医療法人にしたほうがよいかという相談は、所得がいくらになったら、という形で寄せられることがほとんどです。ただ、税率の比較だけで答えを出すと、後から社会保険料の増加や使えなくなる制度に気づくことになります。
医療法人には一般の会社と違う扱いがいくつもあります。事業税では特別法人として税率が低く、社会保険診療報酬は事業税の課税標準から外れます。一方で剰余金の配当は禁止され、解散したときの残余財産は出資者に戻りません。
この記事では、個人と医療法人の課税の違いを整理したうえで、法人化を判断するときに何を並べて比べればよいのかを確かめます。
- 個人の所得税と医療法人の法人税の税率の違い
- 医療法人に固有の扱い(事業税の特別法人、社会保険診療報酬の非課税)
- 給与所得控除の効果と、その頭打ち
- 法人化で増える社会保険料と、使えなくなる制度
図 医療法人化を検討する段階かどうかの判定
この記事の見出し
📌 個人と法人では税金の仕組みが違う
個人の診療所では、医業から生じた所得に所得税がかかります。税率は超過累進で、課税される所得金額が1,800万円を超えると40%、4,000万円を超えると45%です。これに住民税の所得割10%が加わります。
医療法人にすると、法人の所得には法人税がかかり、院長が受け取る役員報酬には所得税がかかります。所得が2つに分かれ、それぞれ別の税率で課税されるという構造の違いが、法人化を検討する出発点です。
表 制度の枠組みを整理したもの
📌 医療法人の税率は一般の会社と違う
ここで押さえておきたいのが、医療法人には一般の会社と違う扱いがいくつかあることです。
ひとつは法人税の軽減税率です。年800万円以下の所得については19%の軽減税率があり、さらに租税特別措置法により15%とされています。この軽減の対象は資本金1億円以下の法人ですが、持分の定めのない医療法人は資本や出資を持たない法人として、資本金の基準ではなく法人税法第66条第2項の資本もしくは出資を有しない法人という区分で判定されます。
もうひとつが事業税です。医療法人は地方税法上の特別法人にあたり、税率は年400万円以下の所得で3.5%、これを超える部分で4.9%です。普通法人の区分より低い水準になっています。
さらに大きいのが、社会保険診療報酬に係る事業税の非課税です。地方税法第72条の23第2項により、社会保険診療につき支払を受けた金額は益金に算入せず、対応する経費も損金に算入しないこととされています。保険診療が中心の医療法人では、事業税の課税標準がそもそも小さくなります。
📌 給与所得控除という効果
法人化して院長が役員報酬を受け取ると、その報酬は給与所得になります。給与所得では、収入金額に応じた給与所得控除を差し引けます。実際に支出していなくても控除できる金額であり、これが法人化による節税効果の中心です。
令和7年分以後の給与所得控除は、収入金額190万円までが65万円、850万円を超えると195万円が上限です。役員報酬を1,500万円としても、控除額は195万円で頭打ちになります。
つまり、役員報酬を高くすればするほど控除の効果が伸びるわけではありません。報酬を上げると所得税の税率区分も上がるため、法人に残す所得と個人が受け取る報酬のバランスをどこに置くかという設計の問題になります。
📌 社会保険料の負担は増える
法人化で見落とされやすいのが社会保険です。法人の事業所は、従業員の人数にかかわらず健康保険と厚生年金保険の強制適用事業所になります。個人の診療所では従業員5人以上でも医療業は適用業種から外れている場合がありますが、法人化するとこの扱いが変わります。
保険料率は、健康保険が都道府県ごとに定められ、東京都は9.85%です(令和8年3月分から)。40歳から64歳の人には介護保険料率1.62%が加わり、令和8年4月分からは全国一律の子ども・子育て支援金0.23%も加わります。厚生年金保険料率は18.3%です。いずれも労使折半ですが、法人負担分は法人の費用になります。
標準報酬月額には上限があります。健康保険は139万円、厚生年金は65万円です。厚生年金の上限は段階的に引き上げられることが決まっており、2027年9月に68万円、2028年9月に71万円、2029年9月に75万円となります。役員報酬を高く設定している医療法人では、法人負担分が増えていくことになります。
なお、医師国民健康保険組合に加入している場合、法人化後も健康保険の適用除外の承認を受けることで医師国保を継続できる取扱いがあります。ただし厚生年金は適用除外できません。適用除外の承認申請には期限があるため、法人設立の手続と並行して進める必要があります。
図 法人化の判断で確かめる順序
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📌 損益分岐点をどう考えるか
