「運転手付きの送迎バスや保守要員常駐のフルサービス契約は、モノを借りているのか、サービスを買っているのか」──契約の棚卸しを進めるIPO準備会社・上場企業の経理/管理部門の方が、リースの識別の最終盤で突き当たるのがこの問いです。答えを分けるのが「使用を支配する権利」の判定です。
結論からいえば、①顧客が資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受し、かつ、②顧客が資産の使用を指図する権利を有する場合に、契約はリースを含みます。カギは「使用から得られる経済的利益に影響を与える使用方法を、誰が決めているか」です。本記事では連載第7回として、この2要件の判定を、使用方法が事前に決定されているケースまで含めて条項番号付きで整理します。
結論:「誰が使い方を決めているか」がリースとサービスの分水嶺
契約がリースを含むか否かは、契約の締結時に契約の当事者が判断します(基準25項)。この判断にあたり、契約が特定された資産の使用を支配する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する場合、当該契約はリースを含みます(基準26項)。そして、特定された資産の使用期間全体を通じて、(1)顧客が資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有し、かつ、(2)顧客が資産の使用を指図する権利を有する場合に、サプライヤーから顧客に資産の使用を支配する権利が移転しているとされます(指針5項)。
反対に、サプライヤーが資産の使用を指図する権利を有している場合、契約はリースを含みません(指針BC12項)。運転手付き・保守込みといった契約の見た目にかかわらず、「使い方を決める権利がどちらにあるか」を突き止めることが実務の核心です。
前提:識別フローの中での位置づけ
リースの識別は、①特定された資産があるか、②その使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを顧客が享受するか、③使用を指図する権利が顧客にあるか、という順で検討します(指針5項)。「使用期間」とは、資産が顧客との契約を履行するために使用される期間(非連続の期間を含む)をいいます(指針4項(1))。フローの全体像は第5回:リースの識別の判定フローで、①は前回の第6回:特定された資産と実質的な代替権で整理したため、本記事は②と③を扱います。
要件①:経済的利益のほとんどすべての享受
1つ目の要件は、顧客が、特定された資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有していることです(指針5項(1))。「ほとんどすべて」がどの程度かについて、リースの識別に関する定めの中に具体的な数値基準は置かれていません。実務上は、資産のアウトプット(輸送能力・生産能力・処理能力といった産出物や便益)を誰がどれだけ得るのか、資産が顧客専用に使われるのか他の顧客にも供されるのか、といった事実関係から判断する考え方が一般的です。
手がかりになる定めとして、物理的に別個ではない資産の稼働能力の一部分であっても、顧客が使用できる稼働能力が当該資産の稼働能力のほとんどすべてであることにより、顧客が資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有している場合には、当該稼働能力部分は特定された資産に該当するとされています(指針7項)。裏を返せば、資産の能力の一部しか使えず残りが他の顧客に供されている契約では、この要件を満たさない方向に働くと考えられます。
資産の能力の一部しか使えず残りが他の顧客に供されている契約では、②の要件を満たさない方向に働くと考えられます(指針7項)。
要件②:使用を指図する権利(指針8項)
2つ目の要件が本記事の主役です。顧客は、次の(1)又は(2)のいずれかの場合にのみ、使用期間全体を通じて特定された資産の使用を指図する権利を有しているとされます(指針8項)。
(1)使用方法の指図権──顧客が使用期間全体を通じて、使用から得られる経済的利益に影響を与える資産の使用方法を指図する権利を有している場合(指針8項(1))。
(2)使用方法が事前に決定されているケース──使用から得られる経済的利益に影響を与える資産の使用方法に係る決定が事前になされており、かつ、①使用期間全体を通じて顧客のみが、資産を稼働する権利を有している又は第三者に指図することにより資産を稼働させる権利を有している、②顧客が使用期間全体を通じた資産の使用方法を事前に決定するように、資産を設計している、のいずれかである場合(指針8項(2))。
