※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。
「取引先から、担当者に個人的な口座への振込を求められたと連絡があった」「会計監査人から、売上の計上に不自然な点があると指摘された」。不正の疑いは、ある日突然、思いもよらない経路から届きます。
結論からいえば、不正の疑いが生じたら、まず証拠を保全し、事案の重さに見合った独立性の調査体制を選び、事実と原因を明らかにして、開示と再発防止までをやり切ることが求められます。本記事では、不正の類型と起きる構造、発覚の経路、初動対応、社内調査と第三者委員会の選び方、調査手法、開示、再発防止までの全体像を解説します。不正調査シリーズ全10回の入口として、各テーマの記事も案内します。
不正調査とは
不正調査とは、会社の役職員などによる不正の疑いについて、事実関係を明らかにし、その原因を分析し、会社への影響を評価する一連の調査です。調査の結果は、関係者の処分、損害の回復、決算の訂正、開示、再発防止策の土台になります。
不正調査は、疑いの把握から再発防止まで、いくつかの段階を踏んで進みます。どの段階でも、調査の独立性と証拠の確かさが問われます。特に、疑いを把握した直後の初動の対応を誤ると、証拠が失われたり、関係者が口裏を合わせたりして、後から正確な事実を確かめることが難しくなります。
図1 各段階の判断が次の段階を左右します。特に初動の数日間の対応が、調査全体の信頼性を決めます。
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不正の類型と起きる構造
不正は、大きく三つの類型に分けられます。現金や在庫を横領したり架空の経費を請求したりする「資産の不正流用」、贈収賄や取引先からの見返りといった「汚職」、そして架空の売上や費用の先送りなどで決算を操作する「財務諸表の不正」です。資産の不正流用は件数が多く、財務諸表の不正は件数こそ少ないものの、一件あたりの影響が大きい傾向があります。
図2 類型によって、調べるべき記録と影響の範囲が異なります。
不正は、動機、機会、正当化の三つの条件がそろったときに起きやすいとされます。業績目標の達成や個人的な借金といった動機があり、権限の集中や統制の不備によって不正を実行できる機会があり、「一時的に借りるだけ」「会社のためだ」と自分に言い聞かせる正当化が加わる。調査では、事実だけでなく、どの条件がそろっていたのかを明らかにすることが、再発防止の出発点になります。
図3 動機・機会・正当化の三つがそろうと不正が起きやすくなるとされます。調査では、どの条件がそろっていたかも明らかにします。
不正が発覚する経路
不正の疑いは、内部通報、内部監査、会計監査人の監査、税務調査、取引先からの問合せや報道など、さまざまな経路から届きます。内部通報であれば通報者の保護に配慮しながら情報を集める必要があり、会計監査人からの指摘であれば決算や監査意見への影響を早く見極める必要があります。経路ごとの初動の違いは「不正の兆候と発覚の経路」で解説しています。
図4 発覚の経路によって、使える情報と初動の進め方が変わります。
初動対応で調査の成否が決まる
疑いを把握したら、まず事実の概要を確かめ、関係する証拠を保全します。メールやチャットの記録、パソコンやスマートフォンのデータ、会計システムのログ、契約書や伝票の原本などは、関係者が削除したり持ち出したりする前に確保する必要があります。情報を知る人の範囲を最小限に絞り、関係者に気づかれないように進めることも重要です。
あわせて、誰が調査の指揮をとるかを決めます。疑いの対象者が調査の指揮系統に入っていると、調査の信頼性が損なわれます。初動の手順は「不祥事発覚直後の初動対応」で詳しく扱います。
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調査の体制を選ぶ
調査の体制には、担当部門による社内調査、外部の専門家を加えた社内調査委員会、そして会社から独立した外部の委員だけで構成する第三者委員会があります。どれを選ぶかは、経営陣の関与が疑われるか、社会や市場への影響が大きいか、決算や開示に影響するかで判断します。
図5 経営陣の関与の疑いと、社会や市場への影響の大きさで判断します。迷う場合は、より独立性の高い体制を選ぶのが安全です。
| 社内調査 | 社内調査委員会 | 第三者委員会 | |
|---|---|---|---|
| 構成 | 担当部門(法務・内部監査など) | 社内の役職員+外部の弁護士・会計士 | 会社と利害関係のない外部の委員 |
| 向いている事案 | 影響が限定的で、経営陣の関与がない | 一定の影響があり、専門的な調査が必要 | 経営陣の関与の疑い、影響が重大、社会の関心が高い |
| 独立性 | 低い | 中程度 | 高い |
| 報告の相手 | 経営陣 | 取締役会 | 全てのステークホルダー(公表が原則) |
第三者委員会については、日本弁護士連合会が2010年に「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」を公表しており、委員の独立性、報告書の起案権が委員会にあること、報告書を原則として公表することなどが示されています。選び方の詳細は「社内調査委員会と第三者委員会の違い」、設置と運営は「第三者委員会の設置と運営」で解説しています。
取引所が示す四つの原則
上場会社の不祥事対応については、日本取引所自主規制法人が2016年に「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」を公表しています。根本的な原因の解明、第三者委員会を設置する場合の独立性・中立性・専門性の確保、実効性の高い再発防止策の策定と迅速な実行、迅速かつ的確な情報開示という四つの原則です。上場会社に限らず、不祥事対応の考え方の基本として参考になります。
