増資の払込みを金銭以外で行うのが現物出資です。役員からの借入金を資本に振り替える、事業に使っている不動産や設備を出資する、他社の株式を出資する。いずれも会社法199条1項3号の場面です。
ここで立ちはだかるのが検査役の調査です。裁判所に選任を申し立てるところから始まり、報告が出るまでに相当の時間がかかります。ただし、会社法207条9項には5つの例外が置かれています。実務の大半はこの例外の中で動いています。
- 検査役の調査が原則として必要になる場面(会社法207条1項)
- 調査を省略できる5つの場合と、その数値の基準(同条9項)
- 専門家の証明を使える範囲と、証明できない者(同条9項4号・10項)
- 価額が不足したときの引受人と取締役の責任(212条・213条)
この記事の見出し
原則は、裁判所が選任する検査役の調査
会社法199条1項3号は、金銭以外の財産を出資の目的とするときは、その旨と当該財産の内容および価額を募集事項として定めなければならないとしています。この定めをしたときに動き出すのが207条です。
同条1項は、募集事項の決定の後遅滞なく、現物出資財産の価額を調査させるため、裁判所に対して検査役の選任の申立てをしなければならないと定めています。会社が自分で評価すれば足りる、とはなっていません。
同条2項により裁判所は検査役を選任し、3項により会社が検査役に支払う報酬の額を定めることができます。4項により検査役は必要な調査を行って裁判所に報告し、6項により会社にもその写しを交付します。7項により、裁判所が価額を不当と認めたときは、これを変更する決定をします。
8項には引受人側の救済があります。7項の決定により価額の全部または一部が変更された場合には、引受人は決定の確定後1週間以内に限り、申込みまたは総数引受契約に係る意思表示を取り消すことができます。想定より低い価額に変更されたら、引き受けをやめられるということです。
問題は時間です。申立てから選任、調査、報告、決定までを積み上げると、増資のスケジュールに乗せることが難しくなります。だからこそ、次の例外が実務の中心になります。
省略できる5つの場合
会社法207条9項は、5つの場合について前各項の規定を適用しないと定めています。順に見ます。
- 1号 引受人に割り当てる株式の総数が発行済株式の総数の10分の1を超えない場合
- 2号 現物出資財産について定められた価額の総額が500万円を超えない場合
- 3号 市場価格のある有価証券について定められた価額が、法務省令で定める方法により算定される市場価格を超えない場合
- 4号 価額が相当であることについて弁護士、弁護士法人、公認会計士、監査法人、税理士または税理士法人の証明を受けた場合(不動産のときはその証明に加えて不動産鑑定士の鑑定評価)
- 5号 現物出資財産が会社に対する金銭債権であって弁済期が到来しているものであり、定められた価額がその金銭債権に係る負債の帳簿価額を超えない場合
1号は、割り当てる株式の数が少なければ既存株主への影響も小さいという趣旨です。10分の1の分母は発行済株式の総数です。
2号の500万円は総額で見ます。複数の財産を出資する場合は合計です。少額の設備や車両を出資する場面では、この号で足りることが多くあります。
4号が実務でよく使われます。ただし、証明できない者が10項に列挙されています。取締役、会計参与、監査役、執行役、支配人その他の使用人、募集株式の引受人、業務の停止の処分を受けてその期間を経過しない者、そして社員の半数以上がこれらに該当する法人です。顧問税理士が取締役を兼ねている場合などは、この点を確認してください。
役員借入金を資本に振り替える場合
会社法208条3項は、募集株式の払込みの債務と会社に対する債権とを相殺することができないと定めています。したがって、役員からの借入金をそのまま資本に振り替えることはできません。金銭債権を現物出資する形で組み立てます。
このとき効いてくるのが207条9項5号です。弁済期が到来している会社に対する金銭債権であって、定められた価額がその金銭債権に係る負債の帳簿価額を超えないのであれば、検査役の調査は不要です。帳簿価額どおりの価額で出資するかぎり、申立てをせずに進められます。
条件は2つです。弁済期が到来していること、そして価額が負債の帳簿価額を超えないことです。期限の定めのない借入金であれば、催告により弁済期を到来させたうえで手続に入ります。返済期日が先の借入金は、そのままでは5号に乗りません。
なお、債務を資本に振り替える処理には税務上の論点が別に生じます。会社法の手続が整うことと、税務上の取扱いが問題ないこととは別ですので、実行の前に個別に確認してください。
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価額が足りなかったときの責任
