「去年の分の費用が出てきたので遡及計上しておいてください」。経理の現場でよく交わされる言い方ですが、この一言だけでは何をすればよいかが決まりません。過去に遡って直す処理は会計基準上いくつかに分かれていて、どれにあたるかによって、動かす科目も、比較年度を直すかどうかも、注記の要否も変わるためです。
この記事では、遡及計上という言葉が実際には何を指しているのかを整理し、原因からたどって処理を決める手順を示します。あわせて、会計で比較年度を直しても税務の申告は自動的には直らないという点も確認します。
- 遡及計上という言葉が指している4つの処理
- 原因から処理を決める判定の順番
- どの科目に、いくら入れるか(自作の数値例)
- 去年の請求書が出てきたときの具体的な手順
- 税務では別に手続が必要になること
この記事の見出し
📌 結論 遡及計上は会計基準の用語ではない
まず押さえておきたいのは、遡及計上という言葉が会計基準に出てこないという点です。企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」が定めているのは、遡及適用・財務諸表の組替え・修正再表示という3つの処理と、遡らずに将来へ向けて処理する会計上の見積りの変更です。
実務で遡及計上と呼ばれているものは、このどれかを指しています。したがって最初にやるべきなのは、金額を決めることでも仕訳を切ることでもなく、どれを指しているのかを確かめることです。
遡及計上という言葉は会計基準にありません。まず、この4つのどれを指しているのかを確かめるところから始まります。
言葉の違いそのものについては遡及修正とは?遡及適用・財務諸表の組替え・修正再表示の違いで整理しています。ここでは、では実際にどの科目へいくら入れるのか、という一段先の話をします。
📄 原因からたどると入口が決まる
原因をたどれば入口は決まります。金額の大小から入ると判断を誤ります。
金額から入ると間違える
よくある誤りが、金額の大きさから入ってしまうことです。金額が大きいから遡ろう、小さいから当期で処理しよう、という順番だと、会計方針の変更なのか誤謬なのかという区別が飛ばされます。重要性の判断は、どの処理にあたるかを決めた後の話です。
原因のたどり方はシンプルです。会計処理の原則や手続そのものを変えたのか、当時の処理が誤っていたのか、科目の出し方だけを変えたのか、新しい情報を得て見積りを見直したのか。この4つのどれかに必ず収まります。判定に迷う場合の考え方は会計方針の変更と見積りの変更・誤謬の違いにまとめています。
🧾 どの科目に、いくら入れるか
単位は百万円。すべて説明のための架空の数値です。過去に遡るのは上の2つだけで、下の2つは当期で受けます。
会計方針の変更と誤謬の訂正は、比較年度と期首の利益剰余金が動く
会計方針を変えて遡及適用する場合、新しい方針を過去のすべての期間に適用していたものとして、比較年度の各科目を計算し直します。そして、比較年度より前の期間に対応する影響額の累計を、比較年度の期首の利益剰余金などに反映させます。これが累積的影響額です。当期の損益計算書には影響が出ません。
過去の誤謬を訂正する場合も動き方は同じです。誤りのあった期間まで遡って正しい金額に直し、比較年度より前の分は期首の利益剰余金で受けます。会計方針の変更との違いは原因だけで、数字の動かし方は同じ構造をしています。
表示方法の変更と見積りの変更は、利益剰余金が動かない
科目の分類や配列だけを変えた場合は、比較年度の科目の並びを組み替えるだけで、金額の合計も利益剰余金も動きません。どの科目を独立させ、どこまでを「その他」にまとめるかという判断そのものは掲記とは?独立掲記・区分掲記・一括掲記の使い分けで扱っています。
見積りの変更は、そもそも過去に遡りません。新しい情報が得られたのは当期であり、過去の見積りが当時の情報のもとで妥当だったのであれば、それを誤りとは扱わないためです。当期以降の損益で受けます。
🗂 期首の利益剰余金を動かす仕訳を、数値例で確認する
