、会社どうしを並べて比べることができるようになります。
真実という強い言葉の代わりに、会計が手にしたのは比較可能性です。そしてそれは、実務では十分に強い性質です。投資家も金融機関も、絶対値そのものより、前期とどう違うか、同業とどう違うかを見ています。比べられることが、判断の材料になっている。
これは、真実をあきらめた妥協ではないと思います。複数の正解がありうる領域で、なお共有できる客観性を作り出すための、かなり手の込んだ工夫です。
図 唯一の正解を名乗れなくても、基準が公開され、継続して適用され、変更が開示されていれば、会社どうしの数字は横に比べられます。真実の代わりに会計が手にしたのは、この比較可能性です。
適正という言葉の慎ましさ
そう考えると、監査報告書のあの一文は、ずいぶん慎ましい言葉に見えてきます。
世界を完全に写しました、とは言わない。代わりに、写し方の基準を公開し、同じ基準で写し続け、変えるときには変えたと開示する。そのうえで、重要な点において枠のなかに収まっていることを、合理的な範囲で保証する。言えることだけを、正確に言っている。
図 監査意見の一文を三つに分けると、それぞれが何を引き受け、何を引き受けていないかが見えます。慎ましいのは自信のなさではなく、言えることの境界を守っているからです。
この慎ましさを、私はある哲学者の一文と重ねて読んでいます。
言えることの境界をはっきりさせ、その外側については黙る。監査報告書がしているのも、これに近いことだと思います。真実に一致していますとは言わない。言えるのは、認められた枠のなかにあり、重要な虚偽の表示がないことについて合理的な保証を得た、というところまでです。境界の手前で止まるのは、弱さではありません。むしろ、会計に対する誠実さの現れだと考えています。
だから私は、有価証券報告書をみたとき、まず注記を読みます。重要な会計方針に関する注記と、会計上の見積りの注記です。同じ利益の数字でも、どうやってそこに至ったのかは会社ごとに違います。適正という言葉は、その読み方まで含めて設計されているのだと思います。
次回は、時間の話を書きます。事業に切れ目はないのに、会計はなぜ1年で区切るのか、という話です。
複数の処理が認められる領域では、どれを選んだかよりも、選んだ理由を説明できるかどうかが問われます。上場審査でも監査でも、見られているのはそこです。採用している会計方針と、その根拠、注記の書きぶりをお送りいただければ、説明として通る形になっているかを確認してお返しします。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
よくある質問
A. 正しいというより、認められた枠のなかにあり、重要な虚偽の表示がないことについて合理的な保証が得られた、という意味です。同じ取引から複数の適正な数字が生まれる領域があるため、監査意見は唯一の正解との一致を述べる形をとっていません。
A. 選べること自体は問題ではありません。問題になるのは、毎期変えることと、変えたことを開示しないことです。企業会計基準第24号は、正当な理由がある場合に限って変更を認め、内容と理由と影響額の注記を求めています。
A. 逆だと考えています。唯一の正解を名乗れない領域で、それでも比べられる仕組みを作るための考え方です。基準の公開と継続適用によって、比較可能性という別の客観性が立ち上がります。
A. 重要な会計方針に関する注記と、会計上の見積りの注記です。利益の数字が同じでも、そこに至る道筋は会社ごとに違います。前期から変わった箇所があるかどうかも、この2つを見れば分かります。
まとめ
企業会計原則の一般原則一は真実な報告を求めますが、ここでいう真実は絶対的真実ではなく相対的真実と説明されます。棚卸資産の評価も減価償却も引当金の見積りも、認められた方法が複数あり、どれを選んでも基準には準拠しています。
だからこそ監査意見は、唯一の正解との一致ではなく、すべての重要な点において適正に表示していることを述べます。そこに含まれるのは、重要な虚偽の表示がないことについての合理的な保証であって、絶対的な保証ではありません。
選択の自由は放置されていません。継続して適用すること、選んだことを注記で開示すること、変えたときに理由と影響額を残して遡及適用すること、見積りの作り方を開示すること。この四つが、自由の跡を残させています。
財務諸表は、外にある実在の写しというより、基準に従って組み立てられた表現に近いものです。真実という言葉の代わりに会計が手にしたのは比較可能性であり、実務ではそれで十分に強い。適正という語の慎ましさは、そこまで含めて設計されたものだと思います。
⚖ 本記事の根拠
- 企業会計原則 一般原則一(真実性の原則)・四(明瞭性の原則)・五(継続性の原則)
- 企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」
- 企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」
- 企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」
- 企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」
- 監査基準(企業会計審議会) 合理的な保証については条項番号を挙げず、趣旨として記述しています
- 東京商工リサーチ「上場企業の不適切会計 開示 27社・27件」(2026年7月24日) 2026年上半期の集計
- 日本経済新聞「26年3月期の会計不正40社、なお高水準 プライム企業が4割」(2026年7月)
- アリストテレス『形而上学』第4巻、カント『純粋理性批判』、ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』命題七 いずれも訳と要約は筆者によるもので、原典の趣意を示すためのものです
本記事は一般的な情報提供を目的としたエッセイです。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。
会計方針の変更や誤謬の訂正の実務は、過年度修正 完全ガイドにまとめています。あわせてご覧ください。