上場準備が進んで主幹事証券との打合せが増えてくると、想定発行価格・仮条件・公開価格という3つの価格が出てきます。どれも似た言葉に見えますが、決める人も、もとになる材料も、投資家の目に触れるタイミングも違います。その真ん中にあるのがブックビルディングです。
この記事では、ブックビルディングが具体的に何をしている手続なのかを、想定発行価格から上場までの流れの中で整理します。あわせて、2023年10月以降のIPOに適用されている公開価格の設定プロセスの見直しについても、日本証券業協会の規則にそって説明します。
- ブックビルディングが流れのどこにあたるか
- 想定発行価格・仮条件・公開価格の3つの違い
- 需要申告で投資家が何を申告しているか
- 仮条件の外でも公開価格を決められるようになった見直しの内容
- オーバーアロットメントとシンジケートカバー取引の関係
- 発行会社側が決めること・用意すること
この記事の見出し
📌 結論 需要を積み上げてから価格を決める仕組み
ブックビルディング(需要積み上げ方式)とは、公開価格を決める前に投資家から購入希望の価格と株数の申告を集め、その積み上がり方を見て公開価格を決める方法をいいます。ブック(帳簿)をビルディング(積み上げる)という言葉のとおり、申告を集めた台帳を作る作業そのものを指しています。
価格を先に決めて売るのではなく、いくらならどれだけ買いたいかを先に聞く、という順番が要点です。発行会社から見ると、需要が積み上がる様子を見てから最終価格を決められるため、売れ残りのリスクを抑えられます。
ブックビルディングは、この流れのうち4番目にあたる需要の積み上げのことを指します。
上場準備の実務では、この流れのうち仮条件が決まった段階から一気に日程が詰まります。需要申告の期間はおおむね1週間前後で、その直後に公開価格が決まり、申込み、払込みを経て上場という順です。全体の流れは上場申請から上場日までの流れで扱っています。
📄 3つの価格は、それぞれ別のものから決まる
3つとも別のタイミングで別の材料から決まります。想定発行価格と公開価格が一致しないのはこのためです。
想定発行価格
最初に出てくるのが想定発行価格です。主幹事証券が、事業内容の似た上場会社の株価指標などをもとに算定します。この時点では投資家に価格を聞いていないため、あくまで見込みの数字です。有価証券届出書と目論見書に記載され、投資家が最初に目にする価格になります。
仮条件
次が仮条件です。想定発行価格を示したうえで機関投資家などに聞き取りを行い、その反応をふまえて、発行会社と主幹事証券が価格の幅を決めます。ここで初めて、市場の見方が価格に反映されます。仮条件が想定発行価格より低く出ることもあれば、高く出ることもあります。
公開価格
最後が公開価格です。仮条件を提示して需要申告を集め、どの価格帯にどれだけの需要が集まったかを見て決めます。実際に投資家が支払う価格であり、上場初日の値動きの基準になる価格でもあります。
仮条件はどうやって決まるのか
仮条件を決める前に行われるのが、機関投資家などへの聞き取りです。実務ではプレマーケティングと呼ばれます。主幹事証券のアナリストによるレポートを機関投資家に配り、その内容をもとに、いくらなら投資するかという反応を集めます。ここで示された価格帯を集約したものが、仮条件の土台になります。
発行会社の経営陣が投資家に直接説明する機会も設けられます。いわゆるロードショーです。事業の内容、成長の見通し、調達資金の使い道を説明し、質疑に答えます。この場での説明の説得力が需要の集まり方に影響するため、上場準備の中でも準備に時間をかけるべき場面のひとつです。
仮条件の幅は、上限と下限で1割から2割程度の開きを持たせることが多いとされます。ただし幅の取り方に決まりはなく、需要の見え方によって狭くも広くもなります。幅が狭ければ価格の予見性は高まりますが、需要が上振れたときに取りこぼす可能性が出てきます。
🧭 需要申告で投資家は何を申告しているか
需要申告の期間中、投資家は証券会社を通じて、購入を希望する価格と株数を申告します。申告は仮条件の幅の中から選ぶ形が一般的で、上限の価格で申告する方法と、価格を指定せず成行に相当する形で申告する方法があります。
