「契約書に機器の型番まで書いてあるのに、サプライヤーがいつでも同等機に入れ替えられる条項がある。これはリースになるのか」──契約の棚卸しを始めたIPO準備会社・上場企業の経理/管理部門の方が、リースの識別の入口でつまずきやすいのが、この「特定された資産」の判定です。
結論からいえば、資産が契約に明記されていても、サプライヤーが「実質的な代替権」を持つ場合には特定された資産に該当せず、その契約はリースを含みません。ただし、契約書に入替条項があるだけでは足りず、①代替する実質上の能力と②代替による経済的利益という2つの要件を実態で判定します。本記事では連載第6回として、この判定の考え方と契約書の確認ポイントを条項番号付きで整理します。
結論:「契約に書いてあるか」ではなく「入れ替えられるか」で判定する
リースの識別では、契約の締結時に、契約の当事者がその契約はリースを含むか否かを判断します(基準25項)。この判断にあたり、契約が「特定された資産」の使用を支配する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する場合に、当該契約はリースを含むとされています(基準26項)。つまり「特定された資産」の有無は、リースかどうかを分ける判定フローの最初の関門です。
資産は、通常は契約に明記されることにより特定されます(指針6項)。オフィスの一室、車台番号まで記載された車両、シリアル番号付きのサーバなどが典型です。ところが、資産が契約に明記されている場合であっても、サプライヤーが当該資産を代替する実質的な権利を有しているときには、当該資産は特定された資産に該当しません(指針6項)。この場合、顧客が支配しているのは「特定のモノ」ではなく「サービスの提供を受ける権利」に近い状態であるため、リースの入口で対象から外れることになります。
前提:識別フローにおける「特定された資産」の位置づけ
前回(第5回:リースの識別の判定フロー)で整理したとおり、特定された資産の使用期間全体を通じて、①顧客が資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有し、かつ、②顧客が資産の使用を指図する権利を有する場合に、資産の使用を支配する権利がサプライヤーから顧客に移転しているとされます(指針5項)。「使用期間」とは、資産が顧客との契約を履行するために使用される期間(非連続の期間を含む)をいいます(指針4項(1))。
特定された資産が存在しなければ、②③の検討に進むまでもなく、その契約はリースを含まないという整理になります。だからこそ、契約棚卸しの実務では、最初のスクリーニングとしてこの論点を押さえておくことが効率的です。
実質的な代替権の2要件(指針6項)
サプライヤーが資産を代替する実質的な権利を有しているというためには、次の(1)と(2)のいずれも満たす必要があります(指針6項)。
要件(1):代替する実質上の能力──サプライヤーが使用期間全体を通じて当該資産を他の資産に代替する実質上の能力を有していること(指針6項(1))。
要件(2):代替による経済的利益──サプライヤーにおいて、資産を代替することからもたらされる経済的利益が、代替することから生じるコストを上回ると見込まれるため、代替する権利の行使によりサプライヤーが経済的利益を享受すること(指針6項(2))。
いずれかを欠けば実質的な代替権はなく、資産は「特定された資産」に該当します。
要件(1):「実質上の能力」とは
要件(1)を満たす場合の例としては、顧客はサプライヤーが資産を入れ替えることを妨げることができず、かつ、サプライヤーが代替資産を容易に利用可能であるか又は合理的な期間内に調達できる場合等が挙げられています(指針BC11項)。裏を返せば、契約書に入替条項が置かれていても、顧客の同意がなければ入れ替えられない場合や、代替できる同種の資産をサプライヤーが現実には確保できない場合には、「実質上の能力」があるとはいえないと考えられます。
要件(2):入れ替えることがサプライヤーの得になるか
要件(2)は、サプライヤーの立場から見て、代替の便益がコストを上回るかという経済合理性のテストです(指針6項(2))。たとえば顧客仕様に大きくカスタマイズされた設備や、顧客の拠点に据え付けられ移設に多額の費用がかかる資産は、入れ替えてもサプライヤーにメリットがないのが通常であり、契約上の入替権があっても実質的な代替権とは評価されにくいと考えられます。逆に、サプライヤーが多数の同種資産をプールして運用しており、稼働率の最適化のために日常的に入れ替えを行っているような場合は、要件(2)を満たす方向に働くと考えられます。
稼働能力の「一部分」を使う契約(指針7項)
顧客が使用できる資産が物理的に別個のものではなく、資産の稼働能力の一部分である場合には、当該稼働能力部分は特定された資産に該当しません(指針7項)。ただし、物理的に別個でなくても、顧客が使用できる稼働能力が当該資産の稼働能力のほとんどすべてであることにより、顧客が資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有している場合は、特定された資産に該当します(指針7項)。
実務のイメージとしては、共用回線の伝送容量の一部を利用する契約のように「全体の中の割合」しか使えないものは該当せず、建物のワンフロアのように物理的に区分された部分を専用使用するものは該当し得る、という整理が出発点になります。物理的に別個でない場合でも、事実上その資産の能力をほぼ独占しているケースでは判定が変わり得るため、契約ごとの検討が必要です。
物理的に別個でない場合でも、事実上その資産の能力をほぼ独占しているケースでは判定が変わり得ます。
IFRS16との関係──細かい定めをあえて置かない日本基準
IFRS第16号では、資産が契約に明記されない場合でも黙示的に定められることによって特定され得るとの定めがありますが、日本基準の適用指針では当該定めとこれに関する設例を取り入れていません(指針BC10項)。これは、当該定めを置かなくても、事実と状況によりリースが含まれることが明らかなときには適切な判断がなされると考えられたためです(指針BC10項)。