よく所得いくらから法人化すべきかという聞かれ方をしますが、税負担だけで線を引くことはできません。社会保険料の増加、設立の手続、毎年の決算と届出の負担、そして法人化によって使えなくなる制度も合わせて見る必要があります。
目安としては、所得税の税率が法人税の実効的な負担を上回る水準に達しているかどうかが出発点になります。課税所得が1,800万円を超えると所得税の税率は40%の区分に入り、住民税と合わせた負担は50%に達します。この水準を継続して超えているなら、法人化の検討に値します。
ただし、法人に所得を残しても、いずれ役員報酬や退職金として個人に移すときに課税されます。法人化は課税を消すものではなく、課税の時期と税率を組み替えるものだと理解しておくと、判断を誤りません。
📌 法人化で失うもの
法人化すると使えなくなる制度があります。代表的なのが小規模企業共済です。中小機構は加入できない例として、医療法人など直接営利を目的としない法人の役員を挙げています。個人の間に加入していた場合、法人化のタイミングで契約をどうするかを決める必要があります。
医療法人は剰余金の配当が禁止されています(医療法第54条)。法人に残した利益を配当として受け取ることはできず、役員報酬か退職金として受け取ることになります。
また、平成19年4月1日以後は持分の定めのある医療法人を新たに設立できません。解散したときの残余財産は、国や地方公共団体、他の医療法人など厚生労働省令で定める者に帰属します。法人に蓄積した財産を出資者が回収する道は、原則として閉じているということです。
税負担だけでなく、社会保険料と使えなくなる制度まで含めて試算しないと判断を誤ります。数字を並べるところから対応できます。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っている公認会計士・税理士が直接対応します。初回のご相談は無料です。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。医療法人の設立支援と医療機関の税務顧問を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
❓ よくある質問
A. 一律の基準はありません。課税所得が1,800万円を超えると所得税の税率が40%の区分に入り、住民税と合わせて50%の負担になります。この水準を継続して超えていることが検討の出発点になりますが、社会保険料の増加や手続の負担も含めて判断してください。
A. 持分の定めのない医療法人は資本または出資を有しない法人にあたり、法人税法第66条第2項により年800万円以下の所得について軽減税率の対象になります。租税特別措置法によりさらに軽減された税率が適用されます。
A. 法人の事業所は従業員の人数にかかわらず健康保険と厚生年金保険の強制適用事業所になります。医師国民健康保険組合に加入している場合は、適用除外の承認を受けて継続できる取扱いがありますが、厚生年金は適用除外できません。
A. できません。医療法第54条により医療法人は剰余金の配当が禁止されています。役員報酬または退職金として受け取るか、法人内で設備投資などに使うことになります。
📄 まとめ
医療法人化の判断は、所得税と法人税の税率の比較だけでは足りません。医療法人には事業税の特別法人としての扱いや、社会保険診療報酬が事業税の課税標準から除かれるという固有の仕組みがあります。
給与所得控除は法人化による効果の中心ですが、収入850万円を超えると195万円で頭打ちになります。役員報酬を上げるほど有利になるわけではありません。
社会保険料の増加と、小規模企業共済が使えなくなること、配当が禁止されること、残余財産が出資者に戻らないこと。これらを並べたうえで、税負担の差が上回るかどうかを見てください。
⚖ 本記事の根拠法令
- 所得税法28条(給与所得)、89条(税率)
- 法人税法66条1項(普通法人の税率23.2%)、同条2項(資本金の額が1億円以下のもの若しくは資本若しくは出資を有しないものの年800万円以下の所得は19%)
- 租税特別措置法42条の3の2(中小企業者等の法人税率の特例。年800万円以下の所得は15%。ただし所得の金額が年10億円を超える事業年度は17%。令和9年3月31日までに開始する事業年度に適用)
- 地方税法72条の24の7第1項2号および同条7項10号(医療法人は特別法人として事業税の軽減税率)
- 地方税法72条の23第2項(医療法人が社会保険診療につき支払を受けた金額は益金の額に算入せず、当該社会保険診療に係る経費は損金の額に算入しない)
- 医療法39条(病院または医師が常時勤務する診療所等を開設しようとする社団または財団は法人とすることができる)
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。