社長個人の土地を会社が借りている。社長が代表を務める別会社と継続的に取引がある。会社が社長の借入を保証している。上場準備に入ると、こうした取引が必ず洗い出されます。
会社法356条1項2号と3号の利益相反取引です。取締役会の承認が要り、取引の後には報告も要ります。承認の記録がないまま何年も続いていた、というのは上場準備でよくある指摘です。この記事では、どの取引が対象になり、いつ何をするのかを条文に沿って整理します。
- 直接取引(356条1項2号)と間接取引(同項3号)の区別
- 承認は取締役会。本人は議決に加われないこと(369条2項)
- 取引の後に遅滞なく報告する義務(365条2項)
- 承認を欠いた場合や損害が生じた場合の責任(423条3項、428条1項)
この記事の見出し
対象になるのは2つの類型
会社法356条1項は、取締役が3つの場合に、重要な事実を開示して承認を受けなければならないと定めています。1号が競業取引、2号と3号が利益相反取引です。この記事では2号と3号を扱います。
2号は、取締役が自己または第三者のために株式会社と取引をしようとするときです。直接取引と呼ばれます。会社が社長から土地を借りる、会社が社長個人に金銭を貸し付ける、社長が代表取締役を務める別会社と会社が売買をする、といった場面です。第三者のためにという言い方には、他社の代表者としてという意味が含まれます。
3号は、株式会社が取締役の債務を保証することその他、取締役以外の者との間において会社と取締役との利益が相反する取引をしようとするときです。間接取引と呼ばれます。会社と取締役の間の取引ではないけれど、実質的に取締役が利益を受ける取引です。会社が社長の銀行借入を保証する場合が典型です。
取締役会設置会社では、会社法365条1項により356条1項の「株主総会」が「取締役会」と読み替えられます。取締役会を置かない会社では株主総会の承認です。
承認は原則として取引の前に
条文は、取引をしようとするときに承認を受けなければならない、と書いています。したがって事前承認が原則です。取引の前に開催される取締役会に議案として上げます。
開示すべきは重要な事実です。取引の相手方、取引の内容、金額、時期、条件といった、取締役会が是非を判断できるだけの情報です。会社にとって不利ではないと判断した根拠まで残しておくと、後から説明ができます。
実務では、関係会社との定常的な取引や金額の大きくない取引について、契約条件や取引金額を明らかにしたうえで、決算期にまとめて事後の承認を与える運用も行われています。これは条文の文言から離れた扱いですので、対象と金額の基準を社内で決め、その基準自体を取締役会で承認しておくのが安全です。少なくとも、承認がまったくない状態は避けてください。
本人は議決に加われない
会社法369条2項は、決議について特別の利害関係を有する取締役は議決に加わることができないと定めています。利益相反取引の当事者である取締役は、この特別利害関係人に当たります。
つまり、定足数の計算からも外れます。取締役が3人で、うち1人が当事者なら、残る2人の過半数、すなわち2人の出席と2人の賛成が必要になります。取締役が2人しかいない会社で1人が当事者になると、決議が成立しません。上場準備の会社では取締役の員数が増えていきますが、初期の段階ではここで詰まることがあります。
議事録には、特別の利害関係を有する取締役の氏名を記載します。会社法施行規則101条3項5号です。書き漏らすと、誰を除いて数えたのかが読み取れなくなります。
取引の後は、遅滞なく報告する
会社法365条2項は、取締役会設置会社において356条1項各号の取引をした取締役は、当該取引後、遅滞なく、その取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならないと定めています。
承認とは別の義務です。承認を得た取引であっても、実際に実行したら報告します。報告の内容は議事録に残ります。会社法施行規則101条3項6号イが、365条2項の規定により取締役会において述べられた意見または発言があるときはその概要を記載事項としているためです。
この報告は、会社法372条1項の報告の省略が使えます。取締役および監査役の全員に対して通知したときは、改めて取締役会へ報告することを要しません。ただし、実務では次の取締役会で口頭報告し、議事録に残す運用のほうが証跡が明確です。
| 場面 | やること | 根拠 |
|---|---|---|
| 取引の前 | 重要な事実を開示して取締役会の承認を受ける | 356条1項2号・3号、365条1項 |
| 決議のとき | 当事者の取締役は議決に加われない。氏名を議事録に記載 | 369条2項、施行規則101条3項5号 |
| 取引の後 | 遅滞なく重要な事実を取締役会へ報告 | 365条2項 |
| 決算のとき | 関連当事者との取引に関する注記 | 会社計算規則98条1項15号・112条4項 |
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承認を欠いたとき、損害が出たとき