会社法212条1項2号は、株主となった時における現物出資財産の価額が、定められた価額に著しく不足する場合には、引受人は会社に対しその不足額を支払う義務を負うと定めています。同条2項により、引受人が不足について善意でかつ重大な過失がないときは、申込みまたは総数引受契約に係る意思表示を取り消すことができます。
責任は引受人だけではありません。会社法213条1項は、募集に関する職務を行った業務執行取締役、価額の決定に関する株主総会に議案を提案した取締役、価額の決定に関する取締役会に議案を提案した取締役も、不足額を支払う義務を負うとしています。
ただし同条2項に免責があります。現物出資財産の価額について207条2項の検査役の調査を経た場合と、その取締役等が職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合です。検査役の調査は時間がかかりますが、それを経ていれば取締役の責任が外れるという意味を持っています。
同条3項は、207条9項4号の証明をした者も不足額を支払う義務を負うとしたうえで、証明をするについて注意を怠らなかったことを証明したときはこの限りでないとしています。同条4項により、これらの者は連帯債務者となります。
| 誰が | どんな義務 | 免れる場合 |
|---|---|---|
| 引受人 | 不足額の支払(212条1項2号) | 善意無重過失なら意思表示の取消し(同条2項) |
| 取締役等 | 不足額の支払(213条1項) | 検査役の調査を経た場合、注意を怠らなかった場合(同条2項) |
| 証明者 | 不足額の支払(213条3項) | 注意を怠らなかったことを証明した場合 |
資本政策への影響
現物出資は、資金を使わずに資本を厚くできる手段です。純資産がマイナスの会社が上場準備に入る場面や、事業に必要な資産を個人が保有している場面で検討されます。
ただし、価額の決め方が後々まで残ります。過大に評価して発行株式数を増やせば、その分だけ他の株主の持分が薄まりますし、不足があれば212条と213条の責任の問題になります。上場準備の会社では、当時どのような評価に基づいて価額を決めたのかを、資料とともに説明できる状態にしておいてください。
日程の面では、検査役の調査を避けられるかどうかが決定的です。207条9項のどの号に乗せるのかを最初に決め、乗らないのであれば申立てから逆算した日程を組みます。4号の証明を使う場合は、証明者の選定と、10項の欠格に当たらないことの確認を早めに済ませてください。
定款、株主総会、取締役会、株主名簿、増資。上場準備で必ず点検される書類と手続は決まっています。いまの運用のどこに抜けがあるかは、定款と直近の議事録を拝見すれば短時間で見立てが立ちます。上場準備の実務を経験した公認会計士・税理士が直接対応します。初回のご相談は無料です。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。支援の内容と進め方はIPO支援業務のページにまとめています。
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❓ よくある質問
A. 会社法207条9項2号は、現物出資財産について定められた価額の総額が500万円を超えない場合としています。個々の財産ではなく総額で判定します。
A. 税理士または税理士法人は207条9項4号の証明ができる者に含まれます。ただし同条10項により、取締役や使用人を兼ねている場合、引受人である場合などは証明できません。
A. 弁済期が到来している金銭債権であり、価額が負債の帳簿価額を超えないのであれば、207条9項5号により不要です。弁済期が到来していない借入金は、そのままでは5号に当たりません。
📄 まとめ
現物出資は原則として裁判所が選任する検査役の調査を必要としますが、会社法207条9項に5つの例外が置かれており、実務の大半はこの中で動きます。10分の1以下、500万円以下、市場価格のある有価証券、専門家の証明、そして弁済期が到来した金銭債権の5つです。
調査を省略した場合、価額が著しく不足すれば引受人と取締役、そして証明者が不足額の支払義務を負います。どの号に乗せるかを最初に決め、価額の根拠を資料とともに残してください。
⚖ 本記事の根拠
- 会社法199条1項3号(金銭以外の財産を出資の目的とする場合の募集事項)
- 会社法207条1項から8項
- 会社法207条9項1号から5号(検査役の調査を要しない5つの場合)、同条10項(証明をすることができない者)
- 会社法208条3項(払込みの債務と会社に対する債権の相殺の禁止)
- 会社法212条1項2号・2項(引受人の不足額支払義務と、意思表示の取消し)
- 会社法213条1項から4項(取締役等および証明者の責任と、免れる場合)
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。
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