言葉だけでは分かりにくいところなので、誤謬が2期にまたがった場合を例に、実際にどの仕訳になるかを見ます。数値と会社はすべて架空のものです。
- 3月決算のA社。当期はX3年3月期で、比較年度としてX2年3月期を並べる
- 外注費の計上漏れが見つかった。X1年3月期に属するものが12、X2年3月期に属するものが16、合計28
- 重要性があると判断し、修正再表示を行う
- 説明を簡単にするため、税効果と消費税は考慮しない
比較年度として並べるのはX2年3月期です。X2年3月期に属する16は、その年度の販売費及び一般管理費として計上し直します。一方、X1年3月期に属する12は、比較年度より前の期間に属するため、比較年度の期首の利益剰余金で受けます。
| 直す対象 | 借方 | 貸方 |
|---|---|---|
| X2年3月期に属する分 | 販売費及び一般管理費 16 | 未払金 16 |
| X1年3月期に属する分 | 繰越利益剰余金(期首残高) 12 | 未払金 12 |
単位は百万円。すべて説明のための架空の数値です。
この結果、X2年3月期の貸借対照表では未払金が28増え、純資産が28減ります。損益計算書では販売費及び一般管理費が16増え、営業利益以下の各段階利益が16減ります。そして株主資本等変動計算書では、利益剰余金の当期首残高が12減額されたうえで、当期純利益が16少ない状態になります。
株主資本等変動計算書の見え方に注意する
実務でつまずきやすいのが株主資本等変動計算書です。前期首残高を直接動かすため、前期に提出した計算書類の数字と一致しなくなります。株主総会や取締役会で説明を求められたときに、どこがなぜ動いたのかを一枚で示せる資料を作っておいてください。
また、修正再表示を行った場合には、財規8条の3の7により、誤謬の内容、財務諸表の主な科目に対する前事業年度における影響額、前事業年度に係る1株当たり情報に対する影響額、前事業年度の期首における純資産額に対する累積的影響額を注記することになります。会社法の計算書類では会社計算規則102条の5により、誤謬の内容と当該事業年度の期首における純資産額に対する影響額を注記します。求められる項目の数が違う点に注意してください。
⚖️ 去年の請求書が出てきたら
実務でいちばん多い相談がこれです。前期に属する費用の請求書が期末を過ぎてから出てきた、という場面をどう処理するか。
最初にやるのは金額の判定ではなく、当時計上されなかった理由の特定です。ここで入口が決まります。
まず、なぜ当時計上されなかったのかを確かめる
請求書が期末後に届いた場合と、届いていたのに見落としていた場合とでは、扱いが変わります。前者は、期末時点で入手可能な情報にもとづいて未払費用を見積もるべきだったかどうかという問題になります。後者は、計上すべきものを計上しなかったという意味で、過去の誤謬にあたります。
ここを確かめずに金額だけで判断すると、本来は修正再表示すべきものを当期の費用で流してしまうことになります。逆に、当時の見積りとして妥当だったものを誤謬として扱うと、必要のない修正再表示を行うことになります。
次に、重要性を判断する
誤謬にあたると整理できたら、次は重要性です。金額的な重要性だけでなく、質的な重要性もあわせて見ます。重要性が乏しいと判断すれば、当期の損益で処理する余地があります。判断の軸は誤謬の重要性判断|修正再表示か当期の損益で処理かの分かれ目で整理しています。
なお、重要性が乏しいと判断した場合でも、その判断の根拠は残しておいてください。翌期以降に同種の誤りが積み上がると、累積で重要になることがあります。
見つかった金額と、当時計上されなかった経緯をお送りいただければ、会計方針の変更・誤謬の訂正・見積りの変更のどれにあたるかを整理し、比較年度をどこまで直すか、注記が必要かまでをお返しします。監査法人への説明資料の形まで仕上げてお渡しできます。初回のご相談は無料です。
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。
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🧭 よくある3つの誤り
