業績が上向いてきたので役員報酬を上げたい。あるいは、当初の金額が低すぎたので途中で増やしたい。そんなとき、「期の途中で増額すると全額が損金にならないのでは」と不安になる方は多いはずです。結論から言えば、増額しても給与の全額が否認されるわけではありません。損金にならないのは、増やした「上乗せ部分」だけです。
とはいえ、その上乗せ部分は会社の損金にならないうえ、役員個人では給与として課税されます。仕組みを知らずに安易に増額すると、思わぬ負担が残ります。この記事では、期中増額でどの部分がなぜ否認されるのか、そして増額が例外的に認められるのはどんな場合かを、条文と国税庁の設例にさかのぼって整理します。中規模の会社が、期の途中で役員報酬を見直したいときの判断材料にしてください。
この記事は、役員給与の全体像をまとめた役員給与の税務 完全ガイドの配下記事です。
🧭 結論:全額否認ではなく増額部分だけ
役員給与のうち損金になるのは、原則として毎月同額を支給する「定期同額給与」です。定期同額給与には、期首から3か月以内の通常改定など限られた改定の機会があり、その枠内であれば増額も減額も自由にできます。ところが、その枠を過ぎてから、認められる事由がないのに増額すると、その改定は定期同額給与の要件から外れます。しかし、外れるのは給与の全部ではありません。ここを正しく理解しておくと、期中増額への過剰な不安も、逆に安易な増額も避けられます。
ポイントは、増額前に払っていた金額は、増額後も引き続き同じ額で支払われている、という見方です。つまり、増額前の水準に相当する部分は定期同額給与として損金になり、それを超えて上乗せした部分だけが定期同額から外れて損金不算入になります。全額がだめになる、という誤解をまず解いておきましょう。役員給与がこのように扱われるのは、役員が自らの報酬を通じて会社の利益を調整できないようにするためです。期の途中で自由に増額できてしまうと、利益が出た年に報酬を増やして所得を圧縮する、といった調整が可能になります。それを防ぐために、増額できる時期と事由が限定されているわけです。
増額でも、事由に当たれば全額損金。当たらなければ上乗せ部分だけが不算入です。
📈 なぜ増額部分だけが否認されるのか
定期同額給与は「各支給時期における支給額が同額であること」が要件です。
その支給時期が一月以下の一定の期間ごとである給与(定期給与)で、当該事業年度の各支給時期における支給額が同額であるものその他これに準ずるもの(法人税法第34条第1項第1号、要旨)
期の途中で増額すると、増額後の支給額は増額前より大きくなり、1年を通じて見ると「同額」ではなくなります。ただし、増額前の金額の部分は、期を通じて途切れることなく支払われています。ここが、全額否認か一部否認かを分ける発想の出発点です。たとえば増額前が月60万円であれば、増額後も毎月60万円は支払われ続けているとみることができます。この60万円は各支給時期で同額なので、定期同額給与の要件を満たし、損金になります。要件を満たさないのは、60万円を超えて上乗せした部分だけ、という整理になるわけです。
そこで、増額前の金額は定期同額給与として支給が続いているとみて、その部分は損金として認めます。他方、増額によって上乗せされた部分は、増額後の期間にしか支払われておらず、1年を通じた「同額」の要件を満たしません。この上乗せ部分が損金不算入になる、というのが仕組みです。全額を否認するのではなく、同額でない部分だけを取り出して否認する、と考えると分かりやすいでしょう。
否認されるのは増やした差額だけ。増額前の水準は損金のままです。
💴 損金不算入額の計算
国税庁が公表している設例に沿って、具体的な数字で確認します。次のケースは、期の途中で通常改定にも臨時改定事由にも当たらない増額をした場合の計算です。考え方の骨子は、「増額前の金額を1年を通じた同額とみなし、それを超える上乗せ部分を、上乗せが行われた期間の月数だけ集計する」というものです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 支給の状況 | 4月~8月は月60万円、9月から月70万円に増額(通常改定・臨時改定事由に当たらない) |
| 定期同額の基礎 | 増額前の60万円が1年を通じて支給されているとみる |
| 上乗せ部分 | 70万円 − 60万円 = 10万円(9月~翌年3月の7か月分) |
| 損金不算入額 | 10万円 × 7か月 = 70万円 |
この設例では、増額後に払った70万円のうち、60万円までの部分は損金になります。損金にならないのは、上乗せした10万円を増額後の7か月分だけ集計した70万円です。増額の幅が大きいほど、また増額の時期が早いほど(=増額後の月数が多いほど)、損金不算入額は大きくなります。逆にいえば、増額の時期が期末に近ければ、損金不算入となる月数は少なくなりますが、いずれにせよ上乗せ部分が損金にならないこと自体は変わりません。時期を遅らせて金額を抑えるより、そもそも増額の事由と時期を最初から適正に設計するほうが、はるかに確実です。