図6 日本取引所自主規制法人「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」(2016年)の要旨です。
調査の手法
調査では、関係者へのヒアリング、契約書や伝票などの書証の確認、メールやチャットなどのデジタルデータの解析、会計データの分析、役職員へのアンケート、情報提供の窓口の設置といった手法を組み合わせます。供述だけに頼らず、客観的な証拠と突き合わせて事実を認定することが重要です。手法ごとの進め方は「不正調査の手法」、会計不正に特有の調べ方は「会計不正の調査」で解説しています。
図7 複数の手法を組み合わせ、供述と客観的な証拠を突き合わせて事実を認定します。
図8 事案の性質に応じて、専門家を組み合わせてチームを作ります。
調査チームは、事案に応じて専門家を組み合わせて作ります。弁護士は事実の法的な評価やヒアリングの設計を、公認会計士は会計処理の検証と決算への影響額の算定を、デジタル調査の専門家はデータの保全と解析を担います。会計不正では、どの期間のどの勘定にいくらの影響があるかを確定しなければ、決算の訂正ができません。
報告・開示と再発防止
上場会社では、不正の疑いが決算や業績に影響する場合、調査の開始、調査委員会の設置、調査報告書の受領などの節目で適時開示が必要になります。過去の決算に誤りがあれば、訂正報告書の提出や決算の訂正が必要になり、有価証券報告書を期限までに提出できない場合は、提出期限の延長の承認を申請することもあります。
図9 開示の内容と時期は事案により異なります。取引所・監査人と早めに相談します。
調査の最後には、原因の分析に基づいて再発防止策を作り、実行し、その状況を確かめます。開示の実務は「調査報告書と開示の実務」、再発防止策は「再発防止策の作り方」、平時の備えは「不祥事を予防する平時の備え」で解説しています。
| 段階 | 主な成果物 | 関わる主な人 |
|---|---|---|
| 初動対応 | 事実の概要メモ、保全した証拠の一覧 | 経営陣(関与のない者)、法務、外部専門家 |
| 調査 | ヒアリング記録、分析資料、影響額の試算 | 調査委員会、弁護士、公認会計士、デジタル調査の専門家 |
| 報告・開示 | 調査報告書、適時開示、訂正報告書 | 調査委員会、取締役会、監査人、取引所 |
| 再発防止 | 再発防止策、実行計画、進捗の報告 | 経営陣、内部監査、監査役 |
シリーズ記事の案内
| テーマ | 記事 |
|---|---|
| 発覚 | 不正の兆候と発覚の経路 |
| 初動 | 不祥事発覚直後の初動対応 |
| 体制 | 社内調査委員会と第三者委員会の違い |
| 第三者委員会 | 第三者委員会の設置と運営 |
| 手法 | 不正調査の手法 |
| 会計不正 | 会計不正の調査 |
| 開示 | 調査報告書と開示の実務 |
| 再発防止 | 再発防止策の作り方 |
| 予防 | 不祥事を予防する平時の備え |
- 疑いを把握した直後に、証拠の保全と情報管理を指示しているか
- 疑いの対象者を調査の指揮系統から外しているか
- 経営陣の関与と影響の大きさから、調査の体制を選んでいるか
- 供述と客観的な証拠を突き合わせて事実を認定しているか
- 決算・開示への影響を監査人と早期に共有しているか
- 根本原因に基づく再発防止策を作り、実行状況を確かめているか
よくある質問
必ずしも必要ではありません。影響が限定的で経営陣の関与もない事案であれば、社内調査や外部専門家を加えた社内調査委員会で足りることも多くあります。経営陣の関与が疑われる場合や影響が重大な場合は、第三者委員会の設置を検討します。
事案によって大きく異なり、数週間で終わるものから半年以上かかるものまであります。上場会社では決算発表や有価証券報告書の提出期限との関係で、日程の管理が特に重要です。
法令上の義務はありませんが、金融機関や取引先、株主への説明の基礎になります。公表の範囲は、関係者のプライバシーや今後の手続への影響も考慮して判断します。
最初の一歩は、疑いを把握したときの連絡先と手順を決めておくこと
平時のうちに、不正の疑いを把握した人がまず誰に連絡し、誰が初動の指揮をとるかを決めておくことをお勧めします。いざというときに迷わず動けるかどうかが、証拠の保全と調査の信頼性を大きく左右します。
まとめ
不正調査は、発覚、初動対応、調査体制の決定、調査、報告と開示、再発防止という流れで進みます。初動で証拠を保全し、事案の重さに見合った独立性の体制を選び、供述と客観的な証拠を突き合わせて事実と原因を明らかにする。そのうえで、適切に開示し、根本原因に基づく再発防止策をやり切ることが、会社の信頼を回復する道筋です。
不正の疑いが生じた段階の初動対応、社内調査の設計、第三者委員会の委員・補助者としての会計調査、過年度訂正と開示、再発防止策の策定まで、公認会計士の立場から支援します。秘密は厳守します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
本記事の根拠
- 日本取引所自主規制法人「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」
- 日本取引所自主規制法人「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」
- 日本弁護士連合会「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」(2010年7月15日、同年12月17日改訂)
- 日本公認会計士協会「監査基準報告書240 財務諸表監査における不正」
免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。