誤り1 重要なのに当期の損益で受けてしまう
いちばん多いのがこれです。過去の分だから前期損益修正損で当期に落とせばよい、という発想で処理してしまう例です。過年度遡及会計基準のもとでは、重要性のある誤謬は修正再表示によって比較年度を直すことになるため、当期の損益で受けると当期の利益が実態より小さく表示されます。上場準備中の会社では、この処理を続けていると直前期の利益水準が説明できなくなります。
誤り2 累積的影響額を当期の損益に入れてしまう
比較年度は正しく直したのに、比較年度より前の期間に属する分まで比較年度の損益計算書に入れてしまう例です。先ほどの数値例でいえば、X1年3月期に属する12を、X2年3月期の販売費及び一般管理費に含めてしまうケースです。この12は損益ではなく期首の利益剰余金で受けます。比較年度の損益が過大に悪化するため、前期比較の説明が合わなくなります。
誤り3 税務の手続を忘れる
会計で比較年度を直したことで作業が終わった気になり、提出済みの申告書をそのままにしてしまう例です。更正の請求には期限があるため、気づいた時点で税務の要否も同時に確認してください。会計の担当と税務の担当が分かれている会社ほど起きやすい漏れです。
💰 税務は別に手続が必要になる
会計で比較年度を直しても、提出済みの申告書が自動的に直るわけではありません。税務では、申告した事業年度ごとに手続を取ることになります。
会計で比較年度を直しても、税務の申告が自動的に直るわけではありません。手続は別に必要です。
納めすぎていた場合は更正の請求
過去の申告で税額を過大に申告していた場合には、更正の請求を行います。国税通則法23条1項は、納税申告書を提出した者は、当該申告書に係る国税の法定申告期限から5年以内に限り、税務署長に対して更正をすべき旨の請求をすることができるとしています。法人税に係るもののうち、純損失等の金額が過少であった場合については10年以内とされています。
同条2項には、判決により計算の基礎となった事実が異なることが確定した場合など、後発的な事由による請求の定めも置かれています。通常の5年の期間を過ぎていても、これに該当すれば請求できる余地があります。
過少に申告していた場合は修正申告
逆に税額を過少に申告していた場合は、修正申告を行うことになります。調査で指摘される前に自主的に提出するのか、指摘を受けてから提出するのかで、加算税の取扱いが変わります。
過年度の費用を当期に入れても損金にならないことがある
会計上、重要性が乏しいと判断して当期の費用として処理した場合でも、税務では別の見方になることがあります。費用は本来帰属すべき事業年度の損金となるのが原則であるため、過年度に属する費用を当期に計上しても、当期の損金として認められないことがあるためです。この場合は申告調整で加算し、必要に応じて過年度について更正の請求を検討することになります。
会計と税務のずれの扱いは過年度遡及処理と税務|確定決算主義との関係と申告調整の考え方で詳しく整理しています。
🏢 連結と個別で気をつけること
誤謬が子会社で見つかった場合、連結財務諸表と個別財務諸表の両方に影響が及びます。ただし影響額は同じではありません。連結では未実現利益の消去や持分比率の影響が乗るため、個別の金額をそのまま連結に持ち込むことはできません。
注記についても、財規8条の3の7は連結と個別の両方で記載を求めています。財規8条の3第1項ただし書のように、連結に同一の内容が記載される場合に個別で省略できるという定めは、注記の種類ごとに置かれ方が異なります。どの注記が省略できるのかは、それぞれの条文で確認してください。
監査法人に最初に聞かれること
過年度に関係する事象を報告すると、監査法人からはおおむね次の順で確認が入ります。第一に、いつ・誰が・どうやって見つけたのか。第二に、当時なぜ計上されなかったのか。第三に、同種の事象が他にないと言える根拠は何か。第四に、内部統制上の原因と再発防止の手当てをどうするか。
