上場準備の法務デューデリジェンスで必ず行われるのが、過去の増資の遡及確認です。設立から現在までのすべてのラウンドについて、議事録、契約書、払込みの証跡、登記を突き合わせます。
そして、しばしば不備が見つかります。株主総会の議事録がない、割当てを決める決議が残っていない、払込みの日と登記の日が合わない。そのとき何が起こりうるのかを、会社法828条以下の条文から整理します。
- 新株発行を争う手段が段階に分かれていること(210条、828条、829条)
- 提訴期間が公開会社は6か月、非公開会社は1年であること(828条1項2号)
- 無効の判決が確定しても遡及しないこと(839条)
- 期間が過ぎても上場審査では説明を求められること
この記事の見出し
争う手段は3つあり、時期で分かれる
新株発行に問題があるとき、会社法が用意している手段は3つです。効力が生じる前の差止め、効力が生じた後の無効の訴え、そしてそもそも発行が存在しないことの確認です。
ひとつめは会社法210条の差止請求です。募集株式の発行または自己株式の処分が法令もしくは定款に違反する場合、または著しく不公正な方法により行われる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときに、これをやめることを請求できます。払込みの前でなければ意味がありません。
ふたつめが会社法828条1項2号の無効の訴えです。株式会社の成立後における株式の発行の無効は、訴えをもってのみ主張することができるとされ、期間が区切られています。
みっつめが会社法829条1号の不存在確認の訴えです。株式の発行が存在しないことの確認を訴えをもって請求できます。こちらには期間の制限がありません。
提訴期間は6か月、非公開会社は1年
会社法828条1項2号は、株式の発行の効力が生じた日から6か月以内、公開会社でない株式会社にあっては1年以内と定めています。この期間を過ぎると、無効を主張する道が閉ざされます。
非公開会社が1年と長いのは、株主が発行の事実を知る機会が乏しいためです。上場準備の会社は、直前まで非公開会社であることが多いので、1年のほうが当てはまります。
提訴できるのは、同条2項2号により当該株式会社の株主等に限られます。株主等とは、株主、取締役または清算人をいい、監査役設置会社では監査役を含みます。被告は834条2号により、株式の発行をした株式会社です。
同じ期間の定めが、自己株式の処分(828条1項3号)と新株予約権の発行(同項4号)にも置かれています。ストックオプションの発行手続に不備があった場合も、同じ枠組みで考えることになります。
無効事由は限られると解されている
条文は、どのような場合に無効になるかを書いていません。解釈に委ねられており、取引の安全を重んじる観点から、無効事由は限定的に解されています。手続に瑕疵があれば必ず無効になる、という関係にはありません。
もっとも、非公開会社では事情が違います。株主総会の特別決議を経ずに募集株式を発行した場合のように、持株比率という株主の利益を直接に害する瑕疵については、無効事由になり得ると考えられています。非公開会社では株式の譲渡が制限されており、持株比率の維持が株主にとって重要な利益だからです。上場準備の会社が過去に非公開会社として行った増資は、まさにこの領域に入ります。
個別の事案でどう判断されるかは、瑕疵の内容と会社の状況によります。ここでは、期間の管理と証跡の整備という実務の側面に話を絞ります。
無効の判決が出ても、さかのぼらない
会社法839条は、無効の請求を認容する判決が確定したときは、無効とされた行為は将来に向かってその効力を失うと定めています。発行の時点にさかのぼって無かったことにはなりません。
そのうえで会社法840条1項が、会社は判決の確定時における当該株式に係る株主に対し、払込みを受けた金額または給付を受けた財産の給付の時における価額に相当する金銭を支払わなければならないとしています。同条2項により、その金額が判決確定時の会社財産の状況に照らして著しく不相当であるときは、裁判所が申立てにより金額の増減を命ずることができ、同条3項により、その申立ては判決が確定した日から6か月以内にしなければなりません。
| 手段 | いつまで | 根拠 |
|---|---|---|
| 差止請求 | 効力が生じる前 | 210条 |
| 無効の訴え | 効力発生日から6か月(非公開会社は1年) | 828条1項2号 |
| 不存在確認の訴え | 期間の定めなし | 829条1号 |