増額後の期間の上乗せ部分だけを取り出して集計します。
🔁 増額が認められる2つの場合
期中増額がいつも否認されるわけではありません。次のいずれかに当たる増額であれば、改定後の金額も定期同額給与として全額が損金になります。
| 認められる場合 | 内容 |
|---|---|
| 通常改定 | 会計期間開始の日から3月を経過する日までに行う増額。定時株主総会での見直しが典型 |
| 臨時改定事由 | 役員の職制上の地位の変更、その役員の職務の内容の重大な変更その他これらに類するやむを得ない事情による増額 |
たとえば、期の途中で専務が社長に就任し、職責が大きく重くなったことに伴って報酬を引き上げる場合は、臨時改定事由に当たり得ます。役員が新たに重要な担当職務を兼ねることになった、組織再編で職務の範囲が大きく変わった、といった場面も、臨時改定事由として検討する余地があります。いずれも共通するのは、「役員個人の事情」ではなく、会社の組織や職務の実態が客観的に変わったことです。反対に、「業績が良くなったから」「当初の設定が低かったから」といった理由での増額は、これらに当たりません。増額したいときにまず確認すべきは、この2つの枠に収まるかどうかです。なお、業績悪化改定事由は減額のための事由なので、増額には使えません。臨時改定事由に当たると考えるなら、地位や職務がどのように変わったのかを議事録などに具体的に記録しておくことが、後の説明のうえで重要になります。
「期首の設定を控えめにしておき、利益が見えてきたら途中で増やす」という進め方は、通常改定にも臨時改定事由にも当たらないため、上乗せ部分が損金不算入になります。増額の予定があるなら、期首の通常改定の段階で織り込んでおくのが基本です。利益が読みにくい会社ほど、期首時点で無理のない水準に設定し、大きく増やしたい事情が生じたら翌期の通常改定で対応する、という運用が安全です。
⚠️ 会社と個人の二重の不利益
期中増額で見落とされがちなのが、損金不算入となった上乗せ部分の税負担です。会社で損金にならなくても、その金額は役員に実際に支払われた給与ですから、役員側では給与所得として課税されます。つまり、会社は損金にできず、個人は課税されるという二重の負担が生じます。損金不算入と聞くと「会社の経費にならないだけ」と軽く考えがちですが、実際にはその一段深いところで、個人の課税と源泉徴収がそのまま発生している点が重要です。
| 立場 | 影響 |
|---|---|
| 会社 | 上乗せ部分は損金不算入となり、その分だけ課税所得が増える |
| 役員個人 | 実際に受け取った給与として、上乗せ部分も含めて給与所得課税を受ける |
| 源泉徴収 | 実際に支給した金額に基づいて源泉徴収を行う。損金不算入だからといって源泉徴収が不要になるわけではない |
損金不算入は会社側の法人税の話であり、個人側の所得税や源泉徴収とは別のルールで動きます。「会社で経費にならないなら個人でも課税されないはず」という思い込みは禁物です。会社は上乗せ部分だけ課税所得が増え、その分の法人税が増えます。役員は増額後の手取りに応じて所得税・住民税や社会保険料の負担が増えます。両者を合わせると、増額した金額に対して会社と個人の双方で税負担が生じ、増額のメリットが大きく目減りしてしまいます。この点は、税務調査でも増額の有無とあわせて確認される論点です。期の途中で役員報酬の金額が動いていれば、その理由と決議の記録は必ず問われると考えておくべきです。
📝 増額するなら押さえること
期中に役員報酬を増やす必要が出てきたら、金額を動かす前に、次の点を順に確認してから進めてください。順序を踏むだけで、多くの否認は避けられます。
| 確認事項 | ポイント |
|---|---|
| 時期 | 期首から3か月以内か。過ぎているなら通常改定は使えない |
| 事由 | 地位・職務の重大な変更があるか。あれば臨時改定事由を検討 |
| 手続 | 株主総会・取締役会の決議と議事録。改定の理由・金額・時期を明記 |
いずれの事由にも当たらない場合は、その事業年度は増額を見送り、次の期首の通常改定で織り込むという選択が現実的です。どうしても期中に増やしたいときは、上乗せ部分が損金不算入になることを承知のうえで判断することになります。金額の設計を含めて、事前に専門家へ相談することをおすすめします。とくに、来期に向けて報酬水準を見直す予定があるなら、決算の着地見込みを早めに固め、期首から3か月以内の通常改定のタイミングで適正な金額に設定しておくのが王道です。役員報酬は一度決めると1年間は原則動かせない、という前提で年間の資金計画を組み立てておくと、期中に慌てて増額して否認される、という事態を避けられます。