とくに三番目は、見つかった1件だけを直して終わりにできないという意味で重要です。同じ経路で他にも漏れている可能性を潰すために、取引先別や科目別に洗い出しを行い、その手続と結果を記録に残しておく必要があります。IPO準備企業の場合は、この洗い出しの丁寧さがそのまま管理体制の評価につながります。関連する論点はIPO準備企業の過年度修正で扱っています。
✅ 実務の手順
- 金額と、どの事業年度に属するものかを特定する
- 当時計上されなかった理由を確かめ、4つの処理のどれにあたるかを決める
- 比較年度を直すのか、当期で受けるのかを決める
- 期首の利益剰余金を動かす場合は、累積的影響額を算定する
- 注記の要否と記載事項を、根拠となる条文に沿って確認する
- 税務について、更正の請求または修正申告の要否を確認する
- 判断の根拠を、監査法人に説明できる形で残す
このうち時間がかかるのは4番目の累積的影響額の算定です。過去の資料が残っていないと算定できないため、決算の終盤に見つかると間に合わなくなります。過年度に関係しそうな事象は、見つけた時点で早めに共有しておくのが安全です。
❓ よくある質問
A. 違います。遡及適用は会計基準の用語で、新しい会計方針を過去の期間のすべてに適用していたかのように処理することをいいます。遡及計上は基準にない言い方で、実務では遡及適用のほか修正再表示なども含めて漠然と使われています。
A. 過年度遡及会計基準のもとでは、過去の誤謬に重要性があれば修正再表示によって処理するため、当期の損益計算書に前期損益修正損として計上する場面は限られます。重要性が乏しい場合に当期の損益で処理することはありますが、科目名は内容に応じて選びます。
A. ありません。会計上の見積りの変更は、当期以降の期間に影響させる処理です。ただし、過去の見積りが当時入手可能な情報にもとづいていなかった場合は、見積りの変更ではなく誤謬にあたります。
A. 直りません。提出済みの申告書については、更正の請求または修正申告という別の手続が必要です。会計の処理と税務の手続は別に管理してください。
A. 国税通則法23条1項により、原則として法定申告期限から5年以内です。法人税に係るもののうち純損失等の金額が過少であった場合は10年以内とされています。後発的な事由による請求の定めも同条2項にあります。
A. 重要性が乏しいと判断できれば当期の損益で処理する余地があります。ただし、金額の大小だけでなく質的な重要性もあわせて見る必要があり、判断の根拠は残しておく必要があります。
📄 まとめ
遡及計上という言葉は会計基準にありません。実務でこの言葉が出てきたら、会計方針の変更(遡及適用)・過去の誤謬の訂正(修正再表示)・表示方法の変更(財務諸表の組替え)・会計上の見積りの変更のどれを指しているのかを、まず確かめてください。
入口は原因で決まります。金額の大小から入ると判断を誤ります。過去に遡って比較年度と期首の利益剰余金が動くのは、会計方針の変更と誤謬の訂正の2つだけで、表示方法の変更は科目の並びだけ、見積りの変更は当期以降だけです。
そして、会計で比較年度を直しても提出済みの申告書は直りません。更正の請求または修正申告という別の手続が必要で、更正の請求には原則として法定申告期限から5年という期限があります。会計の処理を決めるときに、税務の期限も同時に確認しておいてください。
📚 参考(公的な一次情報)
- 企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」
- 財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則(昭和38年大蔵省令第59号)8条の3から8条の3の7
- 国税通則法(昭和37年法律第66号)23条
見つかった金額と、当時計上されなかった経緯をお送りいただければ、4つの処理のどれにあたるかを整理し、比較年度をどこまで直すか、注記と税務の手続が必要かまでをお返しします。監査法人への説明資料の形まで仕上げてお渡しできます。
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