税務調査で最も判断に迷う場面のひとつが、資料を求められたときです。総勘定元帳を見せるだけなのか、渡してしまうのか、持ち帰られるのか。現場では「出してください」の一言で進んでいきますが、条文の上では、これらはまったく別の行為として整理されています。
違いを知らないまま原本を渡してしまい、その日から数週間、経理が回らなくなったという話は珍しくありません。逆に、応じる義務がある場面で身構えてしまい、調査担当者との関係を悪くしてしまうこともあります。
この記事では、「提示」「提出」「留置き」という三つの言葉の意味を条文と通達で確認したうえで、求められる資料の範囲、電子データの出し方、預かりの手続、断れる場面と断れない場面を、順に整理します。
この記事の見出し
🧭 「提示」「提出」「留置き」は別々の言葉です
まず条文です。質問検査権を定めた規定は、質問すること、検査すること、提示または提出を求めることの三つを並べています。
…当該各号に定める者に質問し、その者の事業に関する帳簿書類その他の物件…を検査し、又は当該物件(その写しを含む…)の提示若しくは提出を求めることができる。(国税通則法第74条の2第1項)
「提示」と「提出」の意味は、国税庁の法令解釈通達が定義しています。
「物件の提示」とは、当該職員の求めに応じ、遅滞なく当該物件(その写しを含む。)の内容を当該職員が確認し得る状態にして示すことを、「物件の提出」とは、当該職員の求めに応じ、遅滞なく当該職員に当該物件(その写しを含む。)の占有を移転することをいう。(調査手続に関する法令解釈通達 1-6)
つまり、提示は手元に置いたまま見せること、提出は占有を相手に移すことです。そして、提出された物件を税務署等の庁舎で占有し続けるのが「留置き」で、これには別の条文が用意されています。
国税庁等又は税関の当該職員は、国税の調査について必要があるときは、当該調査において提出された物件を留め置くことができる。(国税通則法第74条の7)
| 用語 | 意味 | 根拠 |
|---|---|---|
| 提示 | 求めに応じ、遅滞なく内容を確認し得る状態にして示すこと | 通達1-6 |
| 提出 | 求めに応じ、遅滞なく当該職員に占有を移転すること | 通達1-6 |
| 留置き | 提出を受けた物件を、税務署等の庁舎において占有する状態 | 法第74条の7、通達2-1(1) |
どこまで求められているのかを、言葉で区別しておくことが出発点です
📚 求められる「帳簿書類その他の物件」の範囲
対象になる物件の範囲は、条文では「その者の事業に関する帳簿書類その他の物件」とだけ書かれています。その中身は通達が広めに定めています。
…「帳簿書類その他の物件」には、国税に関する法令の規定により備付け、記帳又は保存をしなければならないこととされている帳簿書類のほか、各条に規定する国税に関する調査…の目的を達成するために必要と認められる帳簿書類その他の物件も含まれることに留意する。(注)「帳簿書類その他の物件」には、国外において保存するものも含まれることに留意する。(通達1-5)
したがって、総勘定元帳や請求書のように保存が義務づけられているものだけでなく、社内の稟議書、議事録、業務日報、メールのやりとりなど、調査の目的を達成するために必要と認められるものも対象になり得ます。国外に保存しているものも除かれません。
私物であることを理由に断れるかという質問もよくいただきます。国税庁のFAQは、法人税の調査において、その法人の代表者名義の個人預金について事業関連性が疑われる場合に通帳の提示・提出を求めることは、法令上認められた質問検査等の範囲に含まれるものと考えられる、と説明しています。名義が個人であることだけでは、対象から外れる理由にはなりません。
職業上の守秘義務がある場合も同じ枠組みです。FAQは、業務上の秘密に関する帳簿書類等であっても、納税者の理解と協力の下、その承諾を得て提示・提出いただく場合があるとしたうえで、調査担当者には調査を通じて知った秘密を漏らしてはならない義務が課されていると説明しています。
なお、提示・提出の求めは、質問検査等の相手方となる者の理解と協力の下、その承諾を得て行うものとされています(事務運営指針3(4))。強制的に持ち出されるものではありませんが、正当な理由なく応じない場合の罰則は別に定められています。
🖥️ 電子データを求められたときの出し方
会計ソフトのデータや電子取引の記録を求められる場面は、年々増えています。電磁的記録の場合の出し方について、国税庁のFAQは具体的に説明しています。
提示については、その内容をディスプレイの画面上で調査担当者が確認し得る状態にして示すこととされています。提出については、確認し得る状態でプリントアウトしたものを渡す場合、調査担当者が持参した記録媒体への保存を依頼される場合、あるいはe-Tax、オンラインストレージサービス、メールを利用して提出する場合があるとされています。電磁的記録の提出を求める際には、税務当局における電磁的記録の取扱いを説明することとしている、とも書かれています。
気をつけたいのは、会計ソフトのデータを丸ごと書き出して渡す場合です。調査の対象になっていない期間や、調査に関係のない部門の情報まで含まれることがあります。
何を確認したいのかを先に聞き、必要な範囲で切り出して出すほうが、双方にとって話が早くなります。範囲を絞ること自体は、応じないことを意味しません。
