新リース会計基準の適用準備で契約を棚卸しすると、自動更新で継続してきた普通借家契約が大量に出てきます。そのほとんどに退去時の原状回復条項があり、資産除去債務の候補になります。そして多くの会社が同じ指摘を受けます。新基準の適用を機に、これらについても計上すべきではないか、と。
結論から述べます。原状回復義務の発生を認めたうえで、その履行時期を予測できないために債務の金額を合理的に見積ることができないのであれば、負債を計上せず注記するのが、会計基準が明文で定めた取扱いです。そして新リース会計基準は、この判断の枠組みを変更していません。
以下では、自動更新の普通借家に係る原状回復義務を素材に、計上を要しないと判断できる要件と、その判断を維持するために揃えるべき事実を、基準と適用指針の原文に沿って整理します。
本記事は、計上を避けるための技法を示すものではありません。基準が定める要件に照らして自社の事実が該当するかを厳密に確認し、その判断を文書化するための手順を示すものです。要件を満たさないまま計上を見送れば、財務諸表の重要な虚偽表示につながります。
「計上しない」は例外処理ではなく、基準が明文で定めた取扱い
資産除去債務は発生時に負債として計上するのが原則です(企業会計基準第18号 第4項)。そのうえで、基準は次の定めを置いています。
不計上と注記は、基準が正面から予定している処理であり、便宜的な逃げ道ではありません。さらに結論の背景は、見積り不能となる原因の筆頭に履行時期の予測困難を挙げています。
なぜ履行時期が定まらないと金額を算定できないのか。第6項は、割引前の将来キャッシュ・フローを見積り割引後の金額で算定すると定め、その見積りは合理的で説明可能な仮定及び予測に基づく自己の支出見積りによること、見積金額は生起する可能性の最も高い単一の金額または発生確率で加重平均した金額とすることを求めています。支出がいつ発生するかが定まらなければ、割引期間も割引率も決まらず、計算が成り立ちません。工事単価の見積書は、この問題を解決しません。単価は金額の情報であって、時期の情報ではないからです。
整理すると、計上を要しない場面は三つあります。除去の義務がそもそも存在しない場合(第3項の定義に該当せず、注記も要しない)、合理的に見積ることができない場合(第5項。計上せず第16項(5)の注記を行う)、そして重要性が乏しい場合(第16項柱書)です。これとは別に、敷金が資産計上されているときは、負債計上に代えて敷金の回収不能見込額を費用配分する方法もあります(適用指針第21号 第9項)。以下で扱うのは二つ目の場面です。
図1 認識の判定と、その根拠となる条項
見積り不能といえる水準はどこにあるか
見積りが難しいという感覚では要件を満たしません。適用指針は水準を定義しています。
そのうえで、どういう情報があれば見積り可能といえるのかを、結論の背景が具体的に述べています。
この規定は、見積り可能性の判定を二つの要素に分解しています。履行時期の範囲を画することができるか。そして蓋然性、すなわち発生確率の分布を推定できるか。満たせるなら計上が必要であり、満たせないなら見積り不能に該当します。
| 要素 | 見積り可能といえる状態 | 見積り不能に傾く状態 |
|---|---|---|
| 履行時期の範囲 | 契約により終期が確定している。または退去・閉鎖の意思決定が済んでいる | 契約上も法律上も終期を画する期限がなく、上限を設定する根拠がない |
| 蓋然性の分布 | 安定した退去率など、発生確率の分布を推定できる客観的な基礎がある | 過去の退去が個別の意思決定により離散的に生じ、時間的な規則性を示さない |
| 測定への当てはめ | 最頻値または期待値として説明できる時期を特定できる(基準 第6項(1)) | 最頻値でも期待値でもない便宜的な時点を置くほかない |
何らかの数値を機械的に計算できることと、基準が求める水準の見積りができることは、別の問題です。
自動更新の普通借家は、適用指針が設例で想定している
ここが実務上、最も重要な点です。自動更新される賃貸借契約の原状回復義務について、適用指針は「合理的な見積りができないため資産除去債務を計上していない場合の注記」という表題の設例を置いています。
その前提は、契約期間は2年だが、期間満了の6か月前までに更新しない旨の通知がされない限り自動更新される不動産賃貸借契約で、終了時に原状回復して返還する条項があるというものです。そのうえで、再度移転する計画はなく契約を継続させることを意図しているため継続期間を合理的に見積ることができない、と整理されています。注記例は、賃借資産の使用期間が明確でなく将来移転する予定もないことから合理的に見積ることができない、というものです。
基準設定主体自身が、自動更新型の賃貸借に係る原状回復義務を、見積り不能により計上しない典型例として示しているのです。
普通借家には、使用継続可能期間の終期が法律上存在しない
日本の普通借家契約は、設例の前提よりもさらに強く借手の使用継続が保護されています。
ただし書に注目してください。法定更新された後の賃貸借は、期間の定めがないものとされます。加えて第28条は、賃貸人による更新拒絶の通知や解約の申入れは、正当の事由があると認められる場合でなければすることができない、と定めています。