ここで集まった申告は、そのまま購入の約束ではありません。公開価格が決まった後に、改めて申込みの手続が必要になります。需要申告をした投資家全員に株式が配分されるわけでもありません。申告した株数がそのまま割り当てられるとは限らず、抽選や配分方針によって決まります。
発行会社は需要の中身を見られるようになった
日本証券業協会の「株券等の募集等の引受け等に係る顧客への配分等に関する規則」5条から8条により、需要の状況や配分先の情報を、顧客名を含めて発行者等に提供する仕組みが定められています。どの層の投資家がどの価格帯で申告しているのかを、発行会社側でも把握したうえで公開価格の議論ができる形になりました。
⚖️ 2023年10月からの見直し|仮条件の外でも決められる
公開価格の設定プロセスは、日本証券業協会の規則改正により見直されています。日本証券業協会によれば、2023年10月1日以降に上場する株式のIPOから適用されています。
出所は日本証券業協会の規則改正です。いずれも選択できる仕組みで、必ずそうなるわけではありません。
仮条件の範囲外での公開価格設定
「有価証券の引受け等に関する規則」25条3項は、ブックビルディングに関し必要な事項を細則で定めるとしています。これを受けた同規則に関する細則15条1項1号により、協会が別に定める一定の範囲内であれば、改めてブックビルディングを行わずに、仮条件の範囲外で公開価格を決定できることとされました。同項2号では、公開価格の決定時に、協会が別に定める一定の範囲内で株式数を変更できるとされています。
あわせて同細則15条2項・3項により、引受会員に対して、価格や株式数が変更される可能性とその範囲を有価証券届出書や目論見書に記載し、投資者に事前に説明することが求められています。目論見書に幅を持った記載が出てくるのはこのためです。
発行会社にとって何が変わるか
需要が想定を大きく上回った場合に、仮条件の上限で頭打ちにせず、一定の範囲で上に振れる余地ができました。逆に需要が集まらなかった場合の下振れも制度上はあり得ます。いずれにせよ、どこまでの価格なら受け入れるのかを、仮条件を決める段階で社内で握っておく必要があります。
📊 なぜ見直しが行われたのか
公開価格の設定プロセスが見直された背景には、上場初日の初値が公開価格を大きく上回る例が続いたことがあります。初値が公開価格の2倍を超えるような案件では、発行会社がもっと高い価格で調達できたのではないか、という見方が出てきます。裏返せば、公開価格が需要を十分に反映できていなかったのではないか、という問題提起です。
この点について日本証券業協会で検討が行われ、公開価格の設定プロセスに関する規則の改正につながりました。仮条件の範囲外での公開価格設定を認めたのも、株式数の変更を認めたのも、需要の実態をより価格に反映させるためです。需要情報を発行者等に提供する仕組みが整えられたのも同じ流れにあります。
初値が上がることは発行会社にとって良いことか
初値が高く付けば、上場したという事実は華やかに報じられます。ただし発行会社が受け取るのは公開価格に基づく金額であり、初値と公開価格の差は発行会社には入りません。差が大きいほど、同じ株式数でより多く調達できた可能性を逃したことになります。
一方で、公開価格を高く設定しすぎれば需要が集まらず、上場後の株価が公開価格を下回るリスクが高まります。上場直後に株価が下がると、その後の資金調達やストックオプションの設計にも影響します。どこで折り合いをつけるかという議論なので、高ければよい、という単純な話ではありません。
発行会社として持っておきたいのは、初値がいくらだったかではなく、自社が調達すべき金額をどの価格と株式数の組合せで実現するか、という視点です。ここは資本政策の設計そのものなので、仮条件を議論する前に社内で固めておいてください。
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🗓 上場までの日程を短くする選択肢
もう一つの見直しが日程です。従来は上場承認から上場までおおむね1か月程度でしたが、上場承認前に有価証券届出書を提出する方式を選ぶことで、日本証券業協会によれば21日程度に短縮できるとされています。従来の方式と新しい方式のどちらを選ぶかは、発行会社と主幹事証券が判断します。