(1)「使用方法を指図する権利」とは
ポイントは、単なる運転・操作ではなく、「使用から得られる経済的利益に影響を与える資産の使用方法」の決定権がどちらにあるかという点です(指針8項(1))。この判断では、使用期間全体を通じて使用から得られる経済的利益に影響を与える資産の使用方法に係る意思決定を考慮し、当該意思決定は資産の性質及び契約の条件に応じて契約によって異なると考えられています(指針BC13項)。車両なら「どの経路を、どのダイヤで、何のために走らせるか」、設備なら「何を、いつ、どれだけ生産・処理するか」といった決定がこれにあたり、決められた使い方の枠内で行う日々のオペレーション(運転操作や保守作業そのもの)とは区別して考えるのが一般的です。
判断では使用期間全体を通じた意思決定を考慮し、その内容は資産の性質と契約条件により異なります(指針BC13項)。
(2)使用方法が「事前に決定」されているケース
契約条件や資産の仕様により、使用方法が使用開始前に固定されているケースもあります。この場合は、上記(2)の①(顧客のみが稼働する権利を有するか)と②(顧客が使用方法を事前に決定するように資産を設計したか)を確認します(指針8項(2))。稼働する権利も設計への関与も顧客になければ指図権はサプライヤー側に残り、サプライヤーが資産の使用を指図する権利を有している場合、契約はリースを含みません(指針BC12項)。
| 判定ルート | 要件の概要 | 契約書・実務での着眼点 |
|---|---|---|
| 使用方法の指図権 (8項(1)) |
経済的利益に影響を与える使用方法を、顧客が使用期間全体を通じて指図している | 用途・稼働時間・場所・産出量などを決める条項、変更に相手方の同意が要るか |
| 事前決定+稼働権 (8項(2)①) |
使用方法は事前に決定。顧客のみが稼働する権利(第三者への指図を含む)を有する | オペレーターの手配者と指揮命令の系統、稼働スケジュールの決定者 |
| 事前決定+顧客設計 (8項(2)②) |
使用方法は事前に決定。使用方法を事前に決定するように顧客が資産を設計 | 仕様書・設計図の作成主体、要求仕様がどこまで使用方法を固定しているか |
稼働する権利も設計への関与も顧客になければ指図権はサプライヤー側に残り、契約はリースを含みません(指針BC12項)。
なぜ日本基準には具体例の定めが少ないのか
IFRS第16号には使用方法に係る意思決定の具体的な例示がありますが、適用指針はこれを取り入れていません(指針BC13項)。例示を示すことで資産の使用方法及び使用目的が限定的に解釈される可能性がある、というのがその理由です(指針BC13項)。リースの識別に関する細則的なガイダンスや設例は、国際的な比較可能性が大きく損なわれるか否かを主要な判断基準として、取捨選択して基準・適用指針に取り入れられています(基準BC30項)。つまり契約類型ごとの当てはめは各社の判断に委ねられている部分が大きく、「自社の契約では何が『経済的利益に影響を与える使用方法』にあたるのか」を契約類型ごとに定義し、判断基準として文書化しておくことが実務対応の要になると考えられます。
実務対応:意思決定権のマトリクスで整理する
この論点は契約書を読むだけでは決着しないことが多く、運用実態(誰が何を決めているか)のヒアリングが必要です。契約の棚卸しでは、契約ごとに「何を・誰が・いつ決めるか」を一覧化した意思決定権のマトリクスを作っておくと、判定と監査対応の両方に使えます。監査法人との協議では、結論だけでなく意思決定の所在を示す事実(契約条項、運用ルール、指示系統)を判断メモとして残しておくことが求められるのが通常で、IPO準備の会計監査でも同様です。対象契約が多い会社では、この整理だけで相応の工数がかかります(進め方は新リース会計基準 導入支援サービスでご案内しています)。
- 資産のアウトプット(輸送能力・生産能力・処理能力等)を顧客が専有しているか、他の顧客にも供されるか
- 用途・稼働時間・稼働場所・産出量を決める権利が契約上どちらにあるか
- 使用方法の変更を顧客が一方的にできるか、相手方の同意が必要か
- 使用方法が契約条件や仕様書で事前に固定されていないか
- 事前決定の場合、資産を稼働する権利(オペレーションの指揮)がどちらにあるか
- 事前決定の場合、資産の設計・仕様策定に顧客がどこまで関与したか
- 判断の根拠とした条項・事実を判断メモとして残しているか
契約書を読むだけでは決着しないことが多く、運用実態(誰が何を決めているか)のヒアリングが必要です。
【自作判定例】送迎バスと専用処理設備で考える
2つのケースで判定の流れを確認します(いずれも筆者が設計した設例です)。