また、サプライヤーの代替権についてIFRS第16号には詳細な定めがありますが、各企業が判断に基づいて経済実態を表す会計処理を行うことができると考えられるため、適用指針には取り入れられていません(指針BC11項)。細則が少ないぶん、自社の判断基準を文書化し、その判断過程を説明できるようにしておくことが、日本基準での実務対応の要になると考えられます。
実務対応:契約書のどこを確認するか
特定された資産の判定は、契約書の文言と運用実態の両方を見る作業です。契約棚卸しの際には、最低限、次の点を確認しておくとよいと考えられます。
- 対象資産の特定方法──型番・製造番号・車台番号・設置場所・区画図面などで対象が一意に決まるか
- サプライヤー側の入替条項の有無と発動条件──いつでも入替可能か、故障時等に限定されるか
- 入替に対する顧客の同意権・拒否権の有無
- 代替資産の調達可能性──サプライヤーが同種資産を保有・調達できる体制にあるか
- 入替に伴うコストの負担者と金額感──搬出入・据付・移設・設定作業の負担
- 資産のカスタマイズの程度──顧客仕様の改造・架装・専用設定の有無
- 物理的に別個の部分か、稼働能力の一部分か──専用区画か、容量・能力の割合か
| 確認ポイント | 特定された資産に該当する方向 | 該当しない方向 |
|---|---|---|
| 入替の可否 | 顧客の同意なしに入替できない | サプライヤーが自由に入替できる |
| 代替資産 | 同種資産の確保が困難 | プール運用で容易に利用可能 |
| 代替の経済性 | 移設・改造コストが大きく入替に旨みがない | 入替による便益がコストを上回る |
| 使用範囲 | 物理的に別個の資産・区画を専用使用 | 稼働能力・容量の一部分のみ使用 |
【自作数値例】配送車両の入替条項をどう見るか
次の2つのケースで、実質的な代替権の考え方を確認します(いずれも筆者が設計した設例です)。
ケースA:汎用トラック 物流会社Pは荷主Qと3年間の車両提供契約を結び、契約書には車台番号が記載されているが、Pは同型車に随時入れ替えられる条項があり、Qは拒否できない。Pは同型車を約40台保有し、車両の入替は回送費用等で1回あたり約8万円かかる一方、車検・整備スケジュールの平準化と稼働率改善により年間約60万円の運行コスト削減が見込まれる。→Pは入替を妨げられず代替車両も容易に利用可能で、便益(60万円)がコスト(8万円)を上回るため、実質的な代替権があり、車両は特定された資産に該当しないと考えられる。
ケースB:冷凍設備を架装した専用車 同じ契約でも、Qの商品専用の冷凍設備・棚を架装した車両(架装費用350万円)で、他の荷主にはそのまま転用できないとする。入替には再架装コストが発生し、Pにとって入替による便益はほとんどない。→契約上の入替条項があっても要件(2)を満たさず、実質的な代替権はなく、車両は特定された資産に該当すると考えられる。
このように、同じ「入替条項あり」の契約でも、資産の汎用性とサプライヤー側の経済性次第で結論が分かれます。監査法人との協議では、条項の有無だけでなく「なぜ実質的といえるのか/いえないのか」の事実関係(保有台数、入替実績、コストの見積り等)を判断メモとして残しておくことが、IPO準備・上場後の監査対応の双方で効いてきます。
よくある質問(FAQ)
その契約はリースを含まないことになり、リース会計の適用対象外となります。この場合、使用権資産・リース負債は計上せず、役務提供の対価として支払時の費用等で処理することが考えられます。
いいえ。代替する実質上の能力と、代替によりサプライヤーが経済的利益を享受することの両方を満たす必要があり(指針6項)、形式的な条項だけでは実質的な代替権とは認められないと考えられます。恣意的なオフバランス化は監査でも重点的に確認されるポイントです。
日本基準はIFRS第16号のような黙示的な特定に関する定めを置いていませんが、事実と状況によりリースが含まれることが明らかなときには、明記がなくても適切に判断することが想定されています(指針BC10項)。実態として特定の資産が使われ続けている契約は、慎重な検討が必要です。
物理的に別個でない稼働能力の一部分は特定された資産に該当しません(指針7項)。ただし、その資産の稼働能力のほとんどすべてを顧客が使用する場合は該当し得るため(指針7項)、専用ラック・専用区画かどうか、能力の使用割合がどの程度かを契約と運用実態で確認します。
まとめ──「代替権」は契約棚卸しの最初のふるい
特定された資産の判定は、リースの識別フローの最初のステップであり、ここで「該当しない」と整理できれば、その契約は以降の複雑な検討から外れます。一方で、判定は契約書の文言だけでは完結せず、サプライヤー側の体制やコスト構造という自社の外にある事実の収集が必要になるため、対象契約が多い会社では想定以上に工数がかかります。判断基準の設計と判断メモの整備を早めに進めておくことをおすすめします。
次回(第7回)は、識別フローの2つ目・3つ目の関門である「経済的利益の享受」と「使用を指図する権利」を掘り下げる予定です。連載の全体像は連載目次:新リース会計基準を基礎から実務まで解説を、前回の記事は新リース会計基準のリースの識別とは?判定フローを3ステップで解説をご覧ください。
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本記事は執筆時点の会計基準等に基づく一般的な解説であり、個別の会計処理・経営判断については、監査法人や顧問の専門家にご相談ください。
参考(本文で引用した基準等):企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」25項・26項/企業会計基準適用指針第33号「リースに関する会計基準の適用指針」4項(1)・5項・6項・6項(1)・6項(2)・7項・BC10項・BC11項