🙋 よくある質問
Q. 増額後の70万円が全部否認されるのではないのですか。
いいえ。増額前の60万円に相当する部分は定期同額給与として損金になります。否認されるのは、上乗せした10万円を増額後の月数分だけ集計した部分です。全額が否認されるわけではありません。設例では上乗せ10万円が7か月分で70万円ですが、増額後に払った70万円のうち残りの60万円部分は各月とも損金になります。全額否認と一部否認では、税負担への影響は大きく異なります。
Q. 期首から3か月以内なら、増額の理由は問われませんか。
通常改定の期間内であれば、理由を問わず増額でき、改定後の金額も定期同額給与になります。ただし、改定後はその金額を事業年度末まで同額で継続することが前提です。また、金額が不相当に高額と判断されれば、その部分は別の規定(法人税法第34条第2項)で損金不算入になり得ます。
Q. 増額分だけを別途「賞与」として払えば損金になりますか。
役員に対する賞与を損金にするには、事前確定届出給与などの要件を満たす必要があります。届出なく賞与を支給しても、原則として損金になりません。定期同額給与の増額と賞与は別の制度なので、混同しないよう注意してください。まとまった金額を役員に支給したいのであれば、期首の段階で事前確定届出給与の届出を検討するのが本筋です。増額でしのごうとすると、かえって損金不算入の範囲が広がることもあります。
Q. 増額して損金不算入になった分は、翌期には損金になりますか。
損金不算入となった上乗せ部分は、その事業年度の損金にならず、翌期に繰り越して損金になるものでもありません。支給した年度で損金性を失う、という理解でおおむね差し支えありません。いったん失った損金性は取り戻せないため、増額の判断は支給を始める前に済ませておくことが大切です。増額後に「やはり損金にならないなら戻したい」と考えても、今度は減額改定の問題が生じます。往復させるほど論点が増えるため、最初の判断が肝心です。個別の事情は専門家にご確認ください。
Q. 増額の決議を9月にして、支給も9月から始めました。問題ありますか。
決議と支給開始の時期がそろっていること自体は自然です。問題になるのは、その増額が通常改定や臨時改定事由に当たるかどうかです。当たらなければ、決議や支給の手続が整っていても、上乗せ部分は損金不算入になります。手続の適正さと、事由への該当性は別の論点だと理解しておいてください。
Q. 使用人兼務役員の使用人分の給与を増やした場合も同じですか。
使用人兼務役員の使用人としての職務に対する給与は、役員給与とは別の扱いになる部分があります。ただし、役員としての給与部分は定期同額給与などの制約を受けます。どこまでが使用人分でどこからが役員分かの区分は判断が難しいため、増額の前に専門家へご確認ください。
月次の記帳チェックから決算・申告、税務調査への備えまで、公認会計士・税理士が一貫して対応します。今の処理が正しいかどうかの確認だけでも承ります。
📄 まとめ
役員報酬を期の途中で増額しても、給与の全額が否認されるわけではありません。損金にならないのは、増額前の金額を定期同額の基礎とみたときの上乗せ部分で、これを増額後の月数分だけ集計します。国税庁の設例では、月60万円を9月から70万円に増額したケースで、上乗せ10万円×7か月=70万円が損金不算入となります。損金になるのは増額前の水準に相当する部分で、否認されるのは上乗せした差額だけ、という点をあらためて押さえておきましょう。しかもこの上乗せ部分は、会社で損金にならないうえ役員個人では給与課税されるため、二重の負担が残ります。増額が認められるのは、期首から3か月以内の通常改定か、地位・職務の重大な変更に伴う臨時改定事由の場合だけです。「業績が良くなったから」「当初が低すぎたから」といった理由は、これらに当たりません。増額の予定があるなら、期首の通常改定で織り込むのが安全です。役員報酬は、金額を動かす前に「時期・事由・手続」の3点を確認する——この習慣が、会社と個人の双方の余計な負担を防ぎます。判断に迷う場合や、過去の増額が適正だったかを点検したい場合は、専門家にご相談ください。
🔗 参考(公的な一次情報)
本記事は公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所・東京都台東区)が、法令・通達および国税庁の公表資料に基づいて作成しています。本記事は一般的な情報提供を目的としています。制度は改正される可能性があり、個別の事実関係により結論が異なります。実際の判断にあたっては、専門家にご確認ください。