会社法423条3項は、356条1項2号または3号の取引によって会社に損害が生じたときは、次の取締役はその任務を怠ったものと推定すると定めています。1号は取引をした取締役、2号は会社が当該取引をすることを決定した取締役、3号は当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役です。
賛成した取締役まで含まれる点に注意してください。しかも、369条5項により、決議に参加して議事録に異議をとどめない取締役は賛成したものと推定されます。承認の議案が上がってきたときに、条件の妥当性を確かめずに通すことの意味がここにあります。
さらに重いのが会社法428条1項です。356条1項2号の取引のうち自己のためにした取引をした取締役の423条1項の責任は、任務を怠ったことが自分の責めに帰することができない事由によるものであることをもって免れることができません。無過失責任です。同条2項により、425条から427条までの一部免除や責任限定契約の規定も適用されません。責任限定契約を結んでいる社外取締役であっても、この場面では上限が働かないということです。
なお、監査等委員会設置会社では、監査等委員でない取締役が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、423条3項の推定が適用されません(同条4項)。取締役会の承認に代わるものではなく、推定を外すための別の承認です。
民法108条の適用がないこと
会社法356条2項は、民法108条の規定は同条1項の承認を受けた2号または3号の取引については適用しないと定めています。民法108条は自己契約と双方代理を禁じる規定です。承認を受けていれば、社長が会社の代表として自分と契約を結んでも、その一事で無効にはならないということです。
裏を返せば、承認を受けていない場合にはこの手当てが働きません。承認を怠ることは、責任の問題だけでなく、取引の効力の問題にもつながります。
上場準備で最初にやること
棚卸しです。役員と会社の間の取引、役員が関与する法人と会社の間の取引、会社が差し入れている保証や担保を、契約書と総勘定元帳から拾い出します。次に、それぞれについて取締役会の承認決議があるかを議事録で確認します。
承認がないものは、解消するか、あらためて承認を取るかの二択です。上場準備では、そもそも解消を求められる取引が多くあります。役員貸付金、役員個人の不動産の賃借、社長個人への保証などです。承認を取り直して残す場合は、取引条件が第三者との取引と比べて不利でないことを示す資料を用意してください。
そのうえで、これから発生する取引を漏らさない仕組みを作ります。取締役会規程の付議基準に利益相反取引を明記し、年に一度、役員に対して関係会社と近親者の状況を確認する調査票を配る会社が多くあります。上場後は有価証券報告書で関連当事者との取引を開示することになりますので、その集計の仕組みでもあります。
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❓ よくある質問
A. 必要です。会社法356条1項2号の直接取引に当たります。継続的な賃貸借であれば、契約の締結時に承認を受け、条件の変更時にも承認を受けます。
A. 会社法369条2項により当事者の取締役は議決に加われませんので、残る1人だけで決議することになり、定足数を満たしません。取締役を増やすか、取締役会を置かない会社であれば株主総会の承認によります。
A. 承認は取引の効力と手続の問題を解決しますが、責任は別です。会社に損害が生じれば423条3項により任務懈怠が推定され、自己のためにした直接取引では428条1項により無過失責任となります。
📄 まとめ
利益相反取引は、会社と取締役が当事者になる直接取引と、保証などの間接取引の2つです。取締役会設置会社では、取引の前に重要な事実を開示して取締役会の承認を受け、取引の後に遅滞なく報告します。
当事者の取締役は議決に加われず、承認に賛成した取締役も損害が生じれば任務懈怠を推定されます。自己のためにした直接取引は無過失責任で、責任限定契約の上限も働きません。上場準備では、まず既存の取引を棚卸ししてください。
⚖ 本記事の根拠
- 会社法356条1項2号・3号(直接取引と間接取引)、同条2項(民法108条の不適用)
- 会社法365条1項(取締役会設置会社における読替え)、同条2項(取引後の報告義務)
- 会社法369条2項(特別の利害関係を有する取締役は議決に加われない)、同条5項(異議をとどめない場合の推定)
- 会社法施行規則101条3項5号・6号イ(議事録の記載事項)
- 会社法423条3項・4項(任務懈怠の推定と、監査等委員会の承認による適用除外)
- 会社法428条1項・2項(自己のためにした取引の無過失責任と、一部免除の不適用)
- 会社計算規則98条1項15号・112条4項(関連当事者との取引に関する注記)
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。
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