ケースA:従業員送迎バスの運行委託 X社は運行会社Y社と、専用ラッピングを施したバス1台による従業員送迎を月額80万円・3年間で委託しました。車両ナンバーは契約に明記され、入替にはX社の同意が必要です。バスはX社の送迎のみに使用され、運転と整備はY社が行います。
─ バスは特定された資産に該当し、輸送能力のすべてをX社が専有しているため、X社は経済的利益のほとんどすべてを享受していると考えられます。そのうえで、運行経路・ダイヤ・臨時便の要否をX社が随時決められる契約であれば、経済的利益に影響を与える使用方法をX社が指図しているといえ、契約はリースを含むと考えられます(指針8項(1))。反対に、経路・ダイヤが契約で固定され、運行計画の変更を含む裁量がY社側にある場合には、X社に指図権はなくリースを含まない整理に傾きます。運転・整備をY社が担うこと自体は、結論を直接左右しません。
ケースB:顧客設計の専用排水処理設備 X社は、自社工場の排水成分に合わせてX社が仕様を設計した専用処理設備をY社が建設・保有し、20年間にわたりX社の排水のみを処理する契約を結びました。処理方式と処理能力は設計時に確定しており、日常の運転・保守はY社が行います。
─ 処理能力のすべてをX社が使用しており、経済的利益のほとんどすべてをX社が享受していると考えられます。使用方法は設計により事前に決定されており、稼働はY社が担うものの、使用期間全体を通じた使用方法を事前に決定するように資産を設計したのはX社です。したがってX社が使用を指図する権利を有し、契約はリースを含むと考えられます(指針8項(2)②)。
ケースAが示すとおり、同じ「フルサービス型」の契約でも、使用方法の決定権の所在ひとつで結論が分かれます。契約書の運行条項・変更条項を確認し、実際の運用と突き合わせることが欠かせません。
よくある質問(FAQ)
リースの識別に関する定めの中に具体的な数値基準は置かれていません。資産のアウトプットを誰がどれだけ得るか、資産が顧客専用かといった事実関係をもとに、契約ごとに総合的に判断することになると考えられます。
オペレーションをサプライヤーが担うことだけでは結論は決まりません。使用から得られる経済的利益に影響を与える使用方法を顧客が指図していれば、指図権は顧客にあると判定し得ます(指針8項(1))。一方、使用方法の決定までサプライヤーが握っている場合には、契約はリースを含みません(指針BC12項)。
基準開発の審議では、事務所等の不動産賃貸借契約などについてサービス性が強いとの意見も聞かれましたが、サービスの要素を区分した後に、賃借人が経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有し、かつ、資産の使用を指図する権利を有している部分が含まれる場合があると整理されています(基準BC31項)。リースを含む契約は、原則としてリースを構成する部分とリースを構成しない部分とに分けて会計処理します(基準28項)。
契約期間中は、契約条件が変更されない限り、契約がリースを含むか否かの判断を見直しません(基準27項)。契約条件の変更があった場合に、変更後の条件で改めて検討することになります。
まとめ──識別の最終関門は「意思決定の所在」
使用を支配する権利は、①経済的利益のほとんどすべての享受と②使用を指図する権利の2段構えで判定し(指針5項)、②は使用方法の指図権(指針8項(1))と、事前決定のケースにおける稼働権・顧客設計(指針8項(2))のルートで確認します。具体的な例示が少ないぶん、自社の契約に即した判断基準の設計と意思決定の所在を示す事実の整理が実務の中心になり、契約類型が多い会社では識別だけでも相応の工数がかかるため、早めの着手をおすすめします。
次回(第8回)は、リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分と契約の結合を取り上げる予定です。連載の全体像は連載目次:新リース会計基準を基礎から実務まで解説を、前回の記事は新リース会計基準の特定された資産とは?実質的な代替権を解説をご覧ください。
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本記事は執筆時点の会計基準等に基づく一般的な解説であり、個別の会計処理・経営判断については、監査法人や顧問の専門家にご相談ください。
参考(本文で引用した基準等):企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」25項・26項・27項・28項・BC30項・BC31項/企業会計基準適用指針第33号「リースに関する会計基準の適用指針」4項(1)・5項・5項(1)・7項・8項・8項(1)・8項(2)・BC12項・BC13項