| 求められ方 | 実際の出し方 |
|---|---|
| 電磁的記録の提示 | ディスプレイの画面上で確認し得る状態にして示す |
| 電磁的記録の提出 | プリントアウト、持参された記録媒体への保存、e-Tax・オンラインストレージ・メールの利用 |
| 紙の原本の提出 | その場で占有を移す。持ち帰られる場合は留置きの手続になる |
| 新たに作成した写しの提出 | 返還を予定しないものとして、留置きには当たらない(通達2-1(1)) |
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📦 留置き(預かり)の手続|預り証と返還
原本を持ち帰られる場合は、留置きの手続に入ります。ここには法令上の定めがあります。
当該職員は、法第七十四条の七…の規定により物件を留め置く場合には、当該物件の名称又は種類及びその数量、当該物件の提出年月日並びに当該物件を提出した者の氏名及び住所又は居所その他当該物件の留置きに関し必要な事項を記載した書面を作成し、当該物件を提出した者にこれを交付しなければならない。(国税通則法施行令第30条の3第1項)
この書面が、実務でいう預り証です。同条第2項は、留め置く必要がなくなったときは遅滞なく返還しなければならないと定め、第3項は、留め置いた物件を善良な管理者の注意をもって管理しなければならないと定めています。
事務運営指針は、留置きが行われる場面を三つ例示しています。事務所等に調査を行うスペースがなく効率的に行えない場合、写しの作成が必要だが調査先にコピー機がない場合、相当分量の帳簿書類等を検査する必要があり署内での検査のほうが負担や迅速さの観点から合理的と認められる場合です。いずれの場合も、留め置く必要性を説明したうえで、提出した者の理解と協力の下、その承諾を得て実施するとされています。
国税庁のFAQも、留置きは承諾を得て行うものであり、承諾なく強制的に留め置くことはないと明言しています。返還についても、留め置く必要がなくなったときは遅滞なく返還し、業務で使用する必要がある等の理由で返還を求められた場合には特段の支障がない限り速やかに返還する、と説明しています。返還を待つよう求められ、それに納得できないときは、税務署に所属する職員が留置きを行っている場合には、税務署長に再調査の請求または国税不服審判所長に審査請求をすることができる、とも書かれています。
預り証は法令にもとづいて交付される書面です
もう一点、実務で誤解が多いのが「写し」の扱いです。調査の過程で調査担当者に提出するために新たに作成した写しは、通常は返還を予定しないものであるため、その占有を継続することは留置きに当たりません(通達2-1(1))。一方、会社が事業の用に供するために調査前から保有していた写しを預ける場合は、返還を予定しないものとはいえないため、留置きの手続によって預かることになる、と国税庁のFAQは説明しています。
| 渡すもの | 留置きに当たるか |
|---|---|
| 帳簿や証憑の原本 | 庁舎で占有が続くなら留置きに当たる。預り証が交付される |
| その場で新たに作成した写し | 返還を予定しないものとして、留置きには当たらない |
| 事業のために元から持っていた写し | 返還を予定するものとして、留置きの手続で預かることになる |
| 電磁的記録をプリントアウトしたもの | 新たに作成した写しであれば、留置きには当たらない |
⚠️ 断れるのか|正当な理由と罰則
提示・提出の求めに応じない場合の定めは、罰則の条文に置かれています。
次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。…三 第七十四条の二から第七十四条の六まで…の規定による物件の提示若しくは提出…の要求に対し、正当な理由がなくこれに応じず、又は偽りの記載…をした帳簿書類その他の物件…を提示し、若しくは提出し…た者(国税通則法第128条第3号)
「正当な理由」が何を指すかについて、国税庁のFAQは、個々の事案に即して具体的に判断する必要があり、最終的には裁判所が判断することになるため確定的なことは答えられないとしたうえで、例として、提示・提出を求めた帳簿書類等が災害等により滅失・毀損するなどして直ちに提示・提出することが物理的に困難であるような場合を挙げています。
裏を返せば、忙しい、社外秘である、見せたくない、といった理由は、この例示には当たりません。同じ第128条の第2号には、質問に対して答弁せず、または偽りの答弁をした場合の罰則も置かれています。
求められた段階を確かめてから応じると、業務への影響を抑えられます
ただし、これらの権限は犯罪捜査のために認められたものと解してはならないと定められています(法第74条の8)。強制的な捜索や差押えが行われるわけではなく、あくまで理解と協力を得て進める枠組みです。応じられない事情があるなら、黙って拒むのではなく、その事情を具体的に説明することが出発点になります。
🗂️ 求められる前に整えておくこと
当日に慌てないための備えは、それほど多くありません。要点は、原本を持ち出されても業務が止まらない状態にしておくことと、どこに何があるかを説明できるようにしておくことの二つです。
| 準備すること | ねらい |