この二か条の帰結は明確です。普通借家契約における契約書上の期間は、賃料改定などの節目にすぎず、使用を継続できる期間の終期を画するものではありません。定期建物賃貸借と決定的に異なるのはこの点です。
図2 終期が画されているか否かで結論が分かれる
新リース会計基準は、この判断枠組みを変えていない
監査法人の指摘の多くは、新基準の適用が計上の契機になるという前提に立っています。しかし改正内容を確認すると、その前提は成り立ちません。
改正されたのは結論の背景であり、認識・測定・注記を定める本文は改正されていません。第5項も第16項(5)も結論の背景第35項も、従前と同一の文言のまま存置されています。適用指針についても、見積り不能の意義を定める第2項、判断規準を示す結論の背景第17項、敷金の簡便的取扱いを定める第9項、自動更新型賃貸借の設例は、いずれも現在の適用指針にそのまま置かれています。
では、新リース会計基準等が資産除去債務について定めたのは何か。計上する場合の受け皿です。
文言に注目してください。負債として計上する場合の、と条件が付されており、計上するかどうかの判断には触れていません。使用権資産の取得原価の構成要素として除去費用を挙げる定め(基準第34号 第33項)も、計上する場合の測定の規定です。敷金の簡便的取扱いも、適用指針第21号 第9項の方法を選択する場合の処理として新しい適用指針に引き継がれています(適用指針第33号 第35項)。
| 新リース会計基準等で定められた点 | 変更されていない点 |
|---|---|
| 計上する場合、除去費用を使用権資産に加算する(適用指針第33号 第28項、基準第34号 第33項) | 認識原則(基準第18号 第4項)と、見積り不能なら計上せず注記する定め(第5項・第16項(5)・結論の背景第35項) |
| 結論の背景の所要改正(基準第18号 結論の背景 第22-2項)と、敷金の簡便的取扱いを新しい適用指針が引き継ぐ明文(適用指針第33号 第35項) | 測定の定め(第6項)、見積り不能の意義と判断規準(適用指針第21号 第2項・結論の背景第17項)、自動更新型賃貸借の設例 |
第5項後段が計上を求めるのは、債務額を合理的に見積ることができるようになった時点です。これは、退去の意思決定や履行時期を画する契約変更といった、見積りを可能にする事実の変化を前提とします。会計基準の適用開始という制度上の事象は、物件の使用実態も契約構造も変えません。
むしろ注意すべきは逆方向です。見積りの合理的な基礎を欠いたまま、適用のタイミングに合わせて計上してしまうと、基準第6項(1)が求める合理的で説明可能な仮定及び予測に基づかない金額を、負債として計上することになります。計上する側にも説明責任があります。
リース期間を決めても、履行時期は決まらない
指摘の核心は、新基準の適用によって普通借家についても借手のリース期間を決めるのだから、その期間で履行時期も見積れるはずだ、という点にあります。しかしこの理解は、性質の異なる二つの期間概念を同一視しています。
この期間の機能について、結論の背景は、借手のリース期間の決定は借手が貸借対照表に計上する資産及び負債の金額に直接的に影響を与えるものである、と述べています。リース期間は、オンバランスすべき支払義務の範囲を画するための概念なのです。そして判断基準である合理的に確実という水準は、適用指針の結論の背景において、蓋然性が相当程度高いことを示すものであり、発生する可能性の方が発生しない可能性より高いという水準よりは高く、ほぼ確実という水準よりは低い、と説明されています。
ここから帰結が導かれます。リース期間に含めなかったオプション期間は、使用しないことが確実な期間ではなく、使用継続の蓋然性が閾値に達しない期間にすぎません。定義の構造上、リース期間の満了時点を退去や除去の発生時点に読み替えることはできないのです。適用指針の結論の背景も、借手のリース期間は経営者の意図や見込みのみに基づく年数ではなく、使用する期間が超長期となる可能性があると見込まれる場合であっても必ずしもその超長期の期間とならない、という趣旨を示しています。
二つの期間は、目的も判断の方法も異なります。リース期間はオンバランスする支払義務の範囲を画するための閾値判定であり(基準第34号 第15項・第31項)、履行時期は割引計算の基礎となる支出発生時期の予測で、最頻値または発生確率による加重平均によります(基準第18号 第6項(1))。閾値判定の結果は、支出発生時期の予測を基礎づけません。リース期間を決定したことは、基準第18号 第5項後段にいう合理的に見積ることができるようになった事実には当たらないのです。
図3 閾値判定と時期の予測は別の作業
不計上を通すために揃える事実と文書
見積り不能という判断は、消極的に述べるだけでは通りません。履行時期の予測を不能にしている積極的な事実を、証憑とともに示す必要があります。
| 揃える事実 | 証憑 |
|---|---|
| 契約上も法律上も終期を画する期限がないこと | 賃貸借契約書の期間・更新条項・原状回復条項の写し。定期建物賃貸借との区分表 |
| 退去・移転・閉鎖の意思決定が存在しないこと | 取締役会その他の意思決定機関の議事録、中期経営計画、設備投資計画 |
| 過去の退去実績が予測の基礎にならないこと | 退去事由の一覧と、個別の意思決定により離散的に生じたことの説明 |