| 判決の効力 | 将来に向かって失効し、払込額相当を返還 | 839条、840条1項 |
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不存在確認には期間がない
会社法829条1号の不存在確認の訴えには、提訴期間の定めがありません。発行の実体がまったく存在しない場合、たとえば払込みも登記もないのに株式が発行されたことになっている場合や、決議も申込みも割当ても何ひとつ行われていない場合が想定されています。
実務でこれが問題になるのは、古い増資について書類が何も残っていないときです。手続を行った記録がないことと、手続が行われなかったことは別ですが、外から見れば区別がつきません。設立から現在までの資本の変遷を説明できる資料を、会社が自ら持っていることの意味はここにあります。
上場準備での実際の対応
期間が過ぎていれば無効を主張されることはありません。しかし、上場審査では別の問いが来ます。過去にこういう不備があったが、いま同じことが起きない体制になっているか、という問いです。期間の経過は法的なリスクを消しますが、管理体制への疑問までは消しません。
やるべきことは3つです。ひとつめは事実の確定です。何が行われ、何が行われていないのかを、残っている資料から確定します。分からないものを分かったことにしないでください。ふたつめは、いま是正できるものを是正することです。株主全員の同意が得られるのであれば、当時の発行の内容を確認する書面を取得しておくことに意味があります。みっつめが、再発しない仕組みの説明です。取締役会規程の付議基準に増資を明記し、登記まで含めたチェックリストを整えたことを示します。
やってはいけないのは、日付を遡らせた議事録を作ることです。事実と異なる書類を作れば、それ自体が別の問題になります。上場準備の過程で作成した書類は、後から作られたものであることが分かる形にしてください。
この確認は早いほど楽になります。関係者が在籍しているうち、記憶が残っているうちに着手してください。直前々期に入ってから設立時までさかのぼると、時間が足りなくなります。
定款、株主総会、取締役会、株主名簿、増資。上場準備で必ず点検される書類と手続は決まっています。いまの運用のどこに抜けがあるかは、定款と直近の議事録を拝見すれば短時間で見立てが立ちます。上場準備の実務を経験した公認会計士・税理士が直接対応します。初回のご相談は無料です。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。支援の内容と進め方はIPO支援業務のページにまとめています。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
❓ よくある質問
A. 会社法上、無効を訴えで主張することはできなくなります。ただし上場審査では、当時の不備の内容と、現在の管理体制について説明を求められます。
A. 株式の譲渡が制限されており、株主が発行の事実を知る機会が乏しいためです。会社法828条1項2号がかっこ書きで1年としています。
A. 新株予約権の発行については、会社法828条1項4号が同じく6か月、非公開会社は1年と定めています。自己株式の処分は同項3号です。
📄 まとめ
新株発行を争う手段は、効力発生前の差止め、効力発生後の無効の訴え、そして不存在確認の3つです。無効の訴えは公開会社で6か月、非公開会社で1年という短い期間に区切られており、判決が確定しても効力は将来に向かってしか失われません。
上場準備では、期間の経過よりも、過去の資本の変遷を自分の言葉で説明できるかが問われます。事実を確定し、是正できるものを是正し、再発しない仕組みを示す。この3つを、関係者の記憶が残っているうちに進めてください。
⚖ 本記事の根拠
- 会社法210条(募集株式の発行等をやめることの請求)
- 会社法828条1項2号・3号・4号
- 会社法828条2項2号(提訴できるのは株主等に限られること)、834条2号(被告)
- 会社法829条1号(新株発行の不存在の確認の訴え)
- 会社法839条(無効の判決は将来に向かって効力を生じること)
- 会社法840条1項から3項(払込額相当額の支払と、金額の増減の申立て)
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。
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