|---|---|
| 総勘定元帳と補助簿を電子で参照できるようにしておく | 原本を預けても日々の業務が止まらない |
| 証憑を期・科目・取引先の順で整理しておく | 求められた資料をその場で示せる。探す時間が減る |
| 会計データの出力範囲を事前に確認しておく | 必要な範囲だけを切り出して提出できる |
| 預り証の受け取りと保管の担当者を決めておく | 何を預けたかが社内で分からなくなることを防ぐ |
| 個人名義の口座と会社の資金の区分を整理しておく | 事業関連性を疑われる余地を減らす |
調査の当日は、資料を出す・出さないの判断に時間を取られるほど、他の説明にかける余力が失われます。あらかじめ整理しておけば、担当者の求めに素早く応じながら、範囲についてだけ落ち着いて相談することができます。
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公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。法人の税務顧問と申告業務、新しい会計基準の導入支援を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
❓ よくある質問
原本を持ち帰りたいと言われました。断れますか。
留置きは、留め置く必要性の説明を受けたうえで、理解と協力の下、承諾を得て行われるものとされています。国税庁も、承諾なく強制的に留め置くことはないと説明しています。業務で使うから困る、という事情があるなら、その場で伝えて相談してください。写しで足りるかどうかを確認するのも有効です。
預り証は必ずもらえますか。
留置きをする場合は、物件の名称または種類と数量、提出年月日、提出した者の氏名および住所等を記載した書面を作成し、交付しなければならないと定められています(国税通則法施行令第30条の3第1項)。交付の際には、交付送達の手続として署名を求めることとされています。
預けた資料を早く返してほしいときは、どう言えばよいですか。
業務で使用する必要がある等の理由を伝えて返還を求めてください。国税庁は、特段の支障がない限り速やかに返還すると説明しています。応じられない場合には、その旨と理由の説明があり、不服申立てに係る教示が行われることとされています。
社長個人の預金通帳まで見せる必要がありますか。
国税庁は、法人税の調査において、その法人の代表者名義の個人預金について事業関連性が疑われる場合に通帳の提示・提出を求めることは、法令上認められた質問検査等の範囲に含まれるものと考えられる、と説明しています。名義が個人であることだけを理由に断れるとは考えないほうが安全です。
調査の対象年度以外の資料まで求められました。応じる必要はありますか。
事前通知した課税期間の調査について必要があるときは、それ以外の課税期間に係る帳簿書類その他の物件も質問検査等の対象になるとされています(通達5-5)。国税庁も、通知した年度の申告内容を確認するために必要な場合には、他の年度の帳簿書類の提示等をお願いすることがあると説明しています。
📄 まとめ
資料を求められたときは、まず「提示」「提出」「留置き」のどれを求められているのかを言葉で区別してください。提示は手元に置いたまま見せること、提出は占有を移すこと、留置きは提出された物件を庁舎で占有し続けることで、留置きにだけ預り証の交付という法令上の手続が用意されています。
求められる範囲は、保存義務のある帳簿書類にとどまらず、調査の目的を達成するために必要と認められる物件にまで及びます。国外に保存しているものも、代表者名義の個人預金も、事業関連性が疑われる場面では対象になり得ます。応じない場合の罰則もあり、「正当な理由」として国税庁が例示しているのは、災害等による滅失・毀損といった物理的に困難な場合です。
一方で、提示・提出も留置きも、承諾を得て行うものとされています。断るか応じるかの二択で考えるのではなく、必要性を聞き、範囲を確認し、写しで足りないかを相談する。この順序で進めるだけで、業務への影響はかなり抑えられます。
🔗 参考(公的な一次情報)
- 国税通則法(e-Gov法令検索) 第74条の2、第74条の7、第74条の8、第128条
- 国税通則法施行令(e-Gov法令検索) 第30条の3
- 国税庁 第1章 法第74条の2〜法第74条の6関係(質問検査権) 通達1-5、1-6
- 国税庁 第2章 法第74条の7関係(留置き) 通達2-1、2-2
- 国税庁 調査手続の実施に当たっての基本的な考え方等について(事務運営指針) 3(4)、3(5)
- 国税庁 税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け) 問4〜問11
本記事は公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所・東京都台東区)が、法令・通達および国税庁の公表資料に基づいて作成しています。本記事は一般的な情報提供を目的としています。制度は改正される可能性があり、個別の事実関係により結論が異なります。実際の判断にあたっては、専門家にご確認ください。
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