短縮の効果は、承認から上場までの間に市場環境が変わるリスクを小さくできる点にあります。一方で、条件決定前の目論見書には幅を持った上場日が記載される可能性があり、確定日は条件決定時の目論見書で示されます。社内の資金計画やIRの準備を、確定日が後から決まる前提で組んでおく必要があります。
💰 公開価格が変わると、何がどれだけ動くか
公開価格は上場後の株価の基準になるだけでなく、発行会社の財務そのものを動かします。仮条件の下限で決まった場合と上限で決まった場合を、架空の数値で比べてみます。
| 項目 | 仮条件の下限で決定 | 仮条件の上限で決定 |
|---|---|---|
| 公開価格 | 1,800円 | 2,200円 |
| 公募株式数 | 1,000,000株 | 1,000,000株 |
| 公募による調達総額 | 1,800百万円 | 2,200百万円 |
| 引受手数料(総額の7%と仮定) | 126百万円 | 154百万円 |
| 手取概算額 | 1,674百万円 | 2,046百万円 |
| 資本金への組入額(2分の1と仮定) | 900百万円 | 1,100百万円 |
単位と条件はすべて説明のための架空のものです。引受手数料の率や資本金への組入額の割合は案件ごとに異なります。
この例では、公開価格が2割上がると手取概算額は372百万円増えます。同時に、資本金への組入額も200百万円増えるため、資本金の額によって決まる税制上の扱いが変わる可能性があります。資本金1億円以下であれば適用される中小企業向けの措置は、上場に伴う増資でほぼ確実に外れますが、資本金の額そのものが外形標準課税などの判定に影響する点は、事前に税務で確認しておくべきところです。
もうひとつ動くのが持株比率です。公募株式数が同じであれば公開価格が変わっても比率は変わりませんが、需要に応じて株式数を変更できる現在の仕組みでは、株式数のほうが動く可能性があります。既存株主の持株比率がどこまで下がるのかは、株式数の変更幅とあわせて確認してください。
🏢 オーバーアロットメントとシンジケートカバー取引
需要が想定より多い場合に、主幹事証券が大株主などから株式を借りて追加で売り出すことがあります。これがオーバーアロットメントです。借りた株式はいずれ返さなければならないため、その返し方として2つの経路が用意されています。
上場直後の需給の振れを抑えるための仕組みです。発行会社の資金調達額は、どちらの方法で返すかによって変わります。
上場後に株価が公開価格を下回った場合は、主幹事証券が市場で買い付けて返します。これがシンジケートカバー取引です。株価が下回らなかった場合は、発行会社などから株式を取得する権利を行使して返します。これがグリーンシューオプションです。
発行会社から見ると、どちらの経路で返されるかによって最終的な調達額が変わります。上場後の株価が公開価格を上回って推移すれば、追加の発行や売出しが実行され、調達額が増えます。この設計も、上場前に主幹事証券と詰めておく項目のひとつです。
📅 条件決定の週に社内で起きること
需要申告から公開価格の決定までは、実務上いちばん密度の高い1週間になります。ここで社内の動きが止まると日程全体に響くので、あらかじめ役割を決めておいてください。
| 日程 | 外で起きること | 社内で必要なこと |
|---|---|---|
| 仮条件決定日 | 仮条件が公表され、訂正届出書が提出される | 取締役会の授権の範囲を再確認する |
| 需要申告期間 | 証券会社が投資家から申告を集める | 問い合わせ対応の窓口を一本化する |
| 条件決定日 | 公開価格と株式数が決まる | 取締役会を開き、価格と株式数を決議する |
| 申込期間 | 投資家が申込みを行う | 払込みの受入体制を確認する |
| 払込期日 | 払込みが行われる | 資本金の登記と会計処理の準備をする |
| 上場日 | 取引が始まる | 適時開示とIRの初動を実行する |
とくに条件決定日の取締役会は、当日の限られた時間で開くことになります。書面決議で足りるのか、実際に集まる必要があるのかを含め、開催方法を事前に決めておいてください。役員の所在も押さえておく必要があります。