| 毎期末に見積り可能性を再評価していること | 契約管理台帳、取締役会付議事項のモニタリング記録、物件単位の再評価シート |
| 見積り可能となった物件は直ちに計上していること | 意思決定後に計上した物件の記録と、会計方針が単一の規準で一貫していることの説明 |
最後の点はとりわけ重要です。契約により終期が確定している物件は計上し、終期が画されていない物件は注記対応とし、意思決定により履行時期が確定した物件はその時点で計上する。この運用ができていれば、会計方針は履行時期の見積り可能性という単一の規準で貫かれており、恣意的な計上回避ではないことを示せます。
なお、これまで合理的に見積ることができなかった金額を見積ることができるようになった場合は、将来キャッシュ・フローの見積りの変更と同様に処理するとともに、減損の兆候として扱うべきものと考えられるとされています(企業会計基準第18号 結論の背景 第52項)。計上に転じる局面では、減損の検討も併せて必要になります。
よくある質問
Q1 リース期間を決める以上、履行時期も見積れるのではないですか
リース期間は、合理的に確実という高い閾値を超えるオプション期間までを負債の測定に取り込む閾値判定の結果であり(基準第34号 第15項・第31項)、使用を終了する時期の予測値ではありません。適用指針の結論の背景も、使用が超長期に及ぶ見込みであってもリース期間が必ずしもその期間とならないことを説明しています。第5項後段にいう合理的に見積ることができるようになった事実には当たりません。
Q2 新基準の適用を機に計上すべきではないですか
新リース会計基準等は資産除去債務の認識判断の枠組みを変更していません。資産除去債務会計基準の2024年改正は結論の背景の所要改正にとどまり(結論の背景 第22-2項)、適用指針第33号 第28項は計上する場合の受け皿を定めたものです。基準の適用開始という制度上の事象は、履行時期の見積りを可能にする事実の変化ではありません。
Q3 過去の退去実績から平均使用期間を出せば、履行時期を見積れるのではないですか
退去済み物件の平均使用期間は、退去に至った物件という部分集合についての事後的な平均です。使用を継続している物件の使用期間は確定しておらず、それを除外した平均は母集団の使用期間を系統的に短く示す偏りを持ちます。継続中の物件の除去時期の最頻値でも期待値でもありません。加えて退去が個別の経営判断により離散的に生じているなら、発生確率の分布を推定する基礎(適用指針 結論の背景 第17項)にもなりません。
Q4 多数の物件を集約して概括的に見積ればよいのではないですか
適用指針第21号 第3項のなお書きは、多数の有形固定資産に同種の資産除去債務が生じている場合に、重要性の判断に基づき種類や場所等で集約して概括的に見積ることを認めています。ただし簡便化の定めであり、履行時期を含む将来キャッシュ・フローの見積りが可能であることが前提です。予測基礎そのものを欠く場合、集約しても見積り可能性は生じません。
Q5 敷金の簡便的取扱いを使えば計上できるのではないですか
適用指針第21号 第9項は、敷金が資産計上されている場合の選択規定であり、費用配分の基礎となる償却期間を算定できることが前提です。結論の背景 第27項は、当該償却期間等を算定することが困難で、決算日現在で入手可能なすべての証拠を勘案して最善の見積りを行ってもなお合理的に金額を算定できない場合には、会計基準第16項(5)に定める開示を行う必要がある旨を明記しています。帰結は本則と同じです。
Q6 定期借家は計上しているのに普通借家を計上しないのは、首尾一貫しないのではないですか
両者の違いは、履行時期を画する契約上の期限があるかという客観的な事実に基づきます。定期建物賃貸借は終期が確定しているため見積って計上し、普通借家は終期が存在せず見積り不能のため注記対応とする。適用指針の設例の体系そのものに沿った、単一の規準による一貫した適用です。閉鎖や移転の意思決定により履行時期が確定した物件をその時点で計上していれば、計上の規律は担保されています。
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- 新リース会計基準 完全ガイド
🔗 参考(公的な一次情報)
- 企業会計基準委員会「企業会計基準第18号 資産除去債務に関する会計基準」(2024年9月13日改正・PDF)
- 企業会計基準委員会「企業会計基準適用指針第21号 資産除去債務に関する会計基準の適用指針」(PDF)
- 企業会計基準委員会「企業会計基準第34号 リースに関する会計基準」(2024年9月13日・PDF)
- 企業会計基準委員会「企業会計基準適用指針第33号 リースに関する会計基準の適用指針」(2024年9月13日・PDF)
- e-Gov法令検索「借地借家法(平成三年法律第九十号)」
本記事は公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所・東京都台東区)が、会計基準・適用指針および法令に基づいて作成しています。本記事は一般的な情報提供を目的としています。制度は今後の実務対応報告等により補足される可能性があり、個別の事実関係により結論が異なります。実際の判断にあたっては、監査人・専門家にご確認ください。