🧾 発行会社側で決めること・用意すること
価格そのものは主幹事証券が主導しますが、受け入れる範囲を決めるのは発行会社です。
価格の算定そのものは主幹事証券が主導しますが、いくらまでなら受け入れるかを決めるのは発行会社です。とくに、仮条件の範囲外で公開価格が決まり得る現在の仕組みでは、取締役会でどこまでを授権しておくかが実務上の論点になります。条件決定の当日に取締役会を開くのか、あらかじめ幅を持って授権しておくのかを、法務と一緒に整理しておいてください。
費用の面では、公開価格が変われば引受手数料も変わります。上場にかかる費用の全体像はIPOにかかる費用の全体像で整理しています。誰に何を頼むかという役割分担はIPOの関係者と役割をご確認ください。
調達したい金額と現在の株主構成をお送りいただければ、どの程度の株式を放出することになるか、仮条件の幅をどう受け止めるべきかを整理してお返しします。上場後の持株比率まで見たうえで、いま決めておくべきことをお伝えします。初回のご相談は無料です。
❓ よくある質問
A. 買えません。需要申告は購入希望の意思表示で、公開価格の決定後に改めて申込みの手続が必要です。申込みをしても、配分の方針や抽選によって割り当てられないことがあります。
A. 需要の集まり方によります。上限で決まることも、幅の中ほどで決まることもあります。2023年10月以降は、協会が別に定める一定の範囲内であれば仮条件の範囲外で決まることもあり得ます。
A. 決めるタイミングと材料が違うためです。想定発行価格は投資家に聞く前に算定した見込みで、公開価格は需要申告の結果をふまえた価格です。両者が一致しないほうが通常です。
A. 入札による方法もありますが、現在の日本のIPOではブックビルディング方式が一般的です。どちらによるかは目論見書で確認できます。
A. 上場承認前に有価証券届出書を提出する方式を選んだ場合、条件決定前の目論見書には1週間程度の幅を持った上場日が記載される可能性があるためです。確定した日は条件決定時の目論見書で示されます。
A. 増えることがあります。借りた株式をグリーンシューオプションの行使によって返す場合には追加の発行や売出しが実行されますが、市場で買い付けて返す場合には実行されません。上場後の株価の動き方によって変わります。
A. 日本証券業協会の規則により、需要の状況や配分先の情報を顧客名を含めて発行者等に提供する仕組みが定められています。どの層の投資家がどの価格帯で申告したかを把握したうえで議論できます。
📄 まとめ
ブックビルディングは、価格を先に決めて売る方法ではなく、いくらならどれだけ買いたいかを先に聞いてから価格を決める方法です。想定発行価格・仮条件・公開価格の3つは、決める人も材料もタイミングも違います。この違いを押さえておくと、主幹事証券との打合せで何が議論されているのかが見えるようになります。
2023年10月以降のIPOでは、協会が別に定める一定の範囲内であれば仮条件の範囲外でも公開価格を決められ、株式数も変えられるようになりました。上場までの日程を21日程度に短縮する方式も選べます。いずれも選択肢が増えたということなので、どこまでを受け入れるかを社内で決めておく必要があります。
発行会社が主導できるのは価格そのものではなく、受け入れる範囲と、そのための授権の設計です。ここは資本政策と法務が交わるところなので、条件決定の直前ではなく、仮条件を議論する段階で固めておくことをおすすめします。
📚 参考(公的な一次情報)
- 日本証券業協会「有価証券の引受け等に関する規則」25条、同規則に関する細則15条
- 日本証券業協会「株券等の募集等の引受け等に係る顧客への配分等に関する規則」5条から8条
- 日本証券業協会「IPOにおける公開価格の設定プロセスの見直しについて」
いまの進捗と想定している上場時期をお聞かせいただければ、どの方式を選ぶと日程がどう変わるか、条件決定日に社内で何を決める必要があるかを整理してお返しします。取締役会の授権の設計まで含めてご